2018/02/06

第190号:大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入

<コンテンツ>
大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
 【さて、積極的成長へ、そのステップは、】
 【次にそこへ、何が加わるか】
 【それから地元主導の試行錯誤の末
    → 経済育成施策の補正実施が進む】

 【固有企業は何を積極的に行うのか?
  淘汰される個別企業は、何故地域経済基盤から乖離して受け身的姿勢に陥るのか?】

   ___様々な労働が価値に転換できる市場志向モデル
   ___地域経済基盤との関わり
   ___価値を生み出す人材を地域から補給する戦略
   ___☆活躍する人物像 ★爬虫類的人物像
  【個々人が、“社会ビジョン”を持てるようにすること】
  【行動経済学(微細な動き)で様々が解決する】
  【私の昨年9月2日に学術会議で発表した論文と、その後の具体的手法】
  【補足……経済転換時節がらのヒント】
    ・東欧のスターリン独裁の全体主義下での地域経済再生
    ・地域経済再生のステップを、物語風に箇条書きにすると
    ・全体主義に、対抗し崩壊させる方法の紹介(その詳細理論解説)
    ・全体主義の研究と行動経済学に何の関係があるのか?

副業解禁 と言うけれど 【実施すれば何が起こる?】
 ★ところで本論、→副業には2種類ある。
  【個別企業の経費や手続きに関する課題】
     1.いわゆる本業=主たる就労先でシフトが組まれている場合
     2.シフトが組まれていない場合の労働者では
     3.労働社会保険の適用は
     4.給与所得からの所得税源泉徴収は
     5.労働時間の計算、実はマトリックス計算
     6.厚労省のモデル就業規則の検討案
完全雇用とは、どんな意味なのか【解説】


§大半の中堅・中小企業が、淘汰される時代に突入
今年から日本は、戦後以来の大転換に入ったと言われる。
東京オリンピックから先の日本経済は、崖が崩れるように落ち込むと言われる。
そういった時代に向け、果たして積極的な中堅・中小企業は成長するだろうが、受け身的な姿勢の企業は大手中小ともに企業コストを労働力、地域社会、環境にとシワ寄せせざるをえなくなる、すなわち淘汰される道の始まりである。
実態としての成長企業の条件、それは地域経済基盤と密接に関わることで、広い意味でのイノベーションされた商品を開発する固有企業といった戦略となる。これは古典経済学から近代経済学に至って、かつそれ以降の発展を問わず、ある地域の固有文化が形成されることにより、“他の地域とは違った固有文化商品が生み出される”から、「お互いに国内の他地域そして他国への展開を図ることで、商品流通と利潤が生まれる」という経済学定石の理論なのである。
その最もシビアな最小単位の地域とは、都市部も地方も日本の場合は、いわゆる「中学校区」である。近隣地域の共同施策は中学校区単位を超えての拡張段階と考えたほうが妥当だ。その理由は広範囲の地方自治体となると、事業経営や労働に関する企画立案を熟慮する際に、ことに「文化や思考において曖昧さ甘え逃げがはびこる」からである。
地域経済の発展をよく分析してみると、そういった経済施策ケースには、「奇抜さの起業」等はほぼ存在してはいない。奇抜さや単なる独特さとかパフォーマンス(曲芸)といった起業は、経済の豊かさや成長はもちろんのこと雇用拡大に資する成果は少ない。
冷静かつ有能な人物は、都市部全体市場が崩壊しつつあることを見越して、地域(都市部の地元とか場合によってはUターン)が堅いと見越しているようだ。そこでの課題は地域経済側の受け入れ態勢である。
世界各地の成功例のパターンは、フランスやイタリアの郊外地方都市、アメリカの地域経済発展の例、北欧経済の他国に及ぶ展開といった事例から見えてきている。これらの整理には数多くの文献資料ならびに共同研究の成果を含む、ここでは逐一紹介することは避けることとする。なぜ世界各地の成功例を引き合いに出すかといえば、日本経済がアメリカなどの一国の影響下で支えられた時代は、昨年で終了したからだ。
以下、都市部や地方問わず、地域経済を基盤にした固有企業や経済再建のポイントを整理してみる。とかく日本での地域経済とか町づくりは、建築設計や建設業者が主役になりがちである。だがここでは、経済経営学の視点からの提言を行う。もちろんそれらは世界各地の成功例、日本の都市部や地方の“経済環境”とか“経済のまちづくり”を熟慮したものである。
【さて、積極的成長へ、そのステップは、】
☆まず最初に、コアの労働の力量確保
→1‥その成果品のスピード取引
→2‥高度専門的な労働者をプール
→3‥商品のスムーズな流れ
→4‥能率的で営利的な生産過程
……といった労働能力や業務方針が徹底された結果である。

【次にそこへ、何が加わるか】
①投資家が参入することとなる。
②それから、一般労働者が寄ってくることとなり、
③結果的に、地域性のある産業群となる。
……現在の百万人産業都市群となったアメリカのシリコンバレーも、このように形成された。
絶対に間違えてはいけない真実は、決して投資家の参入が一番手ではなかったとの事実である。すなわち、日本の高度経済成長期における、“すでに買い手が決まっているような受注生産”をするために、全国各地に工場・住宅・商店を一体として築くための先行投資を行った方法(日本の高度経済成長政策とその後)では、決して無いということである。

【それから地元主導の試行錯誤の末→経済育成施策の補正実施が進む】
◎1.固有企業や地域施策には、奇抜さや単なる独特さ並びにパフォーマンス(曲芸)といった奇抜な起業は視野に入れていないこと。
◎2.地域の積極的企業の職場での必要な有効スキル教育は、(意外にも)地域単位で行っている。★企業単独だと“スキル範囲の狭い職務に特化せざるを得ない教育”プログラムとなるからだ、それでは職場でもって必要な有効スキルからの的が外れてしまう。
◎3.地域の固有性または市場支配の高い産業、☆家庭を形成確保している労働者が集積する産業を明確にする方向で、地域経済での主要産業をハッキリさせる。
◎4.個別企業では解決できない集団的な持続可能エネルギー政策、労働者の時間浪費とか非効率な自動車通勤をしないで済む交通政策を持っている。
◎5.規制のない不規則な市街地などの広がりを許す地域開発を抑制、商工業地区の再開発とか近隣地域の再活性化を志向している。
◎6.低価格または手頃な価格といった住宅増築を地域内側に混在させて世代の偏りを防ぐ。開発業者が空地開発に因る高級住宅開発ばかりに偏らざるを得ないといったような、そういった利益誘導政策は抑制する。
◎7.医療保険拡充と併せて医療費低コスト化を充実させ、国民健康保険や社会保険の費用軽減を施策する。例:小中学校の校舎内歯科診療所。
……これらの地域施策が、引いては地域の生産性・効率性・非正規社員の欠勤率低下へと導いている状況を作り出している。Art域労働の能力者はもちろん従来の“有能な労働力確保”の基盤が整うことになる。

【固有企業は何を積極的に行うのか?
 淘汰される個別企業は、何故地域経済基盤から乖離して受け身的姿勢に陥るのか?】

以下、この記事で「固有企業」とは、独自の固有の積極的経営を進めようとする企業を指し、それは同業種であっても差異が存在している企業概念として用いている。
地域経済基盤と共に歩んでいる(積極的と受け身姿勢の比較検討分析)とは、
それはすなわち、“調達→生産→販売”といった資本の活動領域のすべてが、地域経済基盤と連携しているのである。たとえ国際化を特徴とする多国籍グローバル展開であっても、地域経済基盤と共に歩んでいることは、なおさらである。
ところが、大手企業の中でも、一極集中に重点を置く場合には、地域経済基盤からの恩恵を受ける効果は少ない。一極集中型大手企業は行政機関などからの補助や減税にしか頼れないから、存立基盤は窮地に陥らざるを得ないのである。
固有企業の積極的姿勢は、前途は洋々としている、それは国民全体経済(GDPなど)の衰退とは無関係に、自らの発展を地域経済基盤と共に固有企業は図ることができることを意味する。
さらに、地域経済基盤と共であれば、事業所の大小企業規模を問わず、国家政策による国民全体経済への大雑把さからくる具体的弊害より逃れる領域が拡大するのである。

___様々な労働が価値に転換できる市場志向モデル
☆積極的市場志向企業は
=個人や企業の成長は資源や機会を、地域経済と共に共有して・アクセスを取れるようにすることで得られると考える。個人や企業が、地域から「干渉されないこと」といった考え方や物事からでは成長などは無いと実感している。そういった志向は、個人や企業の“社会ビジョン”を明確にすることによって、“個人の過失”といったことでの曖昧さや原因とか事態収拾策に答えを求めない。そういった“社会ビジョン”は、知識人の頭の中からではなく、現場での切磋琢磨から醸成すると考えている。それが自ずと効果的なリスク回避手法に至ることになっている。
★受け身的市場の姿勢だと
=社会・道徳・経済の崩壊は行政などの公的機関となると、社会は統治されず道徳基準もないなどとアキラメてしまっていることから、「世界は本来、不公正だ」との自覚はあるものの、個人は自分が持っているものに、シガミ付くべきだシガミ付くしかないと、かなりの運命論者に陥ってしまっている。

___地域経済基盤との関わり
☆積極的中堅・中小企業
=積極的な協調・集団的な資源活用・力の共有に取り組み、その促進のために地域の公的権力や公的資源を利用する。自由や民主主義を通じて隅々にまで機能する経済や社会を築こうとし、行政がそれの果たすべき役割を持っていると考える。そうすることでコスト対策の主導権を(実は)固有企業とか個人が持とうとし、結果となる“地域標準の評価”を上げていくことで、環境的に社会的に持続可能なビジネスを好む傾向に至っている。それがさらに固有企業の安定と持続をもたらすことだと心得ている。
★受け身的姿勢
=大手中小ともに受け身の姿勢だと、個々の企業や個人は孤立している。往々にして金銭解決の道を選ぶものだから、その企業コストを→有能人材不足、→地域社会崩壊、→地域環境破壊といった風に、物事にシワ寄せせざるをえなくなる。当然のこととして資金繰りが苦しくなり、余裕が無くなった状況となり、そこへ事件事故や債権未回収といったアクシデントに見舞われることから極めて脆弱な企業体質に陥る。その繰り返しから生まれる心理は、“周囲の人たちすべてを利害対立者”に仕立て上げざるを得ず、その(錯覚の末に生まれた)利害対立者と闘う経営管理を.否応なく毎日くり広げることとなる。

___価値を生み出す人材を地域から補給する戦略
☆固有企業は、積極的な固有価値を生む労働能力を求める
=技能スキルの高い労働者を引きつけ、コアの労働人材の力量確保をする。
個人の転職だったとしても、その労働能力を地域でもって、企業は職業安定を保持しようとする。
高質の生活維持とか長期の地域経済競争力を高めるやり方で、地域や町のシステムを考える。
自動車ではなく公共交通機関の拡充とか手軽な価格の住宅支援を地域でもって考える。
固有企業のノウハウとして、会社の財・サービスの質とか変化する市場対して、素早く効果的な順応が図れるような焦点に労働スキルをあてる具体策を持っている。
そのために、地域の積極的企業の職場での必要な有効スキル教育は、(意外にも)地域での企業横断的な姿で行うことを念頭においている。
経営者は労働者に、投資をして耳を傾け、経験豊かな労働者が確保できるよう家族を養うに足る賃金や付加給付に気を遣っている。
★他社と代わり映えの無い労働力、そして受け身的姿勢
=同一産業や同一業者の間柄にあっても、互いの個別企業は“同業他社と同じやり方”での競争をしている。ただ単に、より低い労働力コストを優先させて競争するだけである。
労働者の賃金や付加給付を切り崩す、仕事の外部委託とか派遣労働、人員削減と過重労働、“トップダウン管理方式”の強化を進めるだけのこととなる。
労働者には技能スキルの蓄積が伴わないことから、いつまでたっても商品価値の増殖が促されず、自ずと事業利益は低減する。(ところで、日本の労働者派遣業は、1999年の改正で、半失業状態にある技能労働者の失業対策といった目的を消滅させた)。

___☆活躍する人物像 ★爬虫類的人物像
☆積極的に固有価値を生む人物像 経営者と労働者
=「表現とは、他人にプラスの影響(=希望)を与える行為である」と、元からそういった思考を持っている。すなわち、その姿勢(Art域労働の技術)とは、共感作用と共感精度を意識的に自覚して、相手方に“希望の認識”を持たせるといった固有価値創造なのである。さらにArt域労働は通貨価値以上に価値を増殖させることとなる、ここに確実な売り上げ確保のコツがある。…後で述べる爬虫類的思索(思い)ではできない意思疎通能力を使い、それが芸術性に該当する。
☆より直接的なタイプのアーティストとなれば、コミュニケーションそのものを通じてArt域労働を表現する。いわゆるプロデュースをする経営者、プロデュースをする労働者だ。
  ・会議を運営したり、
  ・相談に乗ったり(アドバイス)、
  ・取材をしたり(インタビュー)、
  ・怒った客をなだめたり(あっせん)
☆価値を無理矢理、商売に直接結びつけないことも、Art域労働を進める上での重要な条件でもある。アーティストとなれば、自分が生み出した価値が、自由に広がっていくことを望み、それを妨げるような理屈を認めない。すなわち、Art域労働は自由に広がっていくことになって、狭い通貨価値だけでは捉えられない価値増殖が存在し、この部分の価値によって利潤の高い商品取引が成立するのである。
☆創作創造物は、形になって他人(需要者)に届いた時点で固有文化価値が生じる。主に通貨によって商品一体の価値が表現される。
☆物事の失敗の原因を考えるにあたって、次のような積極的分析をする。
①その失敗の背景には必ず、手を打つタイミングとか検討時点が遅すぎたとの事実がある。
②早い段階での検討作業を前倒しで行い、プロジェクトの日時が近づいてくると必要な変更のみで手を打つ。その必要な変更のタイミングの時期を間違えない段取りをすれば失敗は激減する。
③意思決定に関わる人が少ないと、検討作業における混乱が起きにくい。
④これがArt域労働のスケジュール技術であって、決して根拠のないヒラメキや思いつきでArt域労働もアーティストも仕事はしていない。
⑤いわゆる失敗が多いとか、出来上がりが悪いといった場合は、必ず検討するタイミングが明らかに遅いからなのである。
★爬虫類の生物学、脳科学・神経科学的特徴とは
=闘争・逃走反応、怒り、生残りの本能だけである。 経営者と労働者
★爬虫類は理性に耳を傾けることができない。したがって爬虫類は「アイデア」を拒み、「失敗の可能性」を避けるに留まる思考である。
★さらに爬虫類は、目立たないようにすること、従順になる雰囲気を通して安心感を持つ。したがって“感情に振り回されること”を喜ぶ。利己的な態度や近視眼的な振る舞いも大好きである。
★こういった彼らの積極的志向を拒絶する心理的抵抗が言葉を道具に表され、あるいは批判する言葉となって表される。要するに、彼らは拒絶するだけで話に根拠はないのである。……だから、積極的人物像は、爬虫類のストーリーには耳を傾けないことである。楽観主義は理性的意志の問題、悲観主義は感情の問題と、昔から言われている帝王学の通りである。
★退化した爬虫類的な脳に基づく行動となれば、巧妙に人を操り(本人は本音と建前による操作性を雄弁に発揮しているつもりなのだが)、自らを組織に“目立たないよう順応させて”存在にする。さらに、(目立たないつもりで)作為を用い周囲の者に失敗をさせ、→自分以外が大それたことを出来ないようにする、→“失敗しないのは私だけ”を演じる。
★人を操る方法とし、「スタンドプレイよりチームプレーを大事にしろ」との話を歪曲悪用してデッチ上げ、部下のやる気にブレーキをかける。……本来は、積極的姿勢の持ち主が組織的に協議をすれば、確かに失敗は防げるとするのが、行動経済学の示すチームのあり方である。
★爬虫類的行為は、他人が失敗をすればさらに貶める。職場では裏側で目立たないように行う。それはDV加害者と共通しているケースが多い。
【個々人が、“社会ビジョン”を持てるようにすること】
が重要である。現在のフランスの地方経済の話を紹介する。
地方では年金や第二の人生世代、都市と田舎に生活拠点を置く「2戸住宅世帯」向けの地域開発が進んでいる。地方市街地の街並みに、木々や草花を植え花を咲かせることを優先したとのことだ。博物館や観光施設は要らないとしている。フランスでは昔から、「100年を経過した建築物は観光資源になる」とまで言っていた時代は過ぎ去った。
おかげで、イギリスのドーバー海峡を越えて移住をしてくるイギリス人が家屋を購入している。そういった地域に立ち並ぶ飲食店は、固有文化レベルが高い店舗が多いようで、その経営は
“仕入れ率20%→設備費用率30%→人件費と利潤率50%”
だとの分析である。それは、加工やサービスに係る労働能力が極めて高いことから高価値を生み出しているという事であり、そういった飲食店にこそ顧客の「行きたいといったニーズ」を受け止め、それが長続きしていると考えるのが妥当である。
なお日本では、
日本の地方や田舎は、ダントツに地元野菜や魚介類が美味しいにもかかわらず、飲食店の固有文化価値レベルの引き上げのきっかけになっていない。
「仕入れ3割→設備費3割→人件費と利潤が3割、残りは予備費」
といった旧態依然の製造工場の感覚が飲食店のノウハウだと考えている飲食店が大半だ。そのように指導する経営コンサルタントの類も圧倒的に多い。その結果は、飲食店の固有価値を求めて自家用車を走らせることとなり、あるいは大都市の都心部まで電車に乗ってくるとかで、通貨の配分は交通移動に高い経費をつぎ込む結果となっている。すなわち、本来はレベルの高い飲食店の固有文化価値商品に回るべき通貨は交通費となっている。

【行動経済学(微細な動き)で様々が解決する】
もっと平たく、現実的な行動経済学を紹介すれば、……
☆戦力となる女性労働者は、年齢、恋人、結婚、出身、学校などの話は大嫌い。社会や芸術とか本の話から親密になれる。
☆自意識過剰が強ければ周りの人の態度に性差別を感じやすい。そういったことからセクシャルハラスメントと女性は受け止めやすい。これの解決には、安定した環境で、よく知っている人たちと仕事をしていると自意識は弱まる。それは男が仕切る仕事の分野でも自意識は弱まる。
☆自分の好きな人と長い時間過ごしていると、人は幸せを感じる。これとは全く違って、社会の平凡な目標達成したときに多くの人は満足を感じる。
☆話や書面の文脈を少しひねると、お金をかけずに人の行動に変化を与える。(例えば=他人がやっていれば自分もするといった風に)
☆危険に備えて直ぐ対処しないのは、「先の話だし具体的に思い浮かばない」からやる。部下の隠蔽工作もこれから始まる。
☆失敗の背景には必ず、手を打つタイミングとか検討する時点が遅すぎたとの事実がある。早い段階で検討作業をやりとげ、プロジェクトの日時が近づいてくると必要な変更のみで手を打つことこととタイミングを済ませるような段取りをすれば失敗は激減する。いわゆる失敗が多いとか、出来上がりが悪いといった場合は、必ず検討するタイミングが明らかに遅いからなのである。
☆意思決定に関わる人が少ないと、検討作業における混乱が起きにくい。
☆国籍や個人的考えの相違を乗り越え歩み寄って下した決断は、“同一意見の人間同士”アプリの決断よりも頑丈である。

【私の昨年9月2日に学術会議で発表した論文と、その後の具体的手法】
「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」
中堅中小企業の経営実務に具体的に役立つものとして、経済学者や社会学者からの評価をいただいている。以上ここに書いた心理的かつ実際に役立ちそうな内容と、併せて読んでいただければ、読者諸氏それぞれのヒラメキに、さらに具体的なアイデアが生まれるだろう。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf
新型女性労働(総務部メルマガ2017年9月号)
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/09/#185-1
女性の募集&定着の最重要ポイント=イジメ嫌がらせセクハラ防止策(総務部メルマガ1月号引用)
http://soumubu1.blogspot.jp/#189-02
といった、様々な人材不足解消の有効な施策も、この学術論文から自動的に生み出されバージョンアップするという訳なのだ。

【補足……経済転換時節がらのヒント】
東欧のスターリン独裁の全体主義下での地域経済再生
ところで、旧東欧における、旧ソ連のスターリン主義を研究した、哲学者クロード・ルフォール(フランス)が実証研究を行っている。なぜこれを話題にするのかといえば、様々な景気や個別企業の経営に対して、決して諦めなかった思考や姿勢が、その当時の現実に豊かさを同時にもたらしたからである。

地域経済再生のステップを、物語風に箇条書きにすると
 1.先ずは生き延びて、全体主義に対抗し続けて、
 2.幸せと権利の主張を行い、
 3.自由と創造性の資源でもって、現実に具体的な経営や労働を行い、
 4.新たな権利のチャンスの形を読み、
 5.そのことで幸せと権利、それとは別の実利利益(厚生)も確保し、余裕も確保して、
 6.自由の相互承認・行使の相互保障を柱に→民主主主義を広げることである。
 7.「幸せの権利と利益満足(厚生)」との区別を付け、「未来幻想と現実現在を交換できる」との誘惑に抵抗することである。
……このようにして、全体主義を崩壊をさせたと分析し、これが歴史の事実と結論づけた。

全体主義に、対抗し崩壊させる方法の紹介(その詳細理論解説)
難しい表現をすれば次の通り(ご参考に)
旧ソ連の東欧での全体主義を崩壊させた歴史を実証研究した哲学者クロード・ルフォール(フランス)は、次のような内容を各国歴史の事実関係から発見している。そこには旧ソ連の軍事力の脅威が停止したペレストロイカの瞬間に、各国が自力で崩壊させた「民主化の対抗政策」を紹介している。確かに、日本軍ファシストやドイツ:ナチスに比べ、頑強で長期化した旧ソ連をはじめスターリン主義:左の全体主義は、西側諸国の支援を必要とせず崩壊したのは確かな事実関係である。その、「民主化の対抗政策」とは
☆1.全体主義者の象徴的なものの秩序(幻想・妄想)を、現実的な物事の内側に落とし込んで行ったこと。(実現可能な幻想妄想であることが証明されていった)。
☆2.こういった現実的な物事の内側の解決には、全体主義の外部との連携を伴わざるを得なかった。(自由・平等に基づく様々な権利が全体主義の下でも実り、それは自ずと経済利益を確保されつつあった)。
☆3.全体主義権力の秩序は、「法の秩序」や「知の秩序」と合致しない。(秩序や権利行為は、①法定のもの、②契約行為、③不法行為、④その他の権利に及んでいる)。
☆4.結局は全体主義者は差配する者であったし、官僚は一枚岩ではなかった。権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。
……といった考察を実証研究しているのである。

全体主義の研究と行動経済学に何の関係があるのか?
との疑問が湧くのは当然である。それは、人類の数百年の歴史始まった、独裁に対する民主化、ことに身近な経済民主化と、それが成し遂げられる(幸福の)権利の課題だからである。その思考や姿勢は、事態を開拓することで生まれるアイデアや施策といったものとの共通性がある。アメリカ経済が20世紀に飛躍的発展を遂げたのは、20世紀初頭からナチスドイツや旧ソ連スターリンの左右全体主義を、アメリカ国内で避けるための経済政策を実施したからである。それは引き続き、さらにアメリカ経済が世界に向けて戦後花を開いたわけなのだ。
①あれかこれか、賛成か反対か、といった二元論的論議ではなく、
②具体的に事業や仕事の職務で通用するような方策を採ったことである。
③事実、東欧の場合はスターリン主義の下でも、成功した事業だったことは事実だし、
④したがって、「世を嘆いて」諦めるようなことが無かったのである。
……確かに、そういった断片的情報や知識を集めてきても着想や思考にはつながらない。ところが、歴史的体系的にプロセスをたどれば、諦めずに済む着想や思考につながる。それは、近年発見された論理学や哲学の理論である。
ひょっとして、多くの芸術研究科は述べている、
「新しい絵画や音楽といった芸術が生まれると、しばらくして人々の思考に変化が現れる」
との現象に何処かでどこかでつながるのかもしれないのである。
§副業解禁 と言うけれど【実施すれば何が起こる?】
果たしてそれはどういう意味を持っているのだろうか?
なぜこれが唐突に持ち出されたのか意味がわからない。今般の「働き方改革」の雇用対策法改正案で、日本の賃金を職務給中心に移行して、個々人の賃金額の引き下げ方針を打ち出しているが、その場合の賃金総額ダウンの緩和措置として、副業での収入補填による職務給の誘導促進といった方策の考え方なのかもしれないのだ。それは、厚労省の検討資料のメリット、デメリットの羅列の底流に流れる(専門家からすれば)珍説から、大いに読み取れるの可能性が大きい。
こういったことは人事労務の専門家であるならば創造力が必要な問題解決能力として、頭の中で考えておく必要がある。なぜなら、個別企業の行く末を翻弄させられ、その企業の理念とか経営方針が、いくら経営者も労働者もが努力をしたところで達成できない末路になるからである。もちろんそれは、資本主義の本来的姿による経営管理の原則だ。

ところで本論、→副業には2種類ある。
①請負とか委任・準委任といった雇われない形のもの
②実態として労働契約により雇われた形のもの
……まずは、それぞれの現状はどうなっているのか?
①の場合には、そのほとんどが、いわゆる内緒で行われている。
公務員も副業禁止ではあるが、家族の名義で兼業を行っている。失業者でも事業経営をしている、もちろん失業手当は貰えないのは当たり前だが。こういった人たちは、所得税法上は年間¥20万の収入を超えれば確定申告が必要となるだけのことである。おそらく、今も将来も、いわゆる内緒で行われるであろう。要するに、こちらの副業はさしたる問題ではない。なお、公務員などは、民法や労働契約法に定める契約関係は適用されないないから、民間労働者とは根本的に考え方→扱いが異なっている。(公務員は、副業のことを兼業と表現してみたりして概念は異なる)。今話題となっているのは民間労働者のこと、公務員の話では無い。

②は、夜のお仕事や他社で働くあるいはダブルワークやトリプルワークといった掛け持ちのケースである。
このケースは、いわゆる本業=主たる就労先に対して不都合・不具合・差し支えがなければ、副業とか兼業は従来から裁判で認められている。就業規則などに副業とか兼業の禁止規定があっても、裁判所は、解雇や懲戒にかかる客観的合理的社会相当性でのみその判断をし、多くの副業兼業を労働契約には差し支えないものと認めている。また、個別企業が副業兼業を禁止するからには、使用者が.労働者が(兼業ではなく)副業をしなくとも家庭生活を維持できるとする社会概念が存在するのだが、裁判所ではこれを社会通念とも認めてはおらず、そういった社会概念は徐々に“主張されなくなりつつある権利”となって来ているのが日本の現状ではある。しかし、こういった背景を抜きにして、文字の意味だけを考える、「副業や兼業」では、“調達・生産・販売”という資本の活動領域での企業内秩序が成り立つことにはならない。すなわち、労働者の意欲や労働契約を超えての労働能力発揮がなされている現状からすれば、「副業や兼業」の内容実態を差し置いて仕組みのことばかり議論しているといった不毛なものである。

【個別企業の経費や手続きに関する課題】
これについて全くと言うほどマスコミでは議論がされていない。
厚労省の検討会では基本は示しているが、おそらく一般民間企業では、まったく意味が解らないであろう。したがって巷では様々な作り話が横行している。
とても重要な事柄は、
「その人の法定労働時間を超えた就労には、副業先での時間外・休日割り増し賃金の支払い義務がある」ということである。その労働者の労働時間の計算は個別の企業事で計算するのではなく、その労働者にかかる労働契約分の全てを通算する計算方法である。
その場合、「1労働日」とは、“ある暦日から始まる終業時刻、途中休憩を含めて結果の終業時刻まで”である。すなわち、数日間の連日就労でも「1労働日」と計算される。また、休日とは、暦日の午前0時から午後0時まで就労していない事実関係を指すものであって、もちろん複数企業を通算して休日計算をする。
すなわち

1.いわゆる本業=主たる就労先でシフトが組まれている場合の労働者には、
週40時間を超える部分での、早出とか残業そして休日出勤に対する時間外割増を、副業先は基本賃金に加えて支払わなければならない。したがって、副業先はいわゆる本業=主たる就労先のシフトを入手しておく必要がある。労働者からすれば、副業をすれば、とにかく割増率が付くのである、でも目先は有利のようだが長期的には賃金の時間単価は低下する。一方の使用者は、法定休日ならば35%増の支払いをしなければならない。使用者からすれば、こんなに煩わしい時間管理をしてまで、副業をしたい者を、果たして採用したいと思うのだろうか?

2.シフトが組まれていない場合の労働者では、
暦日で8時間を超えた時点から割増賃金がカウントされる。
休日は、その労働者が週40時間を超えている暦日であれば割増手当となり、法定休日は35%増となる。法定休日は予め定めていなければ日曜日を指し、週の始まりは日曜日からカウントすることになっている。
日数の数え方は民法で定めるとおり、満年齢数えるようにカウントする。1週間は、次の週の応答日の前日で終わる。1ヵ月も次の月の同日(応答日)の前日で終わる、30日後とか31日後ではない。1年も、翌年の同日(応答日)の前日で終わり、365日後ではない。加えて、その日の終わりとは午後12時=24時に達した時である。もちろん、「1労働日」は民法の数え方ではなく、労働基準法で定められたもので、暦日をまたがる事は存在する。
ところで、週休二日制の事業所は、使用者の自覚はなくとも、法律上はシフトを組んでいることになっているから、ますます複雑で煩わしいことになってしまうのである。間違いなく、「副業」を働き方改革の中で言い出した人物は、そういったことを知る由もない。

3.労働社会保険の適用は、
雇用保険の被保険者資格、社会保険の被保険者資格を満たすこととなれば、副業であっても、保険加入(資格取得)となる。雇用保険は週20時間以上、社会保険は中小企業が30時間、大手企業は20時間以上、そして、この時間を超える労働契約を結べば資格取得の対象である。そのときの手続きや保険料、その分担の有無にかかわらず各々の事業所の納付義務である。副業先の事業所が手続きをせず保険料滞納をした場合には、主たる就労先事業主が履行しなければならないこと、にはなっている。時間の長い主たる就労先で社会労働保険に加入すべきとし、副業の使用者が加入させないのは、何らの法律根拠はない。
合法的に保険適用を避けようとする使用者は、雇用保険や社会保険に加入できない枠内の労働時間を、副業したい労働者個々人と研究を重ねて、労働契約を結び、その証となる契約書面を作成しなければならなくなる。そういったレベルの高い事柄は、いくら合法だと言っても肝心の副業者の労働意欲を維持することも併せれば、社会保険労務士の資格者であっても極めて有能な人物にしかできない企画立案なのである。厚労省の行政手続きに不行き届きと混乱を招くことは間違いない。

4.給与所得からの所得税源泉徴収は、
たとえ被扶養者が0人だとしても届出(「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」)を出せば毎月甲欄により、扶養家族の人数に基づき使用者が徴収する。甲欄による源泉徴収は支払給与が月額¥88,000未満であれば、使用者からの源泉徴収は無いとの制度部分が注目点である。これに対して、扶養家族の届出がなければ、乙欄によって数千円程度は源泉徴収されることとなる。
巷には大きな誤解が蔓延しており、“副業がバレル”とか“確定申告で問題が生じる”といった幻想で扶養家族の届出はしないとする者もいるが、そういった方法は、よほど複雑な事情がない限り、節税にはならない。
また、マイナンバーを使用者に届け出なければ副業とか兼業の収入を追跡されることはない。マイナンバーの届出は個人自由であり、会社も個人も取り扱う義務は法律上も無い。税金を追跡されたい者だけが届ければ良いことになっている。副業の労働者を大々的に受け入れたい使用者が、マイナンバーの取扱を行っていては、副業労働者の恐怖を助長して採用を拒むようなものである。労働者は税金を恐怖に受け止めるのは、税金の使い道への不明瞭さに不満があるからであるからで、その解消に事業主は使用者の責めは無い。なお、個人や家庭の収入を把握する事務は、市町村の税務課が行っており、その結果を税務署に通知することになっているから、念のため。

5.労働時間の計算、実はマトリックス計算
決して誤解しないでほしい、労働基準法による計算は加減乗除ではない。
それは次のURLのようになる。この計算方式を操ることができれば、副業労働者の時間や賃金管理はとても簡単である。ところが、大手企業の多くは、マトリックス計算を理解できないのが現状であり、いわゆるシェアード会社にあっては、(職安法違反や派遣法違反が能力向上の足かせとなり)その運用は不可能であろうと考えられる。加減乗除の電算機を使っているから理解できていない。
中堅・中小企業の使う給与計算パッケージソフトのほとんどは、加減乗除である。確かにそのシステム開発は難しい上に、そもそもマトリックス計算が理解できない経理担当者が多いことから、給与パッケージソフトの売り上げには結びつかない。そこで、加減乗除の計算ソフトでお茶を濁しているのが日本の現状である。こういった面でもAI人工知能は、残念なことに世界の現状並びに総務人事の世界では夢のまた夢である、マトリックス計算なんかAI人工知能では考えていない、というより無知なのである。シェアード会社などが使用している自社開発の給与ソフトも、IT企業に乗せられての加減乗除の方式が多い、もちろん、マトリックス計算そのものが理解できても、シェアード会社の業務方法の足をマトリックス計算の理念が引っ張ることになるから採用できない。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/jinji/labortime.html

6.厚労省のモデル就業規則の検討案
よく見れば、現状維持の追認となっており、マスコミ等の報道内容とは異なっている。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11909500-Koyoukankyoukintoukyoku-Soumuka/0000185386.pdf#search=%27%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%B0%B1%E6%A5%AD%E8%A6%8F%E5%89%87+%E5%89%AF%E6%A5%AD%27
§完全雇用とは、どんな意味なのか【解説】
それは、世間一般で用いられる意味とは、大いに異なる。
まずは、経済学や経営学では、イギリスの経済学者ビバリッジの説がある。
……労働市場法という分野にあっては、おおむね次のように認識されている。
それを解説した文献引用が以下の通りである。(人手不足対策の専門家としては必見の書)
https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/rodo_shakai/gaisrodomktho/
───以下引用───
完全雇用の達成は、近代福祉国家における基本的な政策理念として広く認められている。わが国でも1966年制定の雇用対策法がこれを明文で定めている。しかし、完全雇用とはいかなる状態をいうのか。
これについては、様々な説があるが、その代表的な例としてイギリスの経済学者ビバリッジ(William Henry Beveridge)の説を紹介する。彼は、完全雇用とは、文字通りの無失業状態を言うのではなく、「失業者より欠員のままの仕事も多いこと」と定義し、おおむね3%程度の失業率を想定していた(full employment in a free society 1944)。言い換えれば、個々の場合の失業が長期に渡ることなく、そしてそれが道徳的な頽廃(タイハイ=注:おとろえてすたれる)の危険なしに、失業保険によって保護し得る期間を超えてはならないということを意味する。
また、ILOの文書によれば、完全雇用とは、「労働の意思と能力があって、求職活動している者が、国内の環境及び通常と考えられる基準に従って適切と認められる職業に短期間につける状態」と定義している。これが、雇用対策法が定めている完全雇用の意味でもある。
「完全雇用」の用語が初めて政府文書に現れたのは、1957年の雇用審議会答申第2号であった。これは、完全雇用は「量」ではなく、不完全就業(潜在失業)の問題を含めた「質」の問題だとしている。そして、1960年代に失業率が1%台で推移するようになると、完全雇用に向けた政策は失業対策という側面から、労働者がその社会的経済的地位を向上させ、産業界が必要とする急激な労働力を確保する就業条件の整備こそが「完全雇用を達成」を図るために緊急事であるとされるようになる。
───引用ここまで───

このように、マスコミや世間一般で話題となっている。失業率の概念とは異なるものである。
くれぐれも、注意をしていただきたいことは、
日本の失業率統計は、その計算方法は様々に変化をしていることである。数字だけを見ていると、オイルショック後の1976年の完全失業率は2.0%を超える。1980年代に入ると失業率はおおむね1から2%程で推移。その後リーマンショックの影響で2009年8月には失業率5.6%を記録。
ところがここには、統計計算の分母と分子が様々入れ替えられたのである。
加えて、非正規労働者とかは不完全就業(半失業状態)であったはずだったし、親のスネかじりとか家事手伝いといった者(潜在失業)は、いつの間にか失業率の数値から消えてしまっている。
すなわち、表される失業率=失業率の単なる数値の変遷だけを見るのは専門家としては失格なのである。
“失業率が下がれば賃金は上がる。”
それは、本来の半失業状態、潜在失業状態を含めた完全失業率との関係でそう言える。よって、従来の経済学の学説が崩れた訳ではない。アメリカの場合は、雇用統計=完全失業率の変化によって金利を変動させることが法律で決まっている。一部の経済学者たちは、「雇用統計は金利の重要な要素だ」とテレビなどで話しているが、甚だしい無知なのである。要素ではなく、金利変動の法廷要件だ。本来の完全失業率の統計資料が出れば、賃金相場は見当が付くのだ。

2018/01/09

第189号:「働き方改革」の罠にハマれば、会社は損&労働者は貧乏になる

<コンテンツ>
「働き方改革」は、法律案は4月の通常国会
女性の募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
   【結論は】お局・同僚・上司からのイジメ嫌がらせ防止策として、次の規則を実施。
   ……加えて、福祉・介護といった事業場では
   【後学のため、女性進出先端の教職員の歴史的事実】
働き方改革の美辞麗句(扶養配偶者150万)可処分所得減額の直撃も
   【それではここで、計算式による根拠】
★★社会制度の手足をもぎ取る、もう一つ気掛かりな動き
   __「一気に、勤務社労士を排除したい!」との内閣府官僚の意向。
   __ことに、女性の勤務社労士は悲惨に晒される
   __間違いなく、労働に関する社会制度の空回りが発生
   ☆その抜本的対策として「全国社会保険労務士の職能Up委員会」
バージョンアップ=働き方改革の法律案から湧き出る、具体的な問題
   ①同一労働同一賃金、(その抜け穴)
   ②賃金引き上げと労働生産性向上、(その抜け穴)
   ③柔軟な働き方が行いやすい環境整備の罠
   ④女性・若者の人材育成、環境整備の美辞麗句
   ⑤病気の治療と仕事の両立で中高年に犠牲を強いる
   ⑥子育て・介護等と仕事の両立、障害者・高齢者就労の振りだけ
   ⑦雇用吸収力、付加価値の高い産業への労働力移動の妄想
   内閣府の全体主義官僚たちがまとめるストーリーは妄想と幻想
労務管理は、本を読んでも、何かの試験に合格しても、出来ません。
   それは、次のような自問自答してみることです。
   【決定的素質の課題】=知識偏重主義は止めること。
労働が価値を生むと言う(知っていれば便利な)経済学
   ①抽象的労働説(アメリカ20世紀初頭の制度)
   ②(アダム・スミスの)支配労働説があるが、
   ③日本の労働行政官、法曹関係者、労働組合幹部などに多いとらえ方
   ☆ことに極めて高い価値率を生み出す Art域労働 というものは、
   ところで、個人請負 independent contractor とは何の事?
【速報】マイナンバー 市町村税課からの通知には記載中止
   ≪では、これはいったい何を意味するのか≫
   すなわち市町村税務課での、個人収入把握を狙っていた国税庁からすれば、
   非常に多くの中小企業は、
   マイナンバーで、一儲けしようとした便乗業者は
   ≪年明けの、個別企業の動向は≫


§「働き方改革」は、法律案は4月の通常国会
に向けて、諸々の法案提出の準備に入っている。何らかの政権危機が起こらない限り、内閣府はその準備に入っている。ところが、躍起になっている内閣府に対して、各省庁官僚は一枚岩ではないようである。
ことに、権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に全体主義者は弱い。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突する。そのような状況が日増しに拡大しているようだ。こういった現象は、戦前戦後の実証研究により、学問的にも確立しているのである。
場合によっては、昨年から延期された「働き方改革」も、4月の通常国会はまた延期され、来年に飛ばされる可能性もなきにしもあらずだ。
なぜか、ほとんどマスコミが報道しないのだけれど、民間シンクタンクばかりか普通の政府筋も、働き方改革での所得減は4兆から8.5兆円も減るとの記事は流れている。
労働者一般の所得を増加させることで内需拡大となり日本経済が安定する政策は、国内のあらゆる経済学者の指摘もOECDの勧告もが一致して、いずれも共通して政府に訴えているところである、
働き方改革、「残業代が8.5兆円も減る」の衝撃
雇用者報酬の3%に相当、実質GDPも下押し
http://toyokeizai.net/articles/-/188466
安倍政権の働き方改革、(複数の政府筋)
残業抑制で4-5兆円の所得減 一時手当は効果に限界
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/11/4-5.php


§女性の募集&定着の最重要ポイント=それよりも第3の働きかた改善=
個別企業の大半は、人手不足だとか人手が足りないと言いながらも、具体的に何の手も打っていない。あげく「給料が安いから!」といった何の根拠もないストーリーで諦めているのが現実だ。だから、同業他社よりも、思いきったことを実行すれば数ヵ月もすれば解消する。しないから、いつまでたっても好転しない。だが、現代に見合った最初の一歩がある。理解できて実行能力のある固有企業だけが行えばよいのである。

【結論は】お局・同僚・上司からのイジメ嫌がらせ防止策として、次の規則を実施。
(イジメ嫌がらせの定義)を導入すること
第01条 イジメ嫌がらせとは、「他人の権利及び尊厳を侵害し、身体もしくは精神的な健康を害し、又は職業キャリアの将来性を損なう恐れのあるような労働条件の悪化を目的とする或いはそのような効果を及ぼすような反復的行為」をいう。
第02条 部下や後輩に私的意見や知的作業方法を押し付ける行為でもって、イジメ嫌がらせ行為を反復継続しようとしたときもイジメ嫌がらせ行為とする。
第03条 イジメ嫌がらせ行為でないことを証明するには、あらゆる加害容疑者は、「イジメ嫌がらせとは関係のない客観的な要素」によって正当化される行為であったことを合理的に説明し、物的証拠で、裏付けなければならない。この場合の客観的とは第三者が見て理解できるという意味である。

……加えて、福祉・介護といった事業場では
(虐待の定義)
虐待とは、他人を隷属させる又は社会的自立若しくは個人の自律をさせないために、他人を精神的物理的に強制もしくは強制しようとするとか他人を貶め続ける、または無能力だと刻印するなどしていわゆる人格を死んだ状態に持ち込む若しくは持ち込もうと反復継続する行為を言う。(任意事例)そういった行為の具体的に目に見える事例として、障害者虐待防止法、児童虐待防止法などの法令に例示されているものその他が挙げられるものである。
★要するに、中堅中小企業においては
人手不足の解消&定着して能力向上、=この部分が最重要なのである。女性労働者においては、正社員も短時間パートも、お局や同僚・上司からのイジメ嫌がらせによって辞職をするのである。賃金問題などの一般労働条件は応募段階で見極めているから、相当の労働契約変更申入でもしない限り、離職することはない。ただし新卒女性の中には結婚願望とか異性友達への関心が強い者もいるが、その多くは効果的な職業キャリアによって、離職は防ぐことができる。反対に、事業場での意味ある仕事とか職業キャリアの形成ビジョンがない場合は、不倫の横行するのが実態であるから、ここでも女性労働者の突然の離職を招いてしまう。

【後学のため、女性進出先端の教職員の歴史的事実】
終戦後の公立学校での女性教職員は、セクハラや不倫の対象にさらされていた。当時の女性教職員は、女性の職場自体が少なかったものだから、学歴もあるインテリ層の女性が大半を占めていた。すなわち、当時最大の女性人員数を誇る有数の事業所を全国展開していたのである。そのなかには、教員は男女平等で賃金も同一であることから、当時は男性上司に性的に取り入ることで出世を試みる女性もいた。こういった不合理に対する文部省の対策は、戦前の男尊女卑の尾を引く時代であるから、ほぼ何もなされてなかったし、隠蔽と女性教員の退職でことをおさめていた。そこに当時は労働組合(日本教職員組合)が、そういった女性教職員の側に立って労働組合への加入を勧誘していった。小中学校ごとに個別に、様々な不合理を是正させる中に、セクハラ・不倫・似非出世がことごとく取りざたされた。それにより、女性教職員は日教組に集まり、組合の強さを支えていたのは間違いなかった。そして、公立学校の少なからずの教職員を終戦直後に入れ替え、学校教育体制を確立するにあたっては、学歴もあるインテリ層の女性教職員が重要な役割を果たしたのであった。そこでの女性教職員は母親となり、現在は後期高齢女性である。
……いまは時代も異なっているが
今の時代の変わり目かつICT産業革命の真っ只中であるから、女性労働者の募集と定着は促進されるよう、「イジメ嫌がらせの排除と職業キャリアの形成ビジョン」が中堅中小企業の事業経営の決め手になる事は間違いない。大手企業は残念ながら、社会ビジョンを持ち得ない場合が相当多く存在するから、中堅中小企業のような「イジメ嫌がらせの排除と職業キャリアの形成ビジョン」には横やりが入って、大手企業の女性が事業経営の決め手に至るまでには時間がかかりすぎるのである。
ことに、女性労働などの経済社会進出課題については、こちらの研究論文の
「Ⅴ「一人前の労働者論」の裏に妻の隷属を内在する虚構性」を見ていただきたい。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

§働き方改革の美辞麗句(扶養配偶者150万)可処分所得減額の直撃も
民間個別企業が「働き方改革?」に、真面目に取り組めば、「わが身の首を絞める余計な仕事をする」こととなる。
被扶養者である女性労働者の状況をよく見なければ、収入増になるかどうかわからない。
国民健康保険世帯の女性労働者の増収は、源泉徴収が家計の可処分所得を減額:直撃するケースに、個別企業の中のすぐ必要がある。
……ここでは、103万円の壁が150万に引き上げられたことの話である。
一見、無知な人にとっては喜べるような話ではあるが、実はここには罠が仕掛けてある。
社会保険の被扶養者の壁は、年収¥130万が予見された時点で、被扶養者から外される事である。
そのポイントは、
浮かれて=年収¥150万ギリギリで労働時間を設定した場合に、一気に社会保険料がかかってくるわけだ。
その保険料の支払い義務者は会社、本人からの半額控除はできるものの。
そして、
社員特典還元金などを含め月額¥88,000以上は毎月源泉徴収されるになるとされることになるわけである。
おまけに、ダブルワークとか投資とか別途収入を、あえて国に報告したい人は、マイナンバーの任意届出で丸裸になる。
収入底辺層の個人消費の底上げをして、内需拡大することが日本経済再生の道である事は、国内の経済学者もOECDの勧告も、全てが挙ってそれを指摘している。
にもかかわらず、このメルマガの後のほうに掲載するけれど、政府も民間シンクタンクも内需=個人消費の低迷を押し切ってでも「働き方改革」なのである。

【それではここで、計算式による根拠】
①平成30年分:源泉徴収税額表によると
 月額¥88,000以上の給与等金額から毎月源泉徴収行うこととなる。
②社会保険適用(中小企業は経過時間の問題)、週20時間を考慮すると
 週労働時間19.5h×4.29週=83.6h/月~は無難な制度
 週労働時間は20時間を将来に契約することであり、年平均の結果では無い。
③社会保険の被扶養者は、¥130万の予見が基準
 年収130万円の予見が立った時点で扶養家族から外れる。年末集計には非ず。
 すると、¥1,300,000÷12月÷83.6h=1,295円/時
 (昨年まで)¥1,030,000÷12月÷83.6h=1,026円/時
④パートタイマーの賃金相場は、扶養家族から外されない額=で実態は決まる。
 政府に盾付かない研究者は、賃金決定の根拠に触れないことを貫いてきた。
 よって、扶養家族外れは103万から130万となり、150万では無い。
 そのうちに、的外れな人手不足解消策として、
  1,026円/時→1,295円/時が流行するだろう。
  (ことに女性の人手不足解消とか業務効率は、賃金問題ではなく、
  お局や上司のハラスメント防止を職場で徹底することにあるのだが)
⑤ところがうっかり、¥1,300,000の甘い誘いにも誤って踊ってしまうと
 1,295円/時×83.6h/月=108,333円/月となり毎月¥1,610の源泉徴収
 もちろんこれは、翌年の住民税にも反映、凡そ3倍程度の税金支払になる。
 ¥88,000以上の給与等金額からの納税義務が、会社にはあるからだ。
 しかしながら、実際には、いわゆる一般庶民の小口の収入は、
 「税金よりも生活権優先」との理念から、徴収法は存在せず無税にしている。
 ★そうすると、世帯主が国民健康保険であれば、
 被扶養者の増収が、直ちに保険料の引上げ、その保険料負担はきつい。
⑥国や自治体に、自らの収入を丸裸にしたい人であっても、
 会社がマイナンバーの、本人からの任意届出を受け付けなければよい。
 安全管理措置のない会社は、その受付は法違反。本人の自由以前にだ。
 くれぐれも、個別企業も個人も、マイナンバーの扱いに義務や権利は無い。
 行政機関の窓口はいずれも、届出義務のないことをよく承知している。
 少なくない金融機関は、
 マイナンバー無届けの抜け道を様々、窓口で教えてくれるようになった。
 証券会社などの金融投機商品、
 これは不労所得だからといって、届出を納得する人が多いようである。

★★社会制度の手足をもぎ取る、もう一つ気掛かりな動き
端的に言えば、内閣府は行政公務員の削減と電子化といった妄想や幻想を振りまいて、厚労省の部門では、「シェアード会社」であれば、無資格で電子申請をできるようにしようとしている。現在の法律では、報酬の有無にかかわらず、行政機関への申請などを他人に依頼しようとするならば、その代理は有資格者でなければならないことになっている。それをなくそうとしているのだ。近代国家における有資格者というのは、業務水準が低下しないための倫理や制度を設けて、関係する社会制度の維持と質の向上に責任を持つ、有資格者という公民に社会として、独占禁止法を除外して業を営ませるシステムである。これでもって、公務員には手の届かない民間の奥底への指導を強め、行政の質の向上と行政経費の削減をはかっているものである。だから、有資格者に電子化などを求めればよいものを、無資格者に電子申請をさせる、といった本末転倒な珍説はありえないのである。
__大手のグループ企業に関わる、「シェアード会社」の実態は
①根本的に請負とか代理ができる知識や能力に欠けていること、だから業務を完成させることが能わない。すなわち、請負とか代理に至っていない。
②シェアード会社の事務は、基本的なところで依頼主のグループ会社からの指揮命令を受けている。かつ、その事務の進捗管理も依頼主のグループ会社が行う事は少なくない。すなわち、シェアード会社の契約が、労働者派遣契約となっている実態である。指揮命令を受ける労働者は派遣元事業所で働いていても、れっきとした労働者派遣だ。派遣法は派遣事業法ではないから法違反は形成されている。
③少なくない勤務社労士は、こういった「なりふり構わぬ金銭利益優先」に心ならずも関与させられている。社労士の取扱法令の職業能力発揮の場面で誇りを潰され能力否定されている。

___「一気に、勤務社労士を排除したい!」との内閣府官僚の意向。
ここにきて一部の勢力の影響のもとに内閣府は動いている。文言で、社会労働保険の無資格電子申請と認めては……と言っているようだが、規制緩和となれば日常的な基本的権利義務問題に関わる業務であることから、様々な分野での無資格業務の蔓延に至るのは目に見えている。彼らは「行政効率」とは名ばかりで、厚労省その他に蓄積されている技術を否定するばかりではなく、「なりふり構わぬ金銭利益優先」の社会制度に変質させることが目的であって、そのために権利行使の弱い勤務社労士を社内や目の前から排除する行動に出てきたことは否めない。平たく言えば、人事労務などの知識を持っている勤務社労士は、「ウザイから消えてくれ!」といった彼らの理屈である。

___ことに、女性の勤務社労士は悲惨に晒される
社労士に限らず、司法書士、弁護士などの資格を在職中に取得したとすれば、手練手管=手を変え品を変え女性を独立開業させようとする。だが、長年にわたり組織というものに馴染みサラリーパーソンを行ってきた人格が、経営者相手の独立起業でもって成功するわけがない。退職金をつぎ込んで開業したところで、代理人業務の根幹を外れたところが営業受注の中心にならざるを得ない。何が言いたいかと言えば、女性ということでの隷属を彼らは承知の上で、女性の勤務社労士は大手企業から排除されるのである。
お局は職業能力が希薄で強い者の味方だから、言うことを聞くから、せいぜい係長止まりで置いておくだけ。女性を差別は、女性を使って差別する方法が効率良い。「頭の良い女?」は、わざわざ危険を冒してまでセクハラをしなくとも、浮かれさせて独立起業で対処する。こういった事は大手企業では日常茶飯事だ。こういったことが、私たちの30年弱にわたる、外部から如実に見る現実の事例だ。それも、近年は日を追って激しくなっている。だから、緩和の動きが実行されれば、日本の大手企業のことだから、恣意的とか能力評価は度外視して、女性の勤務社労士は排除される。

___間違いなく、労働に関する社会制度の空回りが発生
すなわち隅々末端にまで行き渡る或いは維持と質の向上が担保されない制度に変質させようとする内閣府官僚の動きがある。そのアイデアの仕入れは、新自由経済とは異なり、戦前回帰を狙う全体主義者からである。それは、戦後の先進国諸国に定着した、「労働者の管理や教育を行うことで、国の経済成長を図る」といった経済政策に彼らは反対なのである。生産性低下、効率性激減、非正規労働者の欠勤率増加、あげくは日本育ち労働者の慢性スキル不足が定着してしまうこととなる。

その抜本的対策として「全国社会保険労務士の職能Up委員会」
といった情報蓄積のためのFacebookが設置された。
https://www.facebook.com/groups/196602264250546/
以下、呼びかけ文である。
───「全国社会保険労務士の職能Up委員会」───
戦後世界は、「労働を管理し教育することで、経済成長の基盤を作った」このことにより、20世紀初頭に導入したアメリカを始め、いわゆる先進国は大きく成長したのです。こういった人類の歴史的成果その他を踏まえて、法律論の狭い枠をも克服して、私は社労士の職業能力アップをする必要があると考えたわけです。
1.学問的理論的裏付けが重要で、
2.クライアントとの関係を強める学術も緊急に必要です。それも、急遽に。
~そこでFacebookで交流グループを設けました。少しレベルの高い、業務に活用できるものになればと願っています。社会保険労務士に重点を置いたそれなりに専門的独立交流を願っています。
けれど、社会保障とか個別企業で起こる問題ですから、どなたでも参加をできることにしました。
(Facebookの検索:全国社会保険労務士の職能Up委員会)


§バージョンアップ=働き方改革の法律案から湧き出る、具体的な問題
このメルマガ昨年末号の「働き方改革の8項目」を再度検討するけれど、
どう見ても彼ら内閣府の官僚たちが行う事は、彼らが考える政策のすべてが、他の公的支出分野とは切り離されて施行されていることである。では、それはなぜか=全体主義者らが専門教育のない者&教養のない者+職業経験の少ないインテリを、理屈と行動で惹き付けるためであって、粗野で無教養の人間を理屈の自発的代弁者に仕立てるためである。彼らは話し相手は、「全体的に一貫性が、頑丈で細かいところまでキチンと機能しているもの、その効果について判断を出せるもの」といった難しくとのイメージができないからである。ヒットラーのナチスドイツ、スターリンの計画経済と粛清、戦後も長年続いた東欧の全体主義の研究からの教訓そのものでもある。(マスコミはこの点の論述が弱い、また読者には理解できないだろうと、マスコミは手を抜いている)。
そういったことを踏まえて分析すると、社会の現実や実測に基づかない妄想幻想だということがはっきりしてくる。

①同一労働同一賃金、(その抜け穴)
これは事業所内だけのことで外注先や派遣労働者には及ばない。たとえ、春の3%の賃金引き上げだとしても、外注下請に転化してしまえば何の事は無い。だが、社員のスキル不足は、ますます蔓延するから、イノベーションconnectでの技術革新を進める基盤が崩れてしまう。すなわち、市場経済の面でもイノベーションの面でもマイナスに働く経営環境を迎えることになる。

②賃金引き上げと労働生産性向上、(その抜け穴)
過去百数十年にわたる世界の歴史で、実際に国家介入で賃金引き上げでもって、社会ビジョンが実現した事実はない。戦前のように、課長になれば平社員の倍額の年収を目指すことなのかもしれないが、当時の一般労働者の労働意欲は低迷極まるもの、戦争中にかけて経済は落ち込んでいった、それが「戦争でもやるか!」の暴論・暴発精神論を導いたのである。

③柔軟な働き方が行いやすい環境整備の罠
(テレワーク、副業兼業のPR。委任・準委任、労働時間等の混乱には無策である。すなわち、民法や労基法での実行担保や安定方法を全く考えていない。罠というのは個別企業が責めを負う危険があるという意味だ)。
アメリカの研究事例から言えば、個人請負 independent contractor は、ア)事業末端の複雑だから管理が難しい設備と維持費を個人に任せ、イ)主目的は社会保険・年金保険などの保険料の企業負担を削減できるというシロモノ思考だけの事である。ただ、日本においては、労働契約法により、労働基準法の適用はなくとも労働契約法の適用をされることになるのだが、そこを内閣府の全体主義的官僚たちは気づいていないのであろう。現行の労働契約法が適用されれば、使用者側に手抜かりがあれば失敗は目に見えている。ちなみに、アメリカの司法判断は「労働力」の取引において、「その労働力の所有権を、使用者に譲渡する契約」を行っているとしており、「仕事を実施する場所が、予め定められている」ことが判例の底流に流れているとの現実から、そういった個人請負 independent contractor に至っている社会制度だとのことを忘れてはならない。日本の厚労省シンクタンクの某人物Hは、協同組合法に定められている団体交渉権を企業交渉に使用すれば良いと推奨している、だが、その意味は全くもって不明である。

④女性・若者の人材育成、環境整備の美辞麗句
(問題提起も対策も現象だけを見た口先のみ、そのネタ元もマスコミで実態調査をしているとは考えられない。話題のリカレント教育は自前で行えとの考え方が雇用対策法改正要綱だ。個別企業の基盤整備や価値増殖に資する話は何もない)。
ほとんどの先進国とは異なり、日本とアメリカは効果的な労働者訓練を作り出す枠組みを持っていない。それは1997年の職安法改正、1997年の派遣法改正によってさらに顕著になった課題であり、その結果は大卒とか国家資格取得ブームにあっても、日本では職業能力の慢性的スキル不足を蔓延させることになった。過去の社内での旧型職人芸performance(曲芸)の養成システムも崩れ去っており、ましてArt域労働といったICT産業革命時代のクリエイティブ・顧客に希望と夢を与える、「労働能力全般労働」(=人格含有労働)に至っては、労働経済市場からは排除しようとしている。というよりも、彼らの眼中にはない。たとえ彼らは気づいていたとしても、専門教育のない者&教養のない者には理解できない事でもある。それは雇用対策法の改正で賃金を職務給に誘導し、賃金切り下げを図ろうとしていることにつながっている。

⑤病気の治療と仕事の両立で中高年に犠牲を強いる
(職業能力保有者が足りないから、病気治療で中高年の職業人の回転を向上させようと言う消極的域を脱していない)。
地域的な医療費コストの削減と健康保険制度の充実は、重病に至るまでの健康や疾病予防に役立つ事を全く考慮していない。そういった健康や疾病予防に効果のある安価な薬品類を健康保険の適用から外してしまっている。少しの医学知識があれば、安価で使い勝手があると判断できるのだが、そこまでの健康や疾病予防の知識が一般労働者には無い。マスコミのスキャンダラスな話題、例えばガンだの重篤な成人病の話に乗っているだけで具体策が何もないのに等しい。塩分調整による夕刻の疲労感回復、インフルエンザの感染遮断方法その他の簡易で安全な方法に彼らの関心は無い。さらに遠因的な問題から言えば、自動車通勤をしなくてもよい交通政策は、生産性、効率性、非正規労働者の欠勤率などに影響することが、アメリカのシリコンバレーにおける経済政策でも発見されたことである。オランダなどは、日本のイメージとは全く異なった独自のワークシェアリングとともに、渋滞通勤でなく自宅で就労といった政策を打ち出ている。

⑥子育て・介護等と仕事の両立、障害者・高齢者就労の振りだけ
(とにかく無策の職業教育:育成だったから、中高年の職業人の離職を防ぎ、無理な動員を維持するという付け焼き刃では無いのか。職業キャリア向上を阻害するイジメ嫌がらせ・ハラスメントの禁止といった思考習慣が必要であり、人間の成長発達を阻害するのが虐待禁止といった社会ビジョンをリードする突っ込んだ思考が全くない。だから、こういった課題に取り組む人材の動員が成し得ない原因がどこにあるのかが分かっていない)。まるで戦争中の労働者徴用制度そのものである。戦争中の徴用は、後進国日本の典型的な労働パターンであったのだが、2時間前後の徴用先への通勤等はあたりまえで=通勤手当を支給、妻や家族の扶養人数は無視して職務給・職階給(素人対象)だったから家族手当を設定、といった物で誤魔化したのである。こういった内閣府の全体主義的官僚思考が根底に流れている間は、やはり結果的には何もしないのに等しい。ちなみに大阪市内には、保育施設の定員割れが数多くある。保育士が足りない、職業キャリア向上を阻害するイジメ嫌がらせ・ハラスメントが蔓延しており、それは従前の経営姿勢から保育士が寄り付かないだけのことに、その原因がある。また、介護士不足は、「うばすてやま」の虐待介護を拒絶する介護士を応援する、虐待禁止といった社会ビジョンの欠落にある。さらには「痴呆の親を施設に送って金銭解決する」といった意見がまかり通っているが、こういった意見をさらにリードして、「軟禁や管理には虐待を辞さず」とする施設に、徳性がある介護士が就職するわけがない。

⑦雇用吸収力、付加価値の高い産業への労働力移動の妄想
(大量労働力雇用では付加価値は減る。リストラ促進なのか意味不明な妄想幻想にしか受け止められない。付加価値が高い産業は、地域開発ともに創造するものである)。
第二次世界大戦直前の、ヒットラー:ナチスドイツは、アウトバーン建設の際に、重機を使うと失業者雇用吸収人員を減らすことになるので、すべての土木工事をスコップだけで行わせた、人員吸収は高まったが→その費用は国債でまかない戦後の付けに回された。口先で理想は言いながらも、現実はナチスドイツと同じ道を歩もうとしているとしか考えられない。一方アメリカは20世紀初頭からの経済政策として「労働者の管理と教育による経済成長政策」を行った。これはアメリカが全体主義に陥らないようにするための経済政策としての社会ビジョンを明確にして開始したものであった。だからニューディール政策においても、労働者の教育訓練も視点に入れて実行した。賃金計算職業を専門家と位置づけ、その意味内容は「IBM手回し計算機」は当時、1929年世界大恐慌の不況によるリストラが相次ぐ中、事務機器業界で唯一IBMが無理を重ねて“技術者と職人”を抱えていたからこそ出来た発明品、これを操作できることでの(日本に現存する給料計算士になるもとは根本的に異なる)専門職業の養成としてなのであった。その労働市場施策の論理構成は「体験型学習」(手練手管で失敗した日本のゆとり教育の元祖)でもあり、海軍:山本五十六が導入した、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」そのもの(ただし、戦前日本は海軍と国鉄の一部工場でのみ実施)なのであった。さらにアメリカは1937年からの2年間では芸術家の失業対策を行い、シカゴの絵画、ハリウッド映画(バート・ランカスター、オーソン・ウェルズが有名)などといった、戦中から戦後のアメリカ文化の世界への経済政策の基盤も作り上げたのであった。
例えば:シリコンバレー、アメリカであっても大手企業は、「お荷物」
の存在には間違いない。確かに日本の大手企業のように抜本的なところからの改革は困難を極めているのである。それはひとえに、アメリカ大手企業の経営者層の問題である。ところが、例えば:シリコンバレーは元は果実の産地で出荷商品はドライフルーツであった。そこでの発展のビジネスモデルの肝心な部分は、様々な労働者の集積にあった。学園都市からの出発といった神話は、まったくもって飛んでもない誤認である。そのステップは、コアの力量→スピード取引→高度に専門的な労働者のプール→スムーズな流れ→能率的で営利的な生産過程といった労働や業務方針が徹底されたのである。そこへ投資家が参入することとなり、一般労働者が寄ってくることとなり、現在のような地域性のある百万人の産業都市群のシリコンバレーとなったのである。その後の経済政策においても試行錯誤の末、◎奇抜な起業は視野に入れず、◎自動車で通勤をしないよう、◎低価格住宅増築、◎規制のない不規則な広がりを許す開発を抑制、◎医療保険拡充と医療費低コスト化、引いては、※それらでもって生産性・効率性・非正規社員の欠勤率低下へと導いているのである。

内閣府の全体主義官僚たちがまとめるストーリーは妄想と幻想
どこをどう見てもそうとしか言いようがない。もちろん諸外国の経験や教訓を裏付け証拠にも出してこないし、政府機関が最も得意とする実測値から出た統計資料も裏付け証拠に出してこない。ことに、失業という概念にあっては、日本の統計では元来、★短時間労働者は「半失業者」、★農村での扶養状態とか親のスネかじり、これを「潜在的失業者」と考えていた。ところが、ここ数年は「半失業者」は失業率の数値低下に組み入れ失業率の数値を下げただけだ。それに「潜在的失業者」は、世の中の失業概念から消滅させてしまった。マスコミも、少なからず大学文学部卒に占領されてしまって、大卒であってもスキル不足に陥っているようだ。加えて、日本が「失われた10年」の1回目から、もう3回目に突入しているが、文学部出身のマスコミ記者では、様々な課題をどういった専門家にインタビューすれば良いのか、といった程度のスキルも不足しているようで、新聞などでは専門家の意見をインタビューした記事は年を追うごとに激減した。「労働需給分野」の専門コンサルタントは、当時から私ぐらいしか存在していないから、インタビューに来なくなったのは肌でよく感じる次第なのだ。


労務管理は、本を読んでも、何かの試験に合格しても、出来ません。
 では、その素質を磨くきっかけを、まずは紹介しましょう。
 (残念ながら、素質は無いかもしれません。そんな時は別の道を歩むことです!)
例えば、社会保険労務士の資格
その社会保険労務士の全国連合会は、月刊社労士11月号のp.4(引用)で、社労士会シンクタンクの初代所長が、
「労務管理に関する制度だけを見て労務管理ができるというわけではありません。しかし、社労士の方はそういう発想にはならず労働基準法はこうだから、労働契約後はこうだからという論理が先行し、『労働企業法を守れと指導するのが労務管理だ』という枠から離れられない、…省略」といった現状を指摘している。
じゃ、どうやって能力を磨くか。昔はほとんどアメリカへ勉強に行って、その先生の理論を見よう見まねで民間企業で行って、そのいいとこ取りを国や地方自治体の公務員に準用して、それでは組織的に動かないので、いわゆる「総務部門」を独立セクション(唯一日本だけの特徴)として設けて社内の労務管理に役立てようとしてきたわけだ。もちろん、その途中経過には「労務屋」という事件屋・示談屋が労使双方の団体に侵入してくるとか。
更には、程度の差はあっても互いに、労使ともに「自由・民主・平和」と公言する裏側で職場スパイ工作を行ってきた。こういった更々労務管理とは無縁の作戦が21世紀に入るまでの特徴だったのだ。

それは、次のように自問自答してみることです。
(大半の社労士も、こういった教育を受けないから、叱咤したところで理解できないのですね)
 1.知識習得型質問、学習したことの記憶を助けると質問、
   「従業員代表の選出が必要な場合は何でしたっけ?」
 2.理解能力養成型質問、学習したことの理解を助ける質問、
   「懲戒解雇と普通解雇はどこに差異があるの?」
 3.適応能力養成型質問、ある情報を違う場面に応用する質問、
   「整理解雇の四要件は恣意的解雇の排除に役立つのですか?」
 4.分析能力養成型質問、異なった事柄を明確に分類する質問、
   「あっせん案受諾と和解合意の違いは何ですか? 訴訟上の和解は?」
 5.統合能力養成型質問、創造力が必要な問題解決力養成質問、
   「部下に対するイジメ発見を向上させる方策は、
    どういう業務システム変更が考えられますか?
    例示してみましょう」。
 6.評価能力養成型質問、複数の基準で適切な判断を下す質問、
   「人事評価制度による労働条件の切り下げは、賃金、退職金、労働時間、
    労働強度、労働密度、職場人間関係その他労働契約に、どのようにかか
    わりますか?」

【決定的素質の課題】=知識偏重主義は止めること。
「知識は豊富だが、熟練して体系的に、考え方を学び応用できるまでに訓練することが出来ていない。そこへ出来ていない上に加齢による記憶力ダウンで加速的に能力低下を招いている」。これが知識偏重といわれるものです。
もう少し、その知識偏重をたとえて話しますと、
「世の中に悪人が増えれば増えるほど、私は努力しなくても善人と判断されるから、悪人を増やせば私は立派な人物になれる」と頭の中で真面目に(実は妄想)考えているのです。また、「善が生じるためには悪をしよう」との仮説を考えるまでにも至るのです。その場合、その当人はこれらを極端な話とは考えていません。
これによく似たことは、学者や街の法律家、巷の社会保険労務士の中にも見受けられるのです。


労働が価値を生むと言う(知っていれば便利な)経済学
ではその部分の経済学においては、

①抽象的労働説(アメリカ20世紀初頭の制度)
=労働力は市場で貨幣に転化することで価値を生産したと社会的に認められる。サービス業とかクリエイティブとかアート領域においても独自の価値を生むとする説。例えば、旧来の製造生産価格概念で考えると、商品価格は原材料3分の1+設備投資3分の1+残り全部が人件費や利潤となる。ところが、文化価値の高い商品は、その残り全部の割合が高いこととなる。フランスの例をとれば、原材料20%、設備投資30%、残りの人件費や利潤が50%を目安としており、そういった商品(付加価値とは見ない)であるからこそよく売れるとのことだ。現行日本の労働法全般に貫かれており、安全配慮義務、職場環境、職業安定、労災保険、解雇規制などの制度に具体化されている。そもそも民法の概念には無いものであり、個々の法律ごとに差異が生まれる起因となっている。近年は、経済学者の間でも、この抽象的労働説が近代経済学者やマルクス経済学者の間でも主流である。

②(アダム・スミスの)支配労働説があるが、
要するに奴隷を使っての労働価値である。いわゆるブラック企業は奴隷的であるかもしれないけれど、契約行為が存在するから奴隷ではない。江戸時代の奉公人制度も契約行為が存在するから、世界初の奴隷性を認めなかった制度ではある。だが、こういった状況に支配労働説が持ち込まれやすい。奴隷労働は、報酬や厚生が高額であっても成り立ち、奴隷を作る過失を犯すのは奴隷であることを見逃してはならない。公務員制度も契約行為ではなく「支配と服従」の論理が強くなると支配労働説となる。

③日本の労働行政官、法曹関係者、労働組合幹部などに多いとらえ方
これが「体化労働説(マルクスなど)」である。それは、指揮された労働力で生産物の価値が生まれ、最終消費の各段階でその価値が分割されるとする。抽象的労働説との大きな比較差異は、サービス業とかクリエイティブとかアート領域などの最終消費までの各段階市場で貨幣に転化することで価値を生産したと社会的には認めないといった論理のポイントである。民間個別企業の経営と行政の経済政策とが一致しないのは、お役所仕事にその原因があるのではなく、未だこういった「体化労働説(マルクスなど)」が根底にあるからである。さらに、戦前の商工省(=現在の経産省)は、このマルクス学説を変節させたエンゲルス→レーニン→スターリンの計画経済を導入したものであり、その立役者である岸信介の孫が率いる全体主義者の経済政策は、これそのものであることは否めない。それは、旧ソ連で戦前戦後を通じ70年余りも経済崩壊まで続けることができた実証済みの社会経済政策であるから、彼らにはとても魅力的なのだろう、ほんの一部の野党には正面から反対できない思考習慣があり、その方面の一部の学者にはアベノミクスをさらに上回る暴論珍説でもって活動空にハッパをかける経済学者も現れる始末なのである。興味のある方のみ、次のURLをどうぞ
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/407954
~こういった労働価値学説による理念の違いは企業経営や経済政策に如実に現れる。現行労働法の多くの基本理念は体化労働説とは齟齬することから、一般社会人からの疑問や質問・意見が多くなるのだろうと思われるのだ。さらに近年は、人間の人格と労働力を区別して労働力だけを労働価値学説の中で考えようとするから、非人間的な労働となり脱人間性だの疎外だのといったことになるとして、もっぱらの価値生産を労働力だけに限ることが原因:だから経済は豊さと成長をなくするのだとする労働説も確立されつつある。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf

ことに極めて高い価値率を生み出す Art域労働 というものは、
労働能力全般=人格も含め労働力を切り離すことなく働くことにより、より高度な労働価値が生み出されていると言う考え方だ。ヨーロッパや日本でも、それは目に見えない状態で相当存在していると思われる。そこに共通した具体的契約の形態は、
 ①「労働全般能力の発揮によって形成する、有形無形財産の貸与を約する契約」
 ②「有形固定物に限っては、その所有権を譲渡する契約」
 ③「もっぱら自然人のみが所有権を行使する請負契約」
といったものが、先進各国で見られるようになっている。
また、先ほどのURLで示した「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」の論文は、シューペンターのイノベーションconnectに代表されるところの方向での裏付け証拠が次々と発表や出版がされるようになり、マーシャルの市場メカニズムである劣等企業群、優等企業群の混在へのアプローチへと影響を与えつつある。
さらにその方向は例えば、カオス(混沌?)理論とされる思考習慣は、叩き上げて経営者の帝王学であるが、イメージで言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」を、全面否定するものである。専門教育・教養・職業経験のないインテリには理解することは困難なのである。カオス系のランダムは、「最も初期値の差異」で決定論的に定まるから、その初期値を認識すれば後の個々動向も、複雑な運動をたどるとしても古典的法則性が適用できるというものである。~ところでこれは完璧にマーシャルは市場原理&シューペンターのイノベーションconnectでの完全適応は、未だ経済学では立証されていない。しかし、5千年の歴史を持つという商業都市ベイルート、近江商人の思考習慣その他帝王学では使用されている考え方と、その多くは一致しているのである。

ところで、個人請負 independent contractor とは何の事?
 ①複雑だから管理が難しい設備と維持費を個人に任せ、
 ②主目的は社会保険・年金保険などの保険料を企業が削減できるというシロモノにすぎない。
これら先進各国で見られる動きは、厚労省のシンクタンクのある人物H氏が持ち出す、「中小零細企業の共同組合も団体交渉権を持つ」といったふうな解決口の背景が存在するものではなく、形式は似ていたとしても核心の労働価値説は異なっている。H氏の論理展開は様々な思考を混在させてしまっているに過ぎないのである。
まして、業務委託と称して、民法の委任や準委任を持ち出そうとする形式主義学説が内閣府あたりからは持ち出されている。形式主義学説を持ち出す場合、民法上の委任契約における、元来は無報酬を前提とした歴史的慣習の変形にすぎないことが起源であることを知らないでいるのだ。だから、委任や準委任契約には何らの保障もない、報酬を受け取る権利や支払う義務ともに原契約だけでは報酬の請求権自体が存在しないのである。また、「格」とか人格権といえば現代風で斬新な話に聞こえるが、それは報酬保護要件には成りうるが、実労働をしたモノの報酬には一切かかわりがない、如何なる権利義務をも保障していないのである。
再び繰り返すが、戦後の先進国諸国に定着した、「労働者の管理や教育を行うことで、国の経済成長を図る」といった経済政策に彼らは反対なのである。生産性低下、効率性激減、非正規労働者の欠勤率増加、あげくは日本育ち労働者の慢性スキル不足が定着してしまうこととなるのは容易に予見できることである。


§【速報】マイナンバー 市町村税課からの通知には記載中止
ある筋からの情報によると12月15日、総務省市町村税課は、都道府県の市区町村担当課に対して「事務連絡」を送達。
「事務連絡」は、行政機関内部文書で簡単に公開されないから、裏付け証拠の掲載は難しいのですが、
それによると、
市区町村が事業所に送る「特別徴収税額決定通知書」を、書面により送付する場合には当面マイナンバーの記載を行わないこととする、とのこと。
この「当面」とは条件が整うまでの数年間となるのが多くの場合の解釈のよう。ちなみに「当分の間」というのは、行政用語で50年間を指すので、それを超えることはないと思われる。
そういった判断の要因には、「経団連などいろんな団体から事業所の管理コストがかかる」といったような苦情があったようだ。

≪では、これはいったい何を意味するのか≫
世帯と家族個々人の収入の把握は、実は税務署ではなくて、市町村が行っている。

税務署には、「税は取りやすいところから取る」といった原則があるから、法律で家族と個人の収入把握を市町村にさせることとし、税務署の把握する税額と異なれば、税務署に通知する義務を市町村に負わせている、といった仕組みである。退職金とか金融商品の分離課税もそういった仕組みの上に乗っているから、市町村が知り得ない場合もあるわけだ。
また余談ではあるが、DV被害者とか身を隠さなければならない場合の措置も市町村が担っている。
例えばマイナンバーを利用していない現在でも、法的な手続きを済ませた人物の行政機関照会の機能(市町村と年金事務所など)では、該当人物には真っ赤なラインマーカーがパソコン画面で出るようになっている。他にもよく似た例では、認知症その他で意思能力のない人物の申請については、すべて市町村が内部処理をする。
地方自治体の目的は、第一に住民サービスであるから、マイナンバーによって生きていくための財物が納税執行で先取りされることとの矛盾には、具体的に対応するという住民サービスにかかる地方自治体の自治権が存在するといった憲法理念に基づくわけである。

すなわち市町村税務課での、個人収入把握を狙っていた国税庁からすれば、
目的達成は相当困難なことになった。税務関係書面は、16歳未満のマイナンバー届出は不要としている。それは特別代理人設定の手続きが必要であり、任意のマイナンバー制度では特別代理人の申立要件が適わないからである。国税庁の変化は、16歳未満の特別代理人設定にかかる苦情が寄せられた直後からの変化であったし、法的に我が身を守ることには長けている。
そして、現在もそうであるが、マイナンバーによる個人の収入管理を国が把握するまでもなく、実は大口の脱税行為を把握する方法は税務署が持っているのだ。(それはちょっとここでは書けない)。
今回は、国税庁の思惑とするところの、マイナンバーの手足がもぎとられたことに相当する。とにかく省庁あげて躍起になっているが、唯一国税庁だけであるから。

非常に多くの中小企業は、
個人情報の安全管理措置に不備があるから、マイナンバーを回収することをしていない。
もちろん、記入用紙は、個人番号未記載で差し支えないのだから。
そんなところに、個人番号の記載された「特別徴収税額決定通知書」を送りつけられても、迷惑な話なのである。
大手企業とか中堅企業では
外部業者に委託をして、マイナンバーを集めようとしたが、外注業者も無知では無いから、任意提出を受け付けるという形でしか実施していない模様である。

マイナンバーで、一儲けしようとした便乗業者は
およそは2015年年末までに消え失せてしまったようだ。いくらニーズを作ろうと似非マーケティングをしたところで、法的な違法性があらわになってくれば、それは金儲けといえども出来ない相談ではある。
一方、行政機関に入り込んでいるIT関連会社は、事情はそうでもなさそう。情報によると不具合が出るのはIT関連商品の常とのことで、それを見越して受注をすれば青天井というビジネススタイル。だから相当の瑕疵でもない限り、行政機関発注者ともどもに口をつぐむとかは大いに予想できること。ところが、今年の「マイナンバー情報連携運用?」については、行政機関発注側のミスがあったとの理由でもっても追加受注を受け大喜びのようだ。様々の限界や釈明はあるとしても、某システム技術者の話では、そういった事はコンピューターソフトの通例で、後からソフトを合併させるとか・複数企業で一本のソフトを作りあげるなど、相当困難だというのである。
そういった話を聞いていると、昔から「電子計算機を宗教信奉」するが如き国税庁と旧厚生省あたりが、省庁統制発想と予算獲得といった下心を、IT管理会社にくすぐられたのではないかと、私などは憶測してしまう。
そういえば、(高級キャリア官僚の中にそんなこと言ってる人もいましたね)新しいコンピューターが入れば、年金問題は解決するとか、健保の手続きは改善すると、旧厚生省官僚から何度聞かされ続けたことやら。片や雇用保険のコンピュータシステムは(昔、富士通が仮想職業安定所を実際に建築する意気込みもあったせいか)、行革で行政機能をズタズタにされることもなく運用されているのは立派なことだと思いますね。
そして昨日入ったニュース、昨年11月からの本格運用のサイバー対策副作用で業務に支障が続出
https://jp.reuters.com/article/idJP2018010801001395?il=0

≪年明けの、個別企業の動向は≫
おそらく、切り替えの早い個別企業は、マイナンバー回収はおろか、届出も保管もしなくても済むように対応準備を進めるだろう、これの本格的始まりだ。
とにかく余計で無駄な業務であるから。
①就業規則とか個人情報教育規定を作成してしまった会社も、その項目を廃止してしまえば余計な業務や作業をなくすことができるわけだ。
②マイナンバーの研修だの試験答案提出回収作業だの、現場では不平、不満たらたら。こういった余波?の影響受けて、マイナンバーを回収せず、困ったことには誤って!「マイナンバーを完璧に廃棄処分してしまったとすれば取返しはつきません」、すなわちマイナンバー事務は終了なのである。その上、確かに「安全管理措置」も空中分解することになる。
③個別企業の社長など三役はマイナンバーが大嫌い、社員にはマイナンバーを提出させて、自らは“ほっかむり”というのは出来ない。それは、経済学で150年以上も前に立証されていることで、名目にしろ株式会社にしてしまえば、「私的な株式も社会資本になってしまう」といった法則なのである。何しろ、この社会資本に基づき、一般人通念も法律や社会制度もが動いているわけなのだから。
ついでではあるが、
金融機関とか証券会社の金融商品を取り扱う会社は、あくまでも個別に企業の自主的に裁量でマイナンバーを導入との建前。だとしても、相当の売り上げ低迷とか業務の混乱を招いている様子だ。大金持ちを除いて一般庶民に対する金融商品とか、口座開設にはマイナンバーを必要とするとしているので、金融商品を取り扱う会社は庶民相手の小口商売が数での商売にブレーキがかかっているとのことだ。政府の言うことを聞いたおかげで、商売は左前、少しずつマイナンバーを使わなくても済む要望を一つずつの具体的にとりまとめ、業界団体は政府に出しつつある。
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO25208580Y7A221C1PPD000?channel=DF280120166591

2017/12/05

第188号:誰もが思惑だらけ、名前だけが踊る「働き方改革」

<コンテンツ>

巻頭言

日本が学ぶべきは、幸福追求第一のイタリア経済の姿から
「多様な働き方」をめぐっての空理空論、そして暗礁も
  ★とりわけ、労働契約の大原則は
  ★話題化を避ける、「働き方改革」の賃金減額条文の存在
  ★労働組合とかの労働者団体は、
  【なぜ】そこで専門家と称する人のほとんどは気がつかないのか?
  ★その要諦は、《雇用対策法の一部改正》によって、
  ★加えて「多様な就業形態の普及」という裏技で
  ☆よって、局所的にでも個別企業や地域では何をするか!
  ☆【労働政策動向】中小企業の「働き方改革」で国に要望
  ★社会保険労務士会の[ギルド]丸出し方向
  ★その法案の、空虚な働き方改革の8項目を羅列&具体的瑕疵
即、役に立つ=家庭や職場の医療費&衛生費用削減方法
  ★医師が処方する医薬品は
  ☆それに比べて、安価で安全は食品添加物が薬になる
  ★流行が予想される、例えばインフルエンザにしても
  ★アメリカのER(救急救命機関)の実際の危険度調査


巻頭言
今の日本の経済状況や個別企業の課題を明確にすることなく、「働き方改革」を語ることはできないはずだ。しかし、世間では様々な団体や企業が、改革内容を手前勝手に立案しているに過ぎない。むしろ、「働き方改革」に関連する法律案の内容が周知されつつある訳でもなく、その法律案その他は過去の分析に基づいて発表されたような代物ではないことも分かってきた。改革であるから、少なくとも現状改善ではなく、将来日本の経済再生ビジョンを示した上で「法律案その他」を発表すべきなのである。だが実態は、それどころか、生産性革命とか人づくり革命といった類の言葉が新たに出現するだけで、法律案の国会提出は来年4月以降となり「働き方改革」の影は薄くしてしまっている。


§日本が学ぶべきは、幸福追求第一のイタリア経済の姿から
全体主義者のオコボレでしかない経済よりも、この方が具体的な動きとなり、実現の原動力がある。
イタリアの実質的経済赤字は無い。決してそれは、金融ショックの被害を受けにくい。
そこで日本経済再生を、幸福と厚生を異なる概念と意識して「イメージを描いてみた」。
どうしても会社人間は、数字に踊れば→やる気が出る、といった思考習慣(システム)も含めて。
①日本国内の1500地域(中学校区単位1万ヵ所の内で)で。
②海外取引を含め年商1500億円/ひとつの地域で。
③1地域に、1人の天才を抱えれば=1500人…この人数なら日本に存在する。
 (天才は大手企業で埋没してしまうのを止めよう。先ずは副業から始めよう)。
④日本が強みを発揮する集中ポイントは、
 技術はあるから、兎にも角にも、「アートArt域労働に基づく、デザイン力!」なのである。
……ここには日本経済を再起させるだけの原動力、様々な資産その他、まだまだいっぱい存在している。大手企業は硬直化して再起の見通しがない、したがって縮小衰退の軟着陸を考える。さらに外交力のない日本は、武器や殺人物資産業とは縁を切る。まさに蓬莱の島国日本の再生である。
(ア)「現代日本の労働の損失」と言われるものは、考えを逆転させれば、これも一転して地域経済再生の大きな資産となる。高齢者の健康と事業参加は技術&技能の蓄積伝承となり、地方の人的活性化につながる。地域の地場地元産業はモノやカネで成り立っているのではなく、ヒトで成り立っている。そこへの必須アイテムとしての、アートArt域労働と新型女性(総務部メルマガ9月号参照)が加算されることで実現が一挙に促進される。一極集中で閑散となっている地方の土地や山林も資産である。
(イ)地域経済単位(中学校区程度)での活発化により、都市部も地方も、個人や家庭単位での経済再生が図れる。大都市とか一極集中では、不動産が投機や利ザヤの対象となってしまい、土地建物が高騰しすぎる。事実、地域経済単位の活発化は、ICT機器によって促されている。加えて、ドローン活用は一極集中を後押するものではなく、その活用目的に合わせた運行ソフトが山岳地と沿岸や湖上などの条件を相まって導入すれば、とても劇的な地域経済活性のシステムとなる。今の大手企業の官僚たち自らの専ら得意とする、一ヵ所から全国津々浦々の小売りまでを差配する事だけで、世界各地の安価な原材料を回収するばかりでは、それにコスト費用が掛かりすぎて意味のない産業構造であることは歴然としている。
(ウ)子育て→医療→介護といった自然の営みは人類の最も重要な再生産活動の柱である。そこで地域経済単位での活発化がポイントとなる。最終消費財が消費されて、初めて原材料からの商品とその変遷が完結することから、それは極めて重要である。決して、地産地消といったユートピアでとか、地方経済と都市一極集中の二元論といった妄想イメージでは、日本経済再起の解決出来ない。そこでもICT機器が物理的な障害を解決しつつある。
(エ)その地域には芸術業界を超えて産業一般に至るまで、「アートArt域労働、その担い手となる新型女性労働の人々達」といった人格は、意味のない仕事に携わることへの望みも役割も持たない。それは、大手企業官僚よりも、地域集団になった方が経済活動が強くなり得るとの、今日経済の背景がある所以だからである。日本女性の隷属からの解放と相まって、労働参加への主体的実態が認められるから、この下のURLに示した「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」の著作論文で、こういった展望が夢物語ではないことが解明できた。OECDは日本経済再生の勧告として女性労働を、先ほど論述した日本女性の隷属からの解放を含めて、改革する必要があるとしている。勧告書をみたところOECDは少子化にこだわっていない。社会から引退する老年女性労働者対策は年金カテゴリーとの考え方も、担当者に直接質問してみて解った。日本の「家」制度解体一辺倒のフェミニズムでは無い。もっと身近な現実的解決に「Art=希望」を集中することである。
(オ)この地域単位の経済で、個々の中小企業単位での利益率の高い固有文化価値の供給が実現出来、それは世界経済展開への連携による経済再生と豊かさの伴う成長となる。連携とは、今の外国人訪日とは異なる現象が、→「G7諸国の人たちが観光に来る」といった、経済再生という現象結果に現れる。個々の企業は、アートArt域労働と新型女性を、事業の目的と意識に明言して、労働契約話し合い登用を繰り返せば時代の波に一気に乗れる。「働き方改革」ではない。
(カ)……これらの専門的アドバイスは、筆者の長年の成功パターンからのものである。こういった見通しへと辿り着いた、経済学的な思考からの道はこちらに示す。
「固有文化価値を生み出す労働価値とその交換の仕組み」
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf
§「多様な働き方」をめぐっての空理空論、そして暗礁も
なぜ、働き方改革と称して、様々な法律改正案が用意され、その複雑怪奇さに驚かされるのか。
ここには民法に基づく労働契約を否定して、
もっぱら「支配権」を法律で押し付けようとする全体主義者と官僚の意図が見えてきた。
ドイツ:ナチスのヒットラーを研究した哲学者ハンナ・アーレント、さらに旧ソ連のスターリン主義を研究した哲学者クロード・ルフォール(フランス)が全体主義者の実証研究を行い、その特徴と法則的理論的解明を行った。スイス政府も、この実証研究を用いている。20世紀初頭のアメリカ経済学者ジョン・R・コモンズに言わせれば、「彼らは何らの測定もせずに、すぐ理論を言い放ち」と全体主義者を批判し、哲学者クロード・ルフォールに言わせれば「彼らはら幻想と妄想に陥って現実を見ない」と全体主義者を断言している。
突然の衆議院選挙で、働き方改革関連法はすべて廃案もしくは今回未提出となった。次回は来年2018年4月からの通常国会に向けてのことで、体が水面下の動きとなっている。

とりわけ、労働契約の大原則は
「一方の申し込みと、相手方の承諾、による合意」、当事者間の合意なのである。日本では、口頭契約のみで有効にもかかわらず、その裏付け証拠を書面で残すことにより、トラブルを防ぐ方法にある。アメリカのような契約書作成完了でもって初めて労働契約が成立するといったような方法ではない。
ところが、「働き方改革」では、それは法律によって決まるのだとの曖昧な表現を持ち込み、当事者の意向を抑え込む「支配権」を一気に拡大させようとする思惑の労働法改正が目白押しなのである。もっと詳細に見れば、「法律によって決まるのだ」の意味合いも、従来から論議となっている「合意説か法規説か」といった法曹関係者の合意説、法規説、意思説、信頼説、関係説といった類の水準の高い論理ではなく、「ただ支配したいだけ」といった幼稚な論理展開であるようだ。

話題化を避ける、「働き方改革」の賃金減額条文の存在
【なぜ】そこで専門家と称する人のほとんどは気がつかないのか?
割り当てられた仕事に応じた賃金額
いくら能力があっても、割り当てられた仕事の賃金しか支払いが無い。
人材育成や教育訓練にかかる労働時間の賃金は払わない。
勤続を積んでも職業能力が伸びても割り当てられた仕事の賃金だけだ。
……日本社会の賃金を、こんな風にしてしまおうとする「働き方改革」は何を意味するのか。
★中堅中小企業の人材育成や教育訓練を、賃金減額で阻止しようとする社会システムを作ろうとするものだ。
そういった個別企業の経営に対して、企業の粗利減額の根拠を産む。ブラック企業を強いられるばかりか、もろに経営者利益を直撃する。もちろん、良い商品を提供するための人材育成費用なんかは「必要ないだろう!」と、働き方改革の理念は押し付けようとしているのだ。

労働組合とかの労働者団体は、
この部分に気がついていない。マルクスの資本論に登場する賃金理論の通りだからといって諦めが走っているのか? そもそも職能資格型賃金に反対だから賃金引き下げはざまーみろとでも言いたいのか?……というよりおそらく、話題化が避けられているから、無知と意味不明に陥っているのだろう。

【なぜ】そこで専門家と称する人のほとんどは気がつかないのか?
「これは企業に押し付けるものではありません」だと言われても、
企業にとって重要である経営環境=社会システム基盤の変化であることは間違いない。社会システム基盤かなければ、企業も労働者も、その多大な経費を自力で捻出しなければならなくなる。すなわち雇用保険財政、労働保険財政、その他労働行政予算などを、一体誰のために使おうというのだ。いくら小さな政府だと言っても、新しい業種や産業のスタートは中小企業からなのであるから、それでは産業育成が成り立たない。例えば欧米の今日の経済発展を作り上げたのは、経済や人材育成に関する戦前戦後を通しての社会システム基盤によるものだ。この歴史的事実を「働き方改革」はどう考えているのだろうか。

その要諦は、《雇用対策法の一部改正》によって、
個別企業の賃金決定方法に介入する「労働政策基本立法(雇用対策法の一部改正)」を持ち出して来ていることだ。この労働政策転換は職業安定、雇用保険、労災保険法そして女性・高齢者その他の対策にまで行き渡らせようとするものである。すなわち、日本社会での人材育成や職業訓練にかかる援助仕組みや国庫補助をやめてしまおうとすることなのである。
端的に言えば、
年功型賃金、職務能力型賃金、職能資格型賃金といった賃金制度を否定して、「経済後退&賃金引き下げ政策がリンクする」ところの、終戦直後にアメリカ占領軍が持ち込もうとした日本経済低迷のための「職務給」にしてしまおうというものと同じ内容になってしまうのである。その時、日本の労使は、労働組合の名を借りて、電産型賃金(=後の年功序列型賃金)を日本国中に拡大させた。
http://soumubu1.blogspot.jp/#187-13
その「職務給」押し付けは、次のURLの【一部改正要綱案】Ⅱ目的規定等の改正内の、「〇労働者は、…」から始まる一文章なのである。この表現内容そのものが「職務給型賃金」なのである。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000176144.pdf
さて、この事実を見て、あなたは働き方改革をどう考えるか?
『人を大切にする企業作り』を、と呼びかける社会保険労務士会連合会に、専門家と称する社会保険労務士のあなたはどう答えるか?


加えて「多様な就業形態の普及」という裏技で
その中に、労働時間換算や成果品の特定不能な働き方(ダンピングにも言及している。そこには「非雇用型テレワーク」といったICT産業革命機器を活用した働き方も含まれている。ただし、それは民法に基づくものだとはいうものの具体策とか表現が無い。そこで重要になるのが、労働者は、使用者と何を交換するか、それは日本のタブー! に関わる研究がなされていないことなのだ。それをいいことに委託と称して、委任・準委任といった「吉本興業まがい」の法的保障の無い構想を含めている。それでは労働の劣化、トラブルの増加が続発し、20世紀に培ってきた労務管理による安定的秩序ある生産や業務遂行が一気に崩れさる危険をはらんでいる。その結果は、商品の売れない=倒産&技術者の離散である。すなわち、現状日本の経済衰退をことさら後押しすることになってしまう。
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/07/#183-12
そして、将来社会に通用する研究が重要なことだと言いながら、無為無策も含め放置もしくは投げ出されている現状だ。
雇用(労働?)対策法の一部改正論議は、もとより官僚が特技とする過去の傾向と対策思考から脱出していない。脱出できない限りは無秩序ではなく、無法がまかり通る事態になる。そこへ「支配権」を法律で押し付けようとする全体主義者と出世志向官僚の意図が加われば、自由平等・民主主義は経済活動からは奪われ、社会主義計画経済の再来に他ならないのである。ことに、日本の歴史の中で、戦前の満州国での商工省官僚(岸信介ら)が、旧ソ連の計画経済を真似て、さらに太平洋戦争中は国内の産業構造にまで行き渡らせった経過がある。大政翼賛会は、私にはスターリン独裁のソ連と同じ姿にしか見えない。

よって、局所的にでも個別企業や地域では何をするか!
それは、物資やスクラップ&ビルド一辺倒の経済概念ではなく、固有文化価値を生み出す労働価値の研究=事業や地域経済の成長が必要なのである。出生・子育て、教育・人づくり、保育・待機児童、work and lifeバランス、介護・福祉、医療といった事柄も、その全てが固有文化価値に関わるものである。すなわち、一般的な用語で言う第三次産業、これが関わればその全て。例えば六次産業(1+2+3=6)と言われるものに至るまで、固有文化価値の様相は免れないである。だから、固有文化価値に目を向ければ経済成長するのである。そういった経済的発想は中世から存在し、フランス市民革命の経済的側面でもあったが、今回:全体主義者の思惑である、働き方改革、生産性革命、人づくり革命のすべてに至るまで、こういった議論は完璧に抜け落ちている。アメリカ経済の基盤を20世紀初頭に形成した時代の経済学者ジョン・R・コモンズの言う通り「彼らは何らの測定もせずに、すぐ理論を言い放ち」なのである。もちろん、ここでは無秩序ではなく、無法がまかり通ることになるのだ。モリカケ事件のごとく。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf
無秩序は、あらゆる意味のイノベーション、新規事業の開拓に育成には欠かせない。だが、無法がまかり通れば、そのイノベーションが実らなくなるのである。

【労働政策動向】中小企業の「働き方改革」で国に要望
厚労省検討会第3回では中小企業・小規模事業者の働き方改革・人手不足対応に関する検討会に対する、各方面からの資料が配布された。ただし、未だ検討会としては、「働き方改革」に関する国に対する要望はまとめられてはいない。
だが、内閣の政治的な政策基準とは異なっている。
それは、厚生労働省と中小企業庁が合作した「実現に向けた対策」をはじめとして、当日配布された資料の方向性は、内閣官房・内閣府の働き方改革に係る理念とは根本的な相違があると言わざるを得ないモノだったのだ。すなわち、中小企業の有識者を集めたところでは、従来からの方向が重要視される結果となった。マスコミなどで報道されている「働き方改革」の内容や方針は、内容が採用されているとは言い難いのである。使用されている用語は同一のものは多いが、その内容は異なるものとなっているのだ。要するに、官僚は一枚岩ではなく、現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突しているのである。それは、この春から文科省で起こっている状況とよく似ており、こういった事は昔から世界各国での共通現象となる、それは現実的物事や世論の反対が強い場合が条件となる。
現時点では、「働き方改革」に関する法案は、廃案もしくは未提出(同一労働同一賃金)となっているため、今後の法案要綱の中身がどのようになるのかを見る必要がある。
少なくとも中小企業に対しては、内閣の政治的な政策基準は通用しないと考えられる。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000183668.html

社会保険労務士会の[ギルド]丸出し方向
をうかがわせる、社会保険労務士の全国連合会は最高顧問のレポート記事を月刊誌に掲載した。「全国約四万人の会員とともに『人を大切にする企業作り』を支援して、『働き方改革』の実現にひと役買って出る決意を表明したのです」(月刊社労士:11月号p.10引用)だが、内容は全く抽象的であり、「事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上」(社労士法第1条引用)といった法に定められた具体的行動の動きにはなりそうにない。そればかりか、同じ月刊誌11月号のp.4では、社労士会シンクタンクの初代所長は、「労務管理に関する制度だけを見て労務管理ができるというわけではありません。しかし、社労士の方はそういう発想にはならず労働基準法はこうだから、労働契約後はこうだからという論理が先行し、『労働企業法を守れと指導するのが労務管理だ』という枠から離れられない、…省略」といった現状を吐露してしまっているのである。
さらには、ついこの間のマイナンバービジネスに便乗した全国社会保険労務士会連合会は、結局は散々な目にあったようである、にもかかわらず、その反省は無い。その時点連合会の最大の瑕疵は、マイナンバー法の前提にある個人情報保護法で明文化されている、「安全管理体制の無い者は個人情報を収集してはいけない。」としている部分の無知にあった。すなわち、この安全管理体制のない個別企業に対して、就業規則を追加整備するだけで安全管理体制が形成されるとのとんでもない珍説を振りまいてしまったところにあった。これが社労士と契約訪問先に多大な損害とリスクを与えてしまったのである。ギルド丸出しで社労士の仕事が欲しかったのであろうか!
その当時、筆者(むらおか=社労士大阪会員)は内閣府大臣官房職員と意見交換をし、
開業社会保険労務士が『個人番号の取扱を停止する事務代理を行い得ること』を含めて、マイナンバー法に抵触・矛盾するものではないことを内閣府に確認した(2015年10月20日)。すなわち当座の間、個別企業内に保管されている個人番号を記載・利用することなく、雇用保険や社会保険の手続、給与計算業務を従前どおり進めることが可能としたのだ。この件に関し内閣府は、全国社会保険労務士会への問い合わせを行ったこと、並びに内閣府は厚生労働省に照会をかけた。(総務部メルマガ2015/10/23号外から引用)。所詮マイナンバー法は権利義務のない法律、個人情報保護は権利義務がある。筆者はこれ以上の問題にはしなかったが、これで社会保険労務士の違法行為の防止には至ったのだ。
http://soumubu1.blogspot.jp/2015/10/blog-post_23.html#04
ついでに、厚労省主幹係と交渉して特定社労士の「あっせん代理人」派遣業務を阻止させ、社労士の権利保護を行ったのも筆者である。要するに、ギルド丸出しであっても、登録制国家資格団体の体をなしていないのが実情のようである。

その法案の、空虚な働き方改革の8項目を羅列&具体的瑕疵
それは話題に上っているだけで、内容は空虚な存在でしかない。抜本策が無いのである。ほんの少しの予算をつけて何かの施策をやっているふりと言っても過言では無い。すなわち、それらの課題すべてが放置されようとしている。したがって、民間個別企業が真面目に取り組めば、「わが身の首を絞める余計な仕事をする」ことになる。
①同一労働同一賃金、
 (抜け穴)これは事業所内だけのことで外注先や派遣労働者は関係ない。
②賃金引き上げと労働生産性向上、
 (抜け穴)過去百数十年世界の歴史で国家介入で実際に実現した事実はない。
③罰則付き時間外労働上限規制導入
 (高い上限枠で現状追認、刑事訴訟の立件の実務ハードルは高いまま)。
④柔軟の働き方がしやすい環境整備
 (テレワーク、副業兼業のPR。委任・準委任、労働時間等の混乱には無策。
 すなわち、民法や労基法での実行担保や安定方法を全く考えていない)。
⑤女性・若者の人材育成、環境整備
 (問題提起も対策も現象だけを見た口上、ネタ元はマスコミで実態調査せず。
 話題のリカレント教育は自前で行えとの雇用対策法改正要綱だ)。
⑥病気の治療と仕事の両立
 (職業能力者が足りないから、病気治療で中高年の職業人の回転向上)。
⑦子育て・介護等と仕事の両立、障害者・高齢者就労
 (とにかく無策の職業教育育成だったから、中高年の職業人を動員する)。
⑧雇用吸収力、付加価値の高い産業への労働力移動
 (大量労働力雇用では付加価値は減る。リストラ促進なのか意味不明)
……ここまで読んでいただいて、読者も気付いていると思うが、
これらはmade in Japanを崩壊させ、「失われた日本」特有の、平成に入ってからの日本経済劣化を表現する項目の羅列でもある。それは確かに、政財官そして大手企業での有能人材の「弾き飛ばし」を進めてきた結果でもある。羅列項目のキャッチコピーだけを見れば、少しは何かの役に立つのかなと錯覚する。ところが、全体主義者の根底と具体的な「意識的瑕疵?」は、無法の世間を蔓延させる=社会共同体を破壊することになるのだ。経済の発展どころか、「働き方改革」は個別企業の経営不安、人材の棄損&職業能力劣化を招くばかりなのである。


§即、役に立つ=家庭や職場の医療費&衛生費用削減方法
それは、個人の高額な医療費削減のみならず、悪徳医師の餌食にならず、引いては社会保険財源の削減に寄与する。だが、それを拒むのは誰か=財官癒着で私服を肥やす者だけである。
さて、具体的な基本的な話から、ここが抜けるとちょっと危険!
不況になると、いわゆる民間療法が大いに流行る事は確か。景気動向によって通院患者の数が一気に変わり、疾病に対する安価なビタミン剤などの治療が病院で制限される。勢い高額な医薬品の使用となり、ジェネリック薬品は焼け石に水が実情である。そして無知が故に、民間の健康食品の類の「元気薬」を買うようになる。お気づきのように、1ヵ月の価格はよく似た金額のものが多いのは、マーケティングによる購入者支払い能力で価格設定をしているからである。
そこでまず、サプリメント、
でも、サプリメントはじめ健康食品は、医学の知識がないと危険。
テレビの宣伝だけでは障害の出る場合がある。そこに顔を出す医者は効果を話してもう外の話をしない。
例えば、銀杏の葉っぱは確かにドイツでは薬だが、肝臓障害を起こす人がいる、筆者はその人なので、サプリメントといえどもむやみに飲めば危険はある。栄養を促すものもあれば、外の成分の効果を止めるものもある。さらに、遺伝子によりマイナス効果のサプリも存在している。

医師が処方する医薬品は
処方するのが本当に難しいと思う。街の薬屋で売っている市販薬に比べ医師が処方すれば、同じ成分だけど確かに効果はある。でも、医者にかかれば何千円とお金が飛んでいく、これは医療問題というよりも社会制度の問題である。医療費無料の諸外国に比べて便利で早いのかもしれないけれど、薬漬けになることは確かだと思う。なのでお金を持っている人にとっては便利で早いのではないか。
だからといって、安易にサプリメントに走るのは愚かだ。
ニンニクエキスだとか、朝鮮人参だとか、これらは栄養状態との関係があるのだから、騙されてはいけない。
お金もないのに、騙されている人が多い、なので、もっと貧乏になってしまう。
大きな病気になる前に、小さな疾病や傷病から、まず守ることが大切なのである。
少々汚いくらいで、「体の抵抗力をつける」といった、医学未開人の思いつきはもうやめた方がいい。

それに比べて、安価で安全は食品添加物が薬になる
・0.3%の食塩水は、
血圧調整が出来るし、夕刻の血圧低下に対して、コップ一杯を飲めば血圧調整をして元気が出てくる。そうすれば、夕刻に栄養ドリンクなんか頼らなくても済む。これは宇宙飛行士の体験から20年以上前に発見された。3日以上寝込んでしまうと、4日目から体液は激減してふらついてしまう。これを昔の人や老人は大病にかかったと勘違いもした。心臓への悪影響考えれば0.3%食塩水は安心できる水分補給である。
・重曹(炭酸水素ナトリウム)の2%ほどの水溶液
ここに野菜などを1分程度つけ、それから水洗いすれば農薬、放射能は相当洗い流せる。少量の野菜ならば、その水溶液を噴霧器でかけておいて、水で洗っても良い。トマトやリンゴは丸かじりしても格段に美味しくなる。また野菜によっては3%ほどの水溶液に長めにつければ、灰汁も取れて小松菜なども生で食べられるようになる。量販店では重曹300グラムが200円ほどで売っている。さらに重曹は、人間にとってとても無害な消毒液になる。うがい、スプレーによる声帯から奥の吸入、手の消毒と広範囲に使える。喉風邪?と錯覚されているPM2.5による炎症(痰の色は白い)は相当改善される。
・お湯に溶かしたクレアチンは食品だ。
1日5gは目処だが、水で服用しても効果は無い。難しい事は略すけれど、頭脳の活性化に大いに役立つ。脳の血流を良くしておいて、熱いスープなどにクレアチンを溶かして飲めば良いのだ。クレアチンは輸入品だから1kg粉末は7,000円程度である。クレアチンを原料とした加工品は目が飛び出るほど高い。朝起きた時、その他血流を考えて、お湯に溶かすなどの方法を考えれば安上がりである。
・面白いのが活性炭! 要するに炭である。
筆者が使うときはいつも、ちょっと高級な竹炭を小さな石臼でゴリゴリ摺って粉にして、唾で人差し指をなめて竹炭粉をつけ、口の中でグチョグチョ→ごっくんである。活性炭はドイツ北部や北欧諸国では、口から細菌やウイルスが入って感染した場合に処方されている。それは今挙げた国の小学校の教科書にも載っている。すなわち活性炭に細菌やウイルスを吸着させるわけだ。量は少しなら腸内の有効細菌の調整をする必要は無い。病院で使う場合は、服毒自殺を試みた人の胃腸の洗浄に活性炭を使うらしい、私は見たことないけれど大変な治療作業らしい。。筆者の場合は生牡蠣とか下痢気味とかには活性炭を使っている。併せて食中毒気味のケースは脱水症状起こしているから、先ほどの0.3%の食塩水をがぶ飲みすれば、一発で腹痛も下痢も治ってしまうのである。腹痛や下痢の場合の、そういった治療法は諸外国に存在、筆者の中国で経験した。
・コエンザイムQ10は、とても安全な食品である。
だけど効果のある人と無効果に見える人がいる。遺伝子に起因する病気の人はこの食品が死活問題であり、改善薬として元気になる人もいるようだ。コエンザイムQ10は、役に立たない人には何の影響もないようだ。この食品=コエンザイムQ10は、生後2週間内の乳幼児の死亡を減らし、いわゆる「男40過ぎの早死に」を防ぐことができる。ところが、無知な医者も多く、中高年の「持続力がなくなる、体力がなくなる」に対して、単なる疲労と片付けてしまう医者も少なくない。母系遺伝で男の子に病気であるというのが現在の定説。無知な医者が多いのは、厚生省の勘違いによるものと筆者は推察している。心臓疾患、糖尿病、脳血管障害が相当改善されるのではないか、と実際の臨床医から言われてもいる。

……全般的に言える事は、そういう面で言えば、遺伝子検査は、サプリメントを本格的に服用するには必要なのかもしれない。遺伝子が絡むことだから本当によくわからない。コーヒーは全くダメな人とか、感染症に弱い人とかのように様々である。筆者に限っての意見だけれど、DHCは電話相談すれば専門家が答えてくれるし、遺伝子検査のキットもあるから親切だと思う。

流行が予想される、例えばインフルエンザにしても
最大の感染ルートは、目の前で咳やくしゃみをされたときに、眼球からウイルス感染すると言われている。マスクなんかでは防衛できない。やはり冬の電車なんかはゴーグルやメガネが最適である。
風邪は鼻→喉→気管支の感染順であるから、先ほどの0.3%の食塩水とか0.45%食塩水で鼻を洗えば良い。
インフルエンザの症状は、即刻、喉に来る、そこが風邪との違いだ。
「寒いと風邪をひく」なんてことはありえない。南極には風邪という病気がない。寒いから感染しやすいということなだけだ!
これとは別に、喉が痛くなり咳が出る、白い痰が出る。これはPM2.5などによるアレルギーがほとんどのようだ。厚生労働省は中国から飛んでくるPM2.5について一切指針を出していないようだから流行が激しい状況になる、それは今年の冬も。PM2.5はDS1規格のマスクでないと防げないし、ほとんどの薬局でも売っていない。先ほどの重曹でのスプレーによる吸入で声帯から奥を奥の洗浄をするしかない。ほっておくと、ある日声が出なくなる。筆者も体験済みのこと、医者も判らない症状だったので、ネットで調べ、20個1,400円のDS1規格のマスクを買って、吸着式空気清浄機(フィルター式は効果がない)も買って、なんとかかんとか収まっている現状である。

検査と薬の繰り返しは、「患者に害を与える」といった医者の倫理違反の可能性が否めない。
医者でなくても、こういった健康ノウハウを知っておく文化っていうのが、いちばん大切であろうと思う。
本当は私が思うに、こういった文化を社会制度とし、これを国の社会政策とすれば、医療、福祉費用は激減するはずだ。薬漬けの薬代が高い、医者なら判るのに検査を要求する健康保険の診療体制、ここぞとばかりに生命保険があるから入院させる病院経営、疾病や傷病といった「病気」に対する文化と価値観を社会制度とすれば一気に解決する。

アメリカのER(救急救命機関)の実際の危険度調査
によると、訴える症状の中で危険度の高いものは、
→息苦しさ、血栓、熱、感染症といったもので、
…危険度の低いものは、胸の痛み、めまい、しびれ、精神科的症状だとの結果がある。
急性期(=病気による急激な異変の時期)の初期段階の症状=息苦しさ、血栓、熱、感染症の症状(心疾患、高血圧、脳梗塞、細菌・ウイルス感染)についての知識と対処法を社会で教育訓練することは、目の前の発作状況に対処できる。それだけで、周辺の人が、うろたえ放置するよりも具体的に究明・安全と豊かさを実現することができる。狭心症による胸の痛み(ただし背中の痛みを除く)で死ぬことがない、めまいとは起立性低血圧(急に立つことで貧血)がほとんどで、後に転倒する特徴のある脳梗塞や心疾患の発作はめまいの症状ではない。医者の言うメマイは、ふらつき、景色が回転する、立っていられないその他を含めての曖昧な表現である。
日本の場合、65歳以上は非労働力人口と法律等で決めているから、社会制度として、わずらわしい高齢者問題が浮上してくることになる。高齢者労働力はスキル一辺倒で、とかく貨幣と交換しなければならないことを前提(商品の使用価値としての販売)に固執して、マスコミ業界は論調ばかりするのだ。高齢者は消費ばかりする人達だと考え、あるいはそこに追いやっているからこそ、煩わしさと世代間感情問題を拡大拡散する原因となっている。あげくは、金銭で「うばすてやま(姥捨て山)介護施設」が便利だとする非情な金銭感覚まで世間体が生み出す、それを解決するのが社会共同体なのである。
なお、老化と錯覚しやすい疾病の初期症状は、次のURLのチェック表にまとめている。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/genki.html

2017/11/07

第187号:世界的金融ショックへの警戒態勢

<巻頭言>
この10月以降は、経済政策の無策から決定的落ち込みだ。世界的金融ショックは目前の様相で、EU中央銀行、英国中央銀行、アメリカ連銀と順次、被害が拡大しないようにと手を打っている。だが日本は法律的規制がないこともあって、野放しのように金融緩和を突き進み、まるでアメリカの肩代わりをさせられているようだ。株価の買い支えとか失業率数字のカラクリで経済の悪化は如実に見てとれる。
年末にかけ急いで、世界的金融ショックへの警戒態勢をとる必要がある。【個別企業】は、借金を抑え、有能人材を確保すること。【個人や家計】は、金融商品を現金化すること、特に投資信託は危ない。不要不急のものは買わない、ローンを組まないことである。この警戒態勢で日本経済全体が委縮したとしても仕方がない。
だが、非常時だから通貨が内需拡大の消費に直に流通するように、金融以外の方法をとることもできる。例えば、大手企業系列企業の不払い残業手当精算とか、社員の定刻退社の実行である。今月は、そういった警戒態勢にテーマに焦点をあててみた。


【お知らせ】AIの初歩を活用、インテリジェンス:情報の先行配信
ICT機器とFacebookを駆使して、AI初歩に踏み込んだ情報配信を始めます。
これは当社代表者村岡利幸が、最新水準の音声入力機&Wi-Fi機能を使用してタイムリーにFacebookへのコメントを書き込みます。この作業を繰り返すことによって、日常的に収集蓄積している文献や教授の情報、さまざまなノウハウその他と組み合わせによって、創造的に5次元処理を行なって、インテリジェンス提供を行います。その集積を「総務メルマガ」の記事や編集に組み込んで行きます。でも、音声入力ソフトを使用するため、若干の誤変換は否めません。
このことで読者のみなさんその他には、貴方自身のインテリジェンス情報の物理的労苦の削減効果、情報の深い読込みアドバイスの提供が可能となります。当社においては、当社代表者村岡利幸の精神労働・肉体労働の効率化と負担軽減が図れるものです。この1週間、音声入力機のAI精度を高め、そのFacebookでの試行錯誤を行いました。どうぞ、スマホから「村岡利幸」への“追っかけ機能”の活用で、インテリジェンスや思考の柔軟性訓練ができますから、職業人生や労働能力全般に役立つインテリジェンス収集や情報読込みスキルを身に付けていただきたく存じます。(株式会社総務部事務方)


<コンテンツ>
何をすれば日本経済は、復活再生するのか?
   ・日本を除き先進各国の金融政策は、
   ・一方で成長しつつある中小企業では
   ・片や、殺人機器とか軍事産業で活路を探す大手企業は
   ・そんな事は夢物語と思ってる読者諸氏には
【究明】日本の大手企業が雪崩を打って転落している姿
   ・原因は現場の数人の管理者や監督職の手抜きが蔓延
   ・イノベーションを待たずしての、その転落防止対策は
   ・ドラスティックに、A総理大臣の言う「生産革命」の引き金を引く!
   ・他人を待たずして、引き金を直ちに引ける中小企業にはチャンス
   ・「分け前を俺によこせ」と言わない限り、もらえない。
「働き方改革」を歴史的に見て、その空虚さに迫る
   ・戦後日本の産業や経済を支えてきた過程から検討すると
   ・電産型賃金体系=年功序列型賃金
   ・朝鮮戦争が起こり、日本がその兵站基地となってからは
   ・職能資格給与制度が考案された
   ・高度経済成長が終わり、昭和48年の物不足パニックになれば
   ・「新しい労働者派遣」と銘打っての労働者派遣法変質
   ・そして、今の格差社会が誕生した
   ・「働き方改革」、その被害を受けないために
モリカケ事件の、身近な生活に直結した問題とは
   ・国民または与党内部からの不信感が発信源である様相は
   ・意外にも与党内部者が極右も極左集団も大いに活用
   ・なぜ全体主義者は、ムキになるのか


§何をすれば日本経済は、復活再生するのか?
殺人機器とか軍事産業では、自滅するしかない。
古今東西、技術者を金銭と出世で釣ったところで、ロクな品物が出来たためしがない。戦前の日本がそうである。果たしてそんな経済は実際に可能なのか?
沿岸警備隊(海上保安庁)を支持するけれど、自衛隊に期待する者は少ない。まして自衛隊はアメリカ軍の指揮下にあるからだ。侵略軍の人員を動員するために、不安定正規労働者を数百万円単位で借り入れたところで、大義名分がなければ、戦闘力にはならない。ドローンその他のロボット機器を使ったゲーム感覚で殺人を行う用としても無理がある。
また、その殺人機器とか軍事産業を推し進めようとする政財官に巣食う全体主義者たちは、憲法9条を変えただけでそんなことができる、と思っているのだろうか。憲法改正論議で言えば、現行憲法の改正で女性の地位とか教育の充実その他=民主主義発展の改正を求める声の方が強いことは事実だ。

日本を除き先進各国の金融政策は、
金融ショック到来が色濃くなった。現在、次々と被害が広がらないような対策を打ち始めている。
だが日本では、選挙に突入して以来、飲食店の客数激減が起こっていると言う。数例の選挙期間中であれば街は飲食花盛りである。一気に外食が自宅での内食に変化した。
大阪の中心部では、100円コーヒーを推し進めたセブンイレブンは他の追随を全く許さない。コーヒー好きは喫茶店より美味しいと1日に6回7回と100円コーヒーを愛用するに至っている。コンビニの前には長椅子が道路に向かって二重に並べられ、夕刻ともなればサラリーマンが缶ビールとつまみを持ちながら談笑している。大衆向け刺身専門店では夜の8時になって初めて客が来るという事件が10月末に起こった。大手スーパーでは酒類の売り上げが軒並み伸びている。それまでの中国や北朝鮮などとの密貿易が盛んであった時代の大阪は、失われた日本の30年目に入って劇的不景気の様相である。

一方で成長しつつある中小企業では
例えば、会社の製品とかサービスに社員が惚れ込んで、笑顔でもって、消費者やお客に販売していくといった働き方である。
これは、生活に関連した固有文化価値を持つ商品では共通していることなのである。
そんな会社の普通の人たちの様子の営業販売分野の実録報告の要点をまとめれば、
①営業マンが笑顔で話せるように、会社方針もろとも徹底している。
②新人には売れるプロセスを何度も踏ませ、上司が売り上げをつけてやって、自信を身につけることで育つ。
(自分の実力だと錯覚させることだと、OJTで徹底している)
③ICTやブログなどは、事前の会社案内や営業マンの紹介活動の効率化。
④営業や仕事は闘いの場ではなく、憩いの場でなければ仕事は取れない。
⑤ホワイト企業で働きたいと願う優秀な人材を確保(労働基準法遵守は徹底)。
⑥笑顔で客先の心を動かせるには、あらかじめ社員がそうなるようにする尽力する。
……ということだそうである。
今の日本の中小企業には金が全くないから、
「所詮、中小企業は、そういった方法しかないのだ」と揶揄され見下げられそうだが、
実質的豊かさや幸せの頻度からすれば、家族のための可処分所得に限ってみても、
「そういった方法の働き方と暮らしの方が、いいのだ!」と答えればいいのである。

片や、殺人機器とか軍事産業で活路を探す大手企業は
ますますの職業能力の低下、新入社員を採用するにしても、若手育成ではなく、子分を確保することに躍起である。
相手方を接待漬けで、社長ないしは一部の経営幹部しか営業活動をせず、社員はその手足となって「やらなければならない、生き残るためには」と言い聞かされ、暗い気持ちの子分で働く。ウップンばらしをしてもストレスが溜まるばかり、会社の中には、いじめや嫌がらせが横行する。そういう会社も現に存在する。殺人機器とか軍事産業に頭を使い、もっぱら国防省や防衛省そして海外の戦闘地域に売り込みたいと社長らだけが思っている会社だ。
その典型的な全体主義者らは、「専門教育のない者&教養のない者+職業経験の少ないインテリ」を、理屈と行動で惹きつける。彼らは粗野で無教養の人間を、理屈の自発的代弁者に仕立てる。さらにインテリぶった人物を組織や担当の「口先ばかりの行動」の任務者に(錯覚させて)仕事をさせる。まさにここにブラック企業の本質が現れているわけなのである。
社員も非正規も、そこに派遣される派遣スタッフも、職業能力が向上するどころか、使い捨ての実態は否めない。せいぜい「運がなかった」と言わんばかりの運命論者に落ち着かざるを得ない。

そんな事は夢物語と思ってる読者諸氏には
ちょっと学者向けの論文だが、どうぞ読んでみて欲しい。
経済を幸せとか豊かさといったものから、理論的に分析している。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf
その最新の裏付け証拠、『反脆弱性(はんぜいじゃくせい)』(ダイヤモンド社)が幸運にもタイムリーに出版された。さすが5000年の歴史を持つ商業都市ベイルートで育った著者だけの人物の作である。
https://rashita.net/blog/?p=22746


§【究明】日本の大手企業が雪崩を打って転落している姿
それは分析ばかりしていても、ドラスティックな解決策は出てこない。加えて故意に、安全性だとか信頼性だとか、物事を分割して考えるから、変化する本質を捉えられなくなる。
全国的な、売り上げ低迷、人手不足、更に製品不祥事、こういった現象が同時発生するのは、社員や従業員全般に関わる、労働意欲の著しい低落問題なのである。長年にわたって業務改善や事業改革に携わり、その成果でもって活きて来た専門家からすれば、一目瞭然だ。電通過労死、NHK過労死、日産とスバルの車体検査不祥事、神戸製鋼所の部品不祥事といった最近の事象は、形骸化した経済成長を牽引しているとされる大手企業での出来事である。これについて、そういったことを認めたくない人物は、「気の緩み(キノユルミ)」と逃げ口上を吐き、それをマスコミが何も考えずに世間受けするように報道する。
何度でも言っておくが、日本製輸出産品は円安になっても売れていない。根本的問題を探ろうとせず、目先の私的金銭に走ろうとする政官財の全体主義者たちは、どう考えてみても殺人の機器と資材を製造する軍事産業で手っ取り早く蓄財したいと考えているのだ。またそれは高技術水準と高利益率を確保するための能力を持ち合わせていない者たちと「幻想妄想」に浸っている者達の結合を図る全体主義者の、刹那的思考パターンである。それだけではない、リストラされた大手企業の技術者は中国や韓国に引き取られて、日本はじめ世界各国向け商品開発の技術を担っているのだが、彼ら全体主義者は一向に構わない。長年の尽力の末に育てられた人材資本といったものの価値すらがわからないのである。

原因は現場の数人の管理者や監督職の手抜きが蔓延
その管理職や監督職の具体的怠惰なきっかけによって売り上げ、人手不足、不祥事が蔓延するのである。ことに女性の多い職場では、この人手不足は、採用しても採用しても、お局が初めてをやめさせる。イジメで正社員採用しても数ヵ月以内にやめるのである。したがって、単純労働の域から運用能力が育たないのである。すなわち、経営管理の社内統制が取れていないから、経営陣の言うことを聞かずに手抜きが蔓延してしまう、これを仕方がないことであると錯覚してしまうのである。とても問題なのは、日本国全体が世相を反映して、手抜きが蔓延していることだ。それが表面化している現象としてイジメ嫌がらせが多発するのある。ある人に言わせると、自動車の煽り運転もイジメ嫌がらせ、刺青柄のシャツを着ているとか、黒の遮光シールを貼る車といった車は狙われず、小さな車や女性運転車が狙われているとするが、やっぱりそれはイジメ嫌がらせなのだろう。

イノベーションを待たずしての、その転落防止対策は
①不毛な労働時間の削減で労働意欲と生産性を向上させ、
②社会ルールである不払い賃金の支給でもって内需を拡大させ、
③とにかく、日本が金融ショックに強い体質を造ることである。
そうすることで、企業自らが利潤を産んで、それを行き渡らせなければならない。無理矢理最低賃金を引き上げる事では無い。保身や邪心をもって賃金だけをちょこちょこ上げる、政府政策ではない。残業などの賃金が支給されているとしても、たいした意味ある仕事はしていないのだから、午後6時には社員を帰宅させることが重要だ。
個別企業でも、不毛な残業規制をしてテキパキと働けるよう業務改善を行い、より職務能力の高い人材を抱えることが得策である。成長する中小企業では、そういった定時退社は生産性を引き上げているし、定時よりも早じまいをする職場では、おのずと職業能力向上を導いているのである。これは大手企業でも該当することだが、現行大手の管理システムでは上から全く見えないから気が付かれていない。金融ショックの瞬間に、金融資産とか借金を抱えていれば被害が大きい。人材を抱え、売り上げをあげ、人手不足を解消し、今よりコジンマリで良いから頑強さのある企業を作りあげることである。それをやり易い社会の形成、それにも、一肌脱ぐことである。中小の個別企業は規制されるよりも「無秩序社会」である方が金銭的には裕福になれるのが現実だから、この半年の経営幹部の身の振り方は重要である。さて、ここまでは前月号のメルマガの復習である。

ドラスティックに、A総理大臣の言う「生産革命」の引き金を引く!
それは、今の時点では労働基準法の適切施行である。けれども、突然「働き方改革」を言わなくなった経済政策からでは、大手各社サラリーマン社長の反対や妨害を押し切って生産性の善循環に持ち込むような意思の強さはない。保身第一の太鼓持ちはでは面白くも何もない。「働き方改革」と同じように、「生産革命や人づくり革命」も再び飛びそうである。加えて、いわゆる気の緩みが続出しているのは、「労基法なんて守らなくても、誰かが訴えを起こさない限り、大丈夫」といったふうな中間管理職の怠惰な現実である。少々の労働基準監督官の調査があったとしても、表面を取り繕えば差し支えが出ない労働基準監督行政の現状である。さらに労働基準監督官の立ち入り危険性が遠のけば、業務管理の人的コントロールがズタズタに陥るのは現場の事実だ。だから、労働基準法違反のやり得だと教養の無い者は錯覚する。すなわち現場の数人の管理者や監督職の手抜きが蔓延して、売り上げ、人手不足、不祥事が蔓延するに至るのだ。
こういった、「一本、筋が通らない」風潮が、監督職のレベルで蔓延すると、創意工夫して努力して生産を行い、世に売り出そうとの意気込みもなくなる。抜け道抜け穴ばかりを狙っている人間が、顧客や社内、社外から信頼を受けるわけがない。そういった意味で、それこそ生産革命的にこれを改善改革して、その引き金の経済政策として行える事は労働基準法の適切施行が考えられるわけだ。
労働基準法の厳しさにケチをつけ、それをスケープゴートに、業務に係る困難な壁を打ち破る経営資質を使うしかない。ことに大手企業では創造性を培っていないから、クリエイティブな話自体が通用しないので、そういった場合は就業規則や労働協約での枠をはめる日しか残らないのである。
経済への与える影響は、そう心配しなくても労働基準法適切施行を、まず初めには株式上場している大手企業を対象にし、その後に中小企業の適切施行を後回しにしておけば、現実的リアルな側面から言えば、「それでちょうど良い」施策となる。内部留保を多く抱えている大手企業が、アメリカなどに狙われて内部留保を、アメリカの赤字会社補填のために使われることもなくなる。とにかく大手企業のサラリーマン経営者とかサラリーマン政治家はアメリカからの買収工作には弱い。買収工作は正当な経済活動でも何でもない。こういった政策は、よくも悪くも現場の労働基準監督官は習得した職業能力を抑圧されている現状だから、労働基準法適切施行の足掛け1年間での経済政策として実施できる。

他人を待たずして、引き金を直ちに引ける中小企業にはチャンス
すなわち、ホワイト企業で働きたいと願う優秀な人材を確保することも併せて、
 1.自由と創造性の資源でもって、現実に具体的な経営や労働を行い、
 2.幸せと権利の主張を行い、新たな権利のチャンスの形を読み解き、
 3.そのことで幸せと権利、実利経済利益こそ確保して、余裕も確保し、
 4.自由の相互承認・行使の相互保障を柱に→民主主主義を広げることである。
 5.「幸せの権利と利益満足」との区別を付け、「全体主義者の未来幻想と現実現在を交換できる」との誘惑に抵抗することである。
このように中小企業は、労働基準法の適切施行は、さっさと行うということなのである。東欧は自力でスターリン主義を崩壊させた歴史経験は、具体的な企業の事業活動から経済的に担保されていた、これが歴史の事実である。

「分け前を俺によこせ」と言わない限り、もらえない。
これは歴史の中ではっきりしている。また、会社経営をする側からすれば、社員がイノベーションその他有能な仕事をしてくれれば、効率よく仕事してくれれば、その分け前を要求されてもちゃんと払うといったことなのだから、そういった活性化は経営者が望むところなのである。生活に関連した固有文化価値を持つ商品を扱う会社の経営者は、社員らが組織の中であぐらをかいて、終始目先の利益ばかりを追っかけて、都合が悪ければ他人の責任にしているといったことなどに怒りを覚えている。これに対して、大手企業のサラリーマン社長は、その組織にあぐらをかくく構造の一因(一員)に過ぎない。だから、やはり中小企業にとってはチャンスなのである。シビアに言えば、自律(自立ではない)して、「きちんとした仕事をしているから、分け前をよこせ」とならない限り、社会の矛盾は解決しないということなのだ。それが市民革命で王様や皇帝を倒し、自由平等、そのための社会共同体を民主主義という方法で作っているという意味なのである。歴史的には、まず経営者が団結して株式会社や有限会社を作った、これも歴史の事実である。


§「働き方改革」を歴史的に見て、その空虚さに迫る
(この記事は、労働格差問題に関心がある方、社会保険労務士や労働専門家向けのものです。一般の方が読んでも面白いと思いますが、読まなくていいです)。
それはよく見ると、個別企業の経営にとって、前向きに働く人にとって、いずれにしても一利ないことがよくわかった、百害はありそうだ!
どうもそれは、全体主義者に媚を売り取りいった一個人の企画立案のような気がする。
その顛末は、9月28日解散で、労働基準法改正案は廃案となった。「働き方改革」目玉キーの法改正は廃案させてまで何故解散となったのか? 早い話が「働き方改革」よりも政権維持と保身を狙った大義のない話だったのである。その詳細は、平成27年4月3日に国会提出、継続審議の改正案。平成29年9月28日解散により廃案。話題となったが、単一企業内でしか通用しない「同一労働同一賃金」は、この秋の臨時国会に官邸主導で提出されることが9月15日にも固まったにもかからず、9月28日解散で提出されなかった。労働時間規制適用外、有給消化義務、中小企業の月60時間越割増賃金50%などの内容が、質疑ゼロ時間、そして廃案というわけだ。ところが、それを最後に、「働き方改革」といった言葉は掛け声すらなくなった。「生産性革命とか人づくり革命?」とか過激な言葉が踊っているだけだ。マスコミも、宙に浮く労働基準法改正、同一労働同一賃金の法案は未提出といった記事を流している。果たして「働き方改革」の掛け声とは何だったのだろうか。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/102600055/

戦後日本の産業や経済を支えてきた過程から検討すると
どこをどう見ても空虚なものとしかか考えられないのである。昭和21年当時GHQは、対日本の政策の柱として、経済を後退させる方向に進めていた。
日本には戦争が終わってから、戦争や軍部独裁で各地に左遷されていた有能な経営幹部や技術者が国内に戻ってきていた。多くの民間企業は、有能な人員も大幅採用し産業発展や生活向上に向けて、技術蓄積と事業飛躍を考えていた。それまでの軍部独裁と通産官僚らの横暴で理不尽な暗黒世界に産業置かれていたのだ。ところが日本にやってきたGHQは日本の経済後退政策であった。そして当時は敗戦国以上に日本政府は植民地政府となかったかのようにGHQの100%言いなりであった。
そんな時点に労働問題の側面から日本の電機産業界(電産型賃金体系)は、今日で言う年功序列型賃金を編みだして、「勤続ではない年功給」を電産型賃金体系に組み入れ、有能な人材を蓄積することを方針とした。当時は日本発送電と各地配電会社は最も重要な基幹産業であった。電力関係に約12万人が従事するが、人材の育成が産業や生活への送電技術には欠かせなかった。やはりGHQはこれを阻止しようとした。
勤続ではない年功を積むことによって技術能力が高まることを期待といった「勤続ではない年功給」である。言い方を変えれば、当時の概念で「経験給的」なのである。現行厚労省の説明するような労働力を云々といった、意味も根拠もよくわからない代物の論理ではない。勤続年数や年齢が過ぎれば自動で引き上がる年功給の要素は、本来の年功序列型賃金にはなかった。加えてその当時は教育訓練といえば、職人技徒弟制度の時代であった。したがって戦争で徴用され破壊された労働環境だったから、それを一からやり直すと同時に新技術の導入といった意味合いであった。

電産型賃金体系=年功序列型賃金
こういった賃金体系は、GHQに対抗して、当時の電力発電元締め会社=日本発送電が編みだしたものである。
その時に作り上げたのが、専門家ならば必ず出している「電産型賃金体系」である。その労働組合が電産労組であり、当時の労働組合法は会社取締役外の、部長以下全員が労働組合員であった。表向きは労働組合の責任者として、内実は労使一丸となってGHQに対抗し日本発送電の担当者として、私の伯父が取りまとめた物である。私の伯父は日本発送電本社の賃金課長をしていた。もちろんと言っていいほどに、私の伯父も電産労組の賃金対策委員会委員長(ここに紹介するYouTubeの通り、伯父は18分から説明している)であり、電産労組の副委員長にもなった。
その後にこの賃金体系を日本国内の銀行各行が一斉に導入する。さらに.ほぼすべての大手企業に次々と広まった。ちなみに基準内賃金と基準外賃金の用語は電産型賃金体系で考案されたものだ。この賃金体系を当時の社会政策の第一人者である大河内一男教授が、この電産型賃金を年功序列型賃金との名称に一般化し学問的に理論化した。ます電産型賃金体系は、賃金のコンサルタントであれば、必ず知っている体系である。しかるに、こういった内実の話は先日Facebookで初めて公開した。内容は私の伯父から直に聞いた話である。そう、私もその話を聞くまでは、どうして労働組合の作った賃金体系を大手企業がこぞって導入したのか、そこが謎であったのだ。労働組合関係者も経営側関係者も、今に至るまでこの謎を知る由もない。労働組合として活躍しない限り、戦犯として疑われる、その状況で実はGHQに対抗して心ある人たちは、日本経済を立て直そうと具体的にアメリカ占領軍と戦っていたのであった。当然のことながら、私の伯父もGHQ本部周辺で占領軍のカービン銃を突きつけられ、あるいはタオルと歯ブラシとで汽車に乗り逃亡せざるを得なかったときもあった。現在の日本では考えられない状況である。
https://www.youtube.com/watch?v=6Faf2TyFrdM

朝鮮戦争が起こり、日本がその兵站基地となってからは
大きな転機があり、突然異なった流れが存在することとなった。とにかく日本の工業生産現場は精神主義的な口先ばかりで技術が貧弱で歩留まりも悪かった。終戦直後から、GHQとはいっても実はアメリカ軍は、軍事部品の現地調達において、日本の工場生産技術の歩留まりや管理能力の低さに辟易していた。そのことからCCS経営者の管理方式を進駐軍の調達先には導入はしていた。
そこに朝鮮戦争の始まりでCCS、MTP、TWIといった管理方式を日本国中に広めようとしたのである。その時すでに大阪の松下電器産業はアメリカ軍に言われるまでもなく、数年前から担当社員をアメリカに派遣して学ばせていた。だから松下電産関係は堂々とそれを一気に導入して大幅受注を果たした。そればかりか、松下電産の謄写版テキストを官公庁とか地方自治体が手に入れ、再編集して公務員教育の柱としたのである。引き続き労働省が民間企業向け訓練団体も設置してMTP、TWIなどの普及を図ったのである。ちなみにTWIの基本は、戦前に海軍の山本五十六がハーバード大学に留学し、そして日本海軍に導入した、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」である。
ところで、実際に作業行うとしても、それが幾ら科学的分析をした方式だといっても、流れ作業の作業タイミングの勘所がつかめない。そこで、松下電器は歌と踊りを実施してした。「ソーラン節」の歌を使って、……最初に:船を漕ぐしぐさ3度、次に:海中の網を引き上げるしぐさ2度、最後に:ニシンを数匹ずつ箱に手で入れる仕草を2度といったものである。(歌はYouTubeでどうぞ)少なくとも30~40年前の関西では、宴会になれば、歌って踊っていた。その歌と踊りの手法は官公庁や都道府県の公務員教育にも紹介をされていたようだ。それは、仕事または作業の勘所というものは、音楽リズム(拍子とは異なる)で体得しなければならないと気がついていたからである。この体得が日本の生産技術の重要ポイントであって、他国の工業生産にはほとんど見られない強みを生み出していたのである。ただし、この間までNHKの朝ドラであった、職場で歌を歌っていた光景とは別である。あの光景は戦前日本の通産官僚たちは、ソ連の方式=歌を唄って士気を高めることを、戦後は労働組合を中心に職場で歌を歌う芸術運動(芥川也寸志ら)が始めた当時独特のもので職能訓練とは異なるものであるから、念のため。

職能資格給与制度が考案された
高度経済成長末期に、大阪の国光製鋼が日本で初めて職能給:職能資格制度を導入した。それを考案したのはコンサルタント瀧澤算織氏(私の仕事の師匠)である。
それまでは年功序列型賃金が日本で大流行していた。中小企業もそれを企業理想として、そのことで一流企業になろうとしていた。だがが、二重構造の下で現実はその通りには出来なかった。そして様々な書籍が職能資格給に論述されているが、それは表向きの話、はっきり言えば夢物語だ。
瀧澤算織氏が考案したポイントは、「十代新入社員から始まる若年層の賃金があまりにも低く、労働者の採用ができなかった」からである。

☆右肩上がりのほぼ一直線である年功序列型賃金の基本給部分の直線を、若年層基本給を引き上げ中間層を減少させ上層社員の基本給カーブを突きたてた=いわゆる関数曲線とした。その関数で賃金原資を増加させないようにもした。この当時はそれを行うために賃金原資の10%増が通例であった。この計算を実行ためにはコンピュータが必要で、算盤とか手回し計算機あるいは電卓では無理だ。これの導入をめぐって、当時の単産:全国金属の国光製鋼労働組合執行部は全員総辞職した。会社側は然し、労働組合攻撃をした訳ではなく、全国金属の組合執行部が年功序列型賃金に、ことさらこだわったことによると瀧澤算織氏は語っていた。初任給引上げその他で国光製鋼は新入社員採用に成功した。

★職能資格給制度は中小企業の場合、この通りには行わない。
少なくない中小企業の多くは、職能資格給制度を導入すれば、それだけで新入社員が採用できると錯覚した。ところが、中小企業にとって職能資格給制度は不都合だらけであった。コンピュータで給与総額を計算するシステムもない、システムどころか、その積分計算や方程式が頭に浮かばない。本来700人程度の社員を抱える企業向け給与体系であるから、いくら調査分析や職務分掌の接点を行おうとしても出来るわけがない。当時の某学者の権威でもって、様々な方法や書式が示されたが、中小企業にあっても全く実行されることはなかった。簡単に言えば、社員が700人以上いればこそ、おおむねどの部署でも、労働能力者の欠員が生じるとことのない条件が必要なのである。
そこで、中小企業での職能資格給の導入ポイントは、仕事ができる人物の職能資格を最初に決めて、その許に職能資格の各級の線引きを手書きで行う訳である。まったく科学的数学的では無いのであって、現実的リアルに行うことであった。その「職能資格給もどき」で少しでも、(ここが瀧澤算織氏が口頭で伝承した部分で)、若年層の雇用確保といった基本構想を活かすわけである。生半可にセミナーに出席したり、形だけを真似ようとした場合は、いずれの中小企業も年功序列型賃金体系の言葉を職能資格に修正しただけのことになってしまった。そんな偽物は20歳前後の社員であって、誰もが見抜いていた。だから全国的に、中小企業の若年層対策とか新入社員採用が滞ったわけである。瀧澤算織氏が口頭で伝承が成否の分かれ目であった。そういった職能資格制度の導入は昭和60年過ぎの労働者派遣浸透まで続いた。

高度経済成長が終わり、昭和48年の物不足パニックになれば
もう一方では、いわゆる労働力の移動不適合が発生していた。
アメリカの金融政策に言いなりであった日本は、内面には巷の一般労働力の失業問題や不安定雇用を抱えていた。これに対して終戦直後は緊急失業対策事業で以て雇用と内需拡大を乗り切ったけれど、この時期に至れば内需を拡大する政策を持ち合わせていなかった。
そこへ、政府外部から公的就労事業を国が行い、失業者吸収を進めることで内需拡大につながるとの企画がなされた。そこには、失業している芸術家にも公的就労事業に加えようという構想であった。(そのときは誰もアメリカで1937年に芸術家の失業対策事例が存在した事は知らなかった)。これに対して、一人反対したのが、後の総理大臣森喜朗、彼はその後も反対し続けている。当時、その企画立案を受け入れた全日本自由労働組合(11万人余)は、昭和55年のオイルショックで東京、名古屋、大阪、福岡で、瞬時に1万人弱の失業者を職業安定所とは別に集める失業者闘争を開始。それを契機に、与野党の殆どの国会議員700人余りの公的就労事業賛同署名を集めて国会決議を迫った。与党の労働関係国会議員はそのために動いた。これに慌てた労働省本省が、労働省の存続を賭け回避策として練りあげたのが労働者派遣業である。当時私はその企画立案の渦中にいた。労働者派遣法の法律条文を作成したのは、信州大学の労働経済学の故:高梨昌教授であった。ところが労働省本省は、法案要綱を作成し、次はいよいよ法案提出かという時点で新日鉄のトヨタ自動車への7,000人派遣、三菱重工の三菱自動車への法案と完全に一致した派遣形態の存在実態を知るや否や、派遣「事業法」から急遽労働者派遣「法」として法案条文を作り直した。派遣法案を「業としない派遣」にまで適応させることとした。そこを明確にして国会審議を行わなかったことから、与野党ともに派遣法施行の重要性に気がつかなかったのである。なお補足だが、この全日本自由労働組合は、民間単組で組織人員40万人を有していた労働組合、国民年金や厚生年金の社会保険制度、日雇い雇用保険その他の、現在難問を抱えている社会制度の根幹立案に関わっていったブレーンを有していた。そのブレーンに対する私のインタビューから浮かび上がる社会保険とか雇用保険の制度の根幹をまた別の機会に述べる。
同時に労働者派遣と別に、「業務請負」という企画立案とその名称
を私が作り、スタッフサービス、テクノサービスという人材会社がその企画立案を実行した。
大阪の茨木市にある松下電器テレビ工場のパート700人解雇、同時に同じ茨木市内の松下系電気掃除機工場のパート人手不足が同時に起こっていることを発見して、その雇用対策に茨木公共職業安定所が手を出せないことから、その茨木職安所長と意見交換の上で、①「業務請負」企業にパート登録、②請負要件を発注企業に厳守させることでもって事業開を始めたのである。この地域は大手企業工場が数多くあり、こういった制度システムで以て合法的な労働者需給事業を行うこととなったのである。こういった事は全国的に公共職業安定所の機能マヒが起こっていたことから、パートタイムの労働力確保として「業務請負」が全国に一気に拡大したのである。猫もしゃくしも、「アウトソーシングと業務請負」となった。また、アウトソーシングも、私の企画で私が代表している、現在の株式会社総務部が元祖(ただし英語は後日にNHKの取材のときにから教えてもらった)。
この「業務請負」の方法は、当時の京都、大阪、兵庫、愛知などの職業安定所に受け入れられ、偽装請負(派遣法違反)とか偽装派遣(職安法違反)を受け入れていた派遣先に、職業安定所担当官はテクノサービスの「業務請負」を紹介し法違反の是正を図っていった。当時はテクノサービス外では「業務請負」の名称すら使ってもいなかったから、この方式は関東でも広がりを見せた。しかしながら、労働省本省はこういった動きを全国に広めるには至らなかったのである。その末端の職業安定所管轄ごとに生じていた課題を労働省本性が理解せず、対策も徹底しなかったことから、違法である労働者供給事業とか偽装労働者派遣事業又は偽装請負業者の乱立だったのである。労働省本省は、昭和61年の労働大臣告示「派遣と請負の区分基準」の変更を試みたが、当時の業界は死生観を不要であるとの事であった。私は某企業(名前が思い出せない)の依頼で「基準緩和よりも業務請負でのアウトソーシング思考導入が経済危機克服の重要」との小論文を2回にわたって執筆し、その冊子2万部が全国の主要工場に配布された。そのことで労働大臣告示(法律条文と同等の意味合いを持つ)の改正規制緩和を労働省本省は断念した。この労働大臣告示には、派遣と請負の区分基準の端的なポイントは、記載されていなかったから、私の執筆で「作業の工程における進捗管理を発注者が行っていれば派遣、受給者が行えば請負」と、公式書面になかった労働省本省の行動基準を明らかにしたのだ。
ところが、この翌年に根底から労働者派遣は意味が変わるものとなった。

「新しい労働者派遣」と銘打っての労働者派遣法変質
後に1999年の法改正は、故:高梨昌教授が説明していた派遣労働者の理念は「パートタイマーといった労働者供給では無い」といったことを覆す結果だった。
これに先立ち1997年職安法改正を引き継いで労働省の派遣業育成政策は終止符を打つことになった。「新しい労働者派遣」といった180度転換から、労働者派遣法立役者の故:高梨昌教授は反対運動に回った。そして私も、当初の派遣業理念を実際に充実させようとして全国で200弱の派遣事業許可申請の代理業務を行ったが、そういった雇用安定とは異なる事態となった事から一切の派遣事業許可申請その関連から手を引いた。この時点で、与野党や各派閥、連合、全労連、全労協などおしなべて、こういった動きに反応した関係団体は存在しなかった。

そして、今の格差社会が誕生した
この時点から格差社会が始まったとみる必要がある。
むやみやたらに不安定労働者を労働者派遣市場に組み入れることとなり、当然のごとく偽装請負(派遣法違反)とか偽装派遣(職安法違反)が横行することとなった。ある程度の職業能力を持った失業者を民間の労働者派遣システムで職業紹介しようとの役割は聞いてしまった。それは、派生的には生まれたものの事務系労働者派遣よりも大きな市場の存在であった「業務請負」にも、偽装請負(派遣法違反)とか偽装派遣(職安法違反)を蔓延させることになったのである。

以上がおおまかな戦後日本の労働需給や内需拡大、
ひいては格差社会誕生の背景である。このことの認識を全く持たずして、「働き方改革」を、表面ヅラだけ行おうといっても無理な話だ。それは雇用安定とか、大手企業も含め個別企業も労働者も大迷惑を被っている政策の分析をしていない姿である。そして、この労働需給の方向転換がアメリカの金融政策に追随した者たちによって主導されたのである。

「働き方改革」、その被害を受けないために
よって、
表向きは別として、民間個別企業は、大手であるならば中間管理職以下の末端においては、「働き方改革」の諸施策に対してサボタージュをしているのが現状だと判断できる。せいぜい人事部問題だから周りである。関係官公庁の民間人業務も相当のサボタージュをしている。中小企業は企業存続を賭けて最初から昔も今も、損を被らないように防衛している。今や彼ら全体主義者とその協力者が、「甘い囁き」を放ったところで真剣に協力する者はいない。せいぜい日本国中では「地位保身とか目先の金銭のために動く者だけ」と言っても過言では無い。すなわち、そんなことにつき合っていれば、個別企業の理念や経営方針に基づく組織が破壊されてしまって機能麻痺を起こすことが、感覚的に解かっているからだ。
「働き方改革」といった名称の名を借りただけだとしても、個別企業にとっては、自社で考えた現実的リアルな対策の障害になることは否めない。


§モリカケ事件の、身近な生活に直結した問題とは
それは1980年頃からアメリカを皮切りに世界に広まった、政治や司法判断での「手続き」の重要な問題なのである。
「手続き」とは、判断するに当たっては、正しいか間違っているかを吟味する前に、公平正当かつ客観的に明瞭な手続きを済ませていなければ、「正しいか間違っているかを判断するには至らない」
という現実的考え方で、これを専門的には、「法手続き」と言っている。ことに、「法手続き」が曖昧であれば、司法判断は「間違っている」、と裁定をする。
これに基づいて、労働契約の紛争、商取引の紛争、その他民法上の紛争、行政機関の取り締まりとか刑事事件、そして今回問題になっているのが所得税などの差配に関する予算執行手続きなどが国民生活に身近なのである。
この政治や司法判断での「法手続き」は世界各国に広がりは、(もっとも、それは先進国での国民の要望とも重なったのだが)米ソ対立にかかる判断での「法手続き」を必要としたし(議会決議)とか、東欧各国からソ連での全体主義崩壊を導いた生活概念でもある。
その反面、こういった手続きを採用しない者もしくは要求をしない政党や団体は、どの国であっても、その全てが極右極左集団とかカルト集団とか全体主義者に陥った。ISその他のテロリストは、その典型的な彼らの理念と形状なのである。
この25年以上の経過を持つ政治や司法判断での「法手続き」概念を、この瞬間の日本で全体主義者が、形骸化した行政制度を隠れ蓑にして、日本を独裁しようとの懸念が存在するから、ここに国民のみならず、与野党の中から不信感が生まれているのである。

国民または与党内部からの不信感が発信源である様相は
新聞やテレビなどのマスコミで取り上げる項目となっていることが間違いない。
そういった意味では、野党の追及する項目は、今述べた経緯の後の結果的範疇の行動であることには間違い無いのだ。
そこで興味深い事柄は、2つある。
①TwitterやSNSでの話題は、そういったことから額面通りにはならない。
出所の信憑性もさることながら、様々な勢力や情報機関がTwitterには入り乱れていることから、マスコミその他のジャーナリズム性の保証・担保されていないから採用できない、そういった発信源と解釈しても差し支えないのだろう。ジャーナリズム性の保証・担保とは、マスコミ各社や出版社その他ジャーナリズム団体が保証・担保した人物の発信であるとの意味である。ちなみに筆者は、「日本労働ペンクラブ」会員などである。
②発信源は与党内部からのものも存在するとはどういう意味なのか。
それは政界では誰もが知っている通念だが、政策対立や派閥争いは政党間同士の対立争いよりも、それ以上に自民党内部の抗争対立の方が激烈であるとの実態からくる事柄なのである。そのために、外部の政治勢力である極右極左集団とかカルト集団を自民党の派閥が資金提供するなどして、そんな勢力を使ってきた歴史があるのである。

意外にも与党内部者が極右も極左集団も大いに活用
しているが、この方法はフランスのナポレオンが考え出したとされ使用していた、とても効果的な方法であるからだ。戦前の満州国において、日本の官僚と関東軍は、トロツキー(過激極左としてソ連共産党が排除した革命家)を、優秀な政治教育者として招き入れようとしていた歴史事実もあるわけだ。ことに、日本の通産官僚は(倫理観が無いかのごとく)ソ連:計画経済の手法を満州や本土で真似るばかりか、全体主義の手法までも真似ていると考えざるを得ない点がいくつもあるのだ。その有名な人は岸信介(現首相の祖父)である。
もとより、全体主義者は差配する者であった。彼らは差配する官僚は、出世志向だとしても一枚岩ではなかった。現実的物事や世論の反対にあうと、官僚業務の技術的基準が、全体主義者の政治的基準と衝突するのである。文部省の前川前事務次官の事件はその典型だ。全体主義者は権利や利害を守ろうとする頑強な社会層の抵抗に弱い。このような考察は東欧やソ連の全体主義崩壊の過程から、哲学者クロード・ルフォール(フランス)が実証研究を行い全体主義の特徴と法則的理論的解明を行っているのである。
https://goo.gl/K74duR

なぜ全体主義者は、ムキになるのか
ポイントを繰り返すけれど、「法手続き」といった民主主義手法が根付いている日本で、独り全体主義者の常套手段を使用している事実関係に国民も与党内部も反発しているということなのだ。
そういった陣立てにあって、彼ら「独り全体主義者+普通なら出世できない官僚+悪徳業者」の周辺には、全体主義者に焚きつけられ行動が粗野な無教養な理屈人間とか、幸せや人権よりも利益の満足(厚生)での幻想妄想に騙される拝金人間とかで渦巻いている。だが、彼らの得意とする短絡的な二元論とか、いずれが正義かといったレトリック(修辞学や詭弁)といった論理構成では、すっきり納得するような事柄では、彼ら自身すら自己矛盾に気が付いているのである。したがって彼らは、ただ上層に立ちたいだけの地位や保身に駆られるものだから、リアルな現実を突きつけられると、おとぼけ、ムキになる、強弁する、それは「騙し集めた子分の集団を維持する執着」として錯覚をもしているのである。
いわゆるネット右翼と言われる人たちの思考方法は、この二元論ばかり、現実のリアルとは異なるレトリック(修辞学や詭弁)でもって妄想幻想に浸っている。ネット右翼で生計を立てている様な人物は、どう考えても「現実のリアルを夢の中と感じ取り、彼らの妄想幻想を現実と錯覚している」といった域まで達している。それはカルト宗教団体の思考パターンと同じである。一方では、日の丸や日章旗に飾られた街宣車を毎日運行しているのは、大阪に限って言えば、某地域に居住する韓国人達の「地域産業?」である。そのことを、ネット右翼の彼らは知ってか知らずしてか。


【編集後記】最新AI音声入力機のパソコン導入
今回から、最新の音声入力機でパソコン入力することができた。ICT産業革命には素晴らしい作業や苦行の解決策がある。音声入力機を使って次々と文章を書いていく。最新型のソフトが15,000円弱。ほとんどロボットを操っている感覚だ。
最大の長所は、新しいアイデアを生み出すのに便利だし、頭のなかの整理や物事の説明をすることにも役立つ。これが本当のAI人工知能なんでしょうね。それに比べてIT企業の言うAIは怪しい話ばかりです。昔から、有能な人っていうのは、次々と文章を書いていたそうで、その集大成が名著になっているとのこと。私もその真似をしようって訳。近代が始まる前後当時は本を出版するといっても、当時の知識人は相手。かのフランス哲学者ルソーは「まともなやつは2万人に1人しかいない」とまで言っていたそうで、ルソー自身、その人たちを相手に本を出版していた。
ところが今はICT産業革命の真っ只中。SNSって便利なものもある。読みたくない人は読まなければいいし、参考資料として目を通せばいい程度のものだ。Twitterは気をつけないと、各国の情報機関や政治勢力の道具に使われていた経緯があるから、やはりFacebookの方がディスカッションしたり討論したりするのに便利だと思われる。音声入力では時折、英語がそのまま英文表示になってしまうのは、ちょっと具合が悪すぎるのじゃないかな。
北欧の国々なんかでは、SNSは民主主義を発展させる道具だと位置づけている。スウェーデン小学校の教科書にもそのように書いてあり、中学校の教科書では、その使い方もいろいろ学級ディスカッションするように書いてある。さすが、人口数百万人の国だけあって少人数で効果的な「人づくり国づくり」なのだ。そこの良い面だけを取り入れれば、非効率なことしなくても、様々な分野での発展とか利益確保、いちばん目先で効果的なのは無駄な投資や時間を、個々人のレベルから削減できることなのだ。
その例をあげれば
官民ともに官僚主義者や縦社会が、一方的に部下にメールをさせようとすると、メールとか処理を書く時間だけで数時間かかってしまい(ヒラメが上目遣いをすれば言葉の推敲選択に膨大な時間を要する。それが長時間労働、産業時間増加の温床になっている。そもそも営業マンとかに文章を書かせること自体が、まるでインスピレーションクイズをやれと言うようなものなのに、官僚主義者はそうやって自分の責任を逃れようとするのだ。
これでまた仕事にやり方が変化するであろう。
筆者は昔、病気のため気絶して川に落ちたことがある。それから3ヵ月間の車椅子生活。初めの1ヵ月少しは箸も持てない、肘はわき腹から離れられないほどに負傷した。それでも安静治療を行わなかったからこそ治りは早い方だった。その時、右手にテープレコーダー、左手に電話を持って、それで文章を起こし秘書のお姉さんに文字起こし編集をしてもらった。仕事のはかどるペースは、およそ3倍のスピード。次から次へと仕事をこなしていった。その時はたと気がついた! 仕事の効率が相当悪いということが判ったのだ。最新の音声入力機というロボットを扱うってイノベーションなのだ。
「最新型のソフトが15,000円弱」~これ、大阪の挨拶言葉、情報交換文化の一例です。

2017/10/10

第186号:経済も社会も重要局面の選択

<コンテンツ>
とんでもない経済成長の日本実態である。
ほぼ着地に向かった北朝鮮の処理
全国的な、売り上げ低迷、人手不足、更に製品不祥事
資本主義の本来的姿による経営管理項目
矛盾とか人間疎外の解決策を初めて示した論文
年功序列型賃金の誕生した瞬間、その記録と立案者。
  A.当時の電力発電元締め会社=日本発送電
  B.日本発送電社長Aは、幾度もGHQに呼び出され、
  C.電力供給をストップする、電力ストライキ
はじめて帝王学を学術出版した大学教授の話【書評】
     【役に立たちそうな幾つかの内容を引用】①~⑧


§とんでもない経済成長の日本実態である。
数字の上ではプラス成長が続いているが、日本の国民総生産GDP500兆円に対し、現在日銀が買い取っている国債の額は500兆円を超してている。政府が日銀から借金しつづけたのである。1万円札の紙幣を財務省が印刷し、日銀が銀行券として発行するのであるが、それを帳簿上行っていたとしても同じことなのである。日本だけが青天井なので、こういった方法を「日本化」と言っている。良い意味ではなく、金融危機を招く危険な警告としてである。そんなテコ入れをしても、この程度の経済回復しかしていないのである。
すなわち一般家庭に例えれば、年収分だけの借金を造り経済成長させているわけだ。個別企業の経営であれば、年間売り上げ3倍の借金があれば、帳簿上は経営破綻と見なされる。そう、国の財政赤字は1000兆円を超えている。それも、さまざまの統計資料には疑惑がある。求人は増え失業率が減ったとはいえ、日本人の総労働時間数は減少しているのである。でも、これだけサービス残業賃金不払いが蔓延していれば、その数字を信用して良いのかもわからない。短時間労働者ばかりが急増していることは確かである。年間所得84万円未満の人数も1000万人を超えたらしい。
高齢者の中には、もう一度、株価値下がりして、そこで買い替えれば利益が稼げると盲信している人は少なくない。だが金融ショックは近づきつつあるのが真実だ。今この瞬間は世界的に株価が値上がりしている。外国為替も円安に自然と向かっている。株価上昇と円安は日本にかかわりのないところで動いている、だからさらに恐いのである。
日本の資産がどんどん海外へ流れる。このままでは外国為替で円安が進み国内資産が減っていく。言っておくが、日本製輸出産品は円安になっても売れていない。東芝、三菱、日本郵政など次々に、原発その他の魑魅魍魎とした契約により、負債を抱え込まされ、大手企業の内部留保が直に海外流出している。筆者はその専門家ではないから把握しきれないが、おそらく目に見えていない形で資産流出しているであろう。最近は大手企業の大株主が外資となっていることもニュースにならない。それだけではない、リストラされた大手企業の技術者は中国や韓国に引き取られて、日本はじめ世界各国向け商品開発の技術を担っている。長年の尽力の末に育てられた人材資本までが、海外流出しているのである。


§ほぼ着地に向かった北朝鮮の処理
国民が軍人を尊敬するのは命を差し出しているからだ。戦争を支持する人は、子や孫を戦場に行かせるつもりで発言することだ。そうでなければ、無責任だ。その上での結末に、口を挟めば。信頼できる情報筋の情報はこうだ。
ロシアの石油で工業発展させ、韓国と共に経済発展、その製品をシルクロードとシベリア鉄道で、ヨーロッパや中東へ。この話は、アメリカを蚊帳の外にして、もう中露韓の間で決着している。日本政府はそれ知っている。南北政府のケソン工業団地も、再開との一報。
アメリカへの威嚇ミサイルは、アメリカむけ排除の策とも見られる。
……意味不明な対決姿勢の妄想に乗って、日本は世界経済に乗り遅れないようにすることが肝要だ。特に、関西経済は、北との密輸や取引が盛んだったのだが、今は我慢している。そういった経済問題は、安倍晋三の選挙地盤の下関周辺でも地元での争いが激しく絶えないとのことのようだ。


§全国的な、売り上げ低迷、人手不足、更に製品不祥事
こういった現象が同時発生するのは、長年にわたって業務改善や事業改革に携わり、その成果でもって生きて来た専門家からすれば、社員や従業員全般に関する労働意欲の著しい低落問題なのである。電通過労死、NHK過労死、日産の車体検査不祥事、神戸製鋼所の部品不祥事といった最近の事象は、形だけの経済成長を牽引している企業での出来事である。これについて、そういったことを認めたくない人物は、「気の緩み(キノユルミ)」と逃げ口上を吐き、それをマスコミが何も考えずに報道する。
筆者の結論めいたことからいえば、
ドラスティックに好循環の引き金を引くには、今の時点では労働基準法である。
いわゆる気の緩みが続出しているのは、「労基法なんて守らなくても、誰かが訴えを起こさない限り、大丈夫」といった現実である。少々の監督官の調査があったとしても、表面を取り繕えば差し支えが出ない現状である。だが、労働基準監督官の立ち入り危険性が遠のけば、業務管理の人的コントロールがズタズタに陥るのは事実だ。すなわち現場の数人の管理者や監督職の手抜きが蔓延して、売り上げ、人手不足、不祥事が蔓延するのである。ことに女性の多い職場では、この人手不足は、採用しても採用しても、お局が初めてをやめさせる。イジメで正社員採用しても数ヵ月以内にやめるのである。すなわち、経営管理の社内統制が取れていないから、経営陣の言うことを聞かずに手抜きが蔓延してしまうのである。とても問題なのは、日本国全体が世相を反映して、手抜きが蔓延していることである。
なので、これを改善改革する引き金は、労働基準法の適切施行だ。
経済政策としての課題は、不毛な労働時間削減で労働意欲と生産性を向上させ、不払い賃金の支給で内需を拡大させ、とにかく、日本が金融ショックに強い体質を造ることである。賃金だけをちょこちょこ上げることではない。
個別企業でも、不毛な残業規制をしてテキパキと働けるよう業務改善を行い、より職務能力の高い人材を抱えることが得策である。金融ショックの瞬間に、金融資産とか借金を抱えていれば被害が大きい。人材を抱え、売り上げをあげ、人手不足を解消し、今よりコジンマリで良いから頑強さを作りあげることである。
それをやり易い社会の形成にも、一肌脱ぐことである。個別企業は規制されるよりも「「無秩序社会」である方が金銭的には裕福になれるから、この半年は重要である。


§資本主義の本来的姿による経営管理項目
経営問題の柱は四つ、収益性、生産性、労働意欲、効率である。
素人は問題点をやたらと数多く羅列すれば、頭の疲れとともに満足感を味わって報告書を造りたがる。そんな無駄な仕事の量的成果が仕事をしている証になると錯覚している。業務改善や事業改革は、どれか一つの部分の引き金を引けば、一挙に好循環が始まる手法でなければならない。
つぎに示す「経営管理項目」を見ても、末端労働者=働き手の労働意欲にかかわっていることは一目瞭然である。経営者が訴える先はもっとも末端のもっとも下積みの労働者である。物理的新技術、飛躍性技術による新工場、AI人工知能機器などを導入するのであれば、人材と働き手は全員、入れ替えた方が良い。けれども、そこでの労働意欲の管理が出来なければ、旧態依然の結果しか生まれない。ここに悪徳な新技術や新機器を売り込むIT企業その他は、そういったことを錯覚するように話を持ち込み、結果は不用品を買わされる始末である。
企業経営は結果である。
この項目の、特に2項目目が、いわゆるコントロール(管理)の出来ていない結果なのだ。(総務部メルマガ7月号で説明)
http://soumubu1.blogspot.jp/2017/06/#182-09

「1」個別企業の、
    ①人的物的な技術力、
    ②優位な取引&貨幣転化の迅速手法、
    ③市場や銀行での信用創造
  を総合的に組織的に運用して資金回転率をあげること。
「2」その動きを形成・展開・まとめ収める、そのイニシアチブと実行力を個別企業内外での安定確保をする。個別企業で恒常的に実行ができるように、商品提供ネットワーク実行力も社内組織も独自で形成し、そのための人材(いわゆる監督職ではなく管理職)を確保定着させること。
「3」事業や資金への天才的投資チャンスの適時適宜性を磨くことに専念すること。及び日常的に個別企業独自の危険要因を探し出しておき、その危険事態(それは内部では分からない、だから外部の専門家)を予防すること。
……もとより、金融機関から投資資金を集め、さらに集めるために株式上場して、労働者の能力全般から「労働力」のみを使って製造とかサービスを実施するのだから、労働者の人格と相容れない心理(専門的には人間疎外という)が生まれるのは当たり前である。


§矛盾とか人間疎外の解決策を初めて示した論文
そして、どんな国でも働くということは「文化には違いない」のであるから、一本調子とか子供じみた「一強」で物事が回る訳がないのである。そういった矛盾とか人間疎外を、歴史的分析も含めて、初めて解決策を示したのが筆者の論文である。9月2日に京都の学術会議で発表して1ヵ月が過ぎた。学術誌に学者用の論文を凝縮させられて書いたから、一見したところ漢字アレルギーが発生して経営者や管理職じゃない人からは、すごい悪評である。読み通していただければ、おかげで、とても好評を得ている。そして不思議にも幸運なことに、この論文の理論を裏付ける証拠を集積し研究した書籍が出版された。「反脆弱性(はんぜいじゃくせい)」(ダイヤモンド社)、これが今月メルマガの書評である。
http://www.soumubu.jp/koyukachi.pdf


§年功序列型賃金の誕生した瞬間、その記録と立案者。
それは、昭和21年、筆者は生れていないけれど
今から話をすることが真実、その上で、この記録を見ていただきたい。
=個別企業の賃金体系や政策影響を考えるとき、
頭の片隅に置いていただければ、流行りの幼稚な賃金論理に惑わされることはない。
https://youtu.be/6Faf2TyFrdM
昭和21年当時GHQは、
対日本の政策の柱は、経済を後退させる方向に進めていた。
電力会社は戦争が終わって、戦争や軍部独裁で各地に左遷されていた経営幹部や技術者が国内に戻ってきていたから、有能な人員も大幅採用して産業発展や生活の向上に向けて、水力発電や火力の発電の技術蓄積と飛躍を考えていた。ところがGHQは日本の経済後退政策であった。日本政府はGHQの100%言いなりであった。
そんな時に考えたのは、今日で言う年功序列型賃金を編みだして、「勤続ではない年功給」を電産型賃金体系に組み入れ、有能な人材を蓄積することを方針とした。当時は、電力関係に約12万人が従事するが、人材の育成が産業や生活への送電技術には欠かせなかった。
https://goo.gl/AVYs7C
これをGHQは阻止しようとした。勤続ではない年功を積むことによって技術能力が高まることを期待する、「勤続ではない年功給」、言い方を変えれば、経験給的なのである。勤続年数や年齢が過ぎれば自動で引き下がる年功給の要素は、本来の年功序列型賃金にはなかった。現行厚労省のような、労働力を云々といった、意味も根拠もよくわからない代物ではない。加えてその当時は教育訓練といえば、職人技徒弟制度の時代であった。戦争で徴用され破壊された労働環境だったから、それを一からやり直すと同時に新技術の導入であった。

A.当時の電力発電元締め会社=日本発送電
私の伯父は本社の賃金課長をしていた。その労働組合が電産労組であり、当時の労働組合法は会社取締役外の、部長以下全員が労働組合員であった。著者の伯父も電産労組の賃金対策委員会委員長であり、電産労組の副委員長にもなった。その時に作り上げたのが、専門家が良くご存知の電産型賃金体系である。表向きは労働組合の責任者として、内実は労使一丸となってGHQに対抗し日本発送電の担当者として、私の伯父が取りまとめた物である。戦前に京都大学経済学を卒業した私の伯父は、賃金体系理論もなく、「職工事情」といた政府の戦前労働調査すら発行禁止にしていた時代であるから、ほぼ全てを基本原理から構築していった。その具体的説明は、次のYouTubeの18分ごろから説明されている。そこに登場しているのが私の伯父である。
https://youtu.be/6Faf2TyFrdM
後にこれを銀行各行が賃金体系で採用、さらに大手企業に次々と広まった。高度経済成長末期の、大阪の国光製鋼が日本で初めて職能給:職能資格制度を導入(考えたのはコンサルタント瀧澤算織で、私の師匠)するまでは、年功序列型賃金と名称を変更して日本で大流行したそれである。その経済性や利便性は、様々な書籍類に書いてある通りで、ここでは省略する。社会政策の第一人者である大河内一男教授が、この電産型賃金を年功序列型賃金との名称に一般化し学問的に理論化した。電産型賃金体系は、賃金のコンサルタントであれば、必ず知っている体系だが、これからの話はネットでは初めて公開する話、私の伯父からじかに聞いた話である。そう、どうして労働組合の作った賃金体系を大手企業がこぞって採用したか、その謎である。

B.日本発送電社長Aは、幾度もGHQに呼び出され、
言うことを聞かなければ戦犯にされかねない状況のなかで、煮え湯を飲まされ続けた。そこで、電産労組が表舞台に出て来たのである。電力政策、産業政策、人材確保の賃金政策を掲げているのは、そういった根拠だったからである。労使一体となって労働組合闘争を行ったのである。かといって電産労組は会社の御用組合では全くなかった。戦闘的労働組合だったという評価もあるが、当時の共産党員が組合役員に選ばれていたのは地方組織の一部だけ、電産労組の中央本部に彼らが顔を出すことは滅多となかったようだ。そして、その電産労組の実質交渉相手は会社ではなく、GHQ、民生局担当のマッカート少将(マッカーサーではない)であった。とはいっても、GHQに電産労組が出向けば銃で脅かされ追い返される。それを乗り越えてのミーティング(もちろん英会話)も非公式なものばかり。危険なときは労組幹部がMPに指名手配され、伯父さんもタオルと歯ブラシだけで東京駅から脱出・逃亡したこともあった。
GHQは、経済後退政策に基づき職務給の賃金体系を維持しようとした。それでもまだ当時は、CCS、MTP、TWIといった管理方式は導入されていない。ほとんどが科学とは無縁な生産管理方式を漫遊していた。確かに海軍の山本五十六はアメリカ:ハーバード大学に学び、大型艦船の操作のために、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」を導入したが、海部工廠では導入された記憶がなく、史実に記載されたものは今日JR鷹取工場位であった。テーラーシステムも科学的には骨抜きされた生産方式が散見される程度であった。GHQは、コスト・ブッシュ・インフレーションの原型理論を日本政府に押しつけ、日本政府が、「電産の賃金が上がれば物価高が始まる」とPRしだし電産労組は、当時としてはきわめて綿密に調査した上での賃金理論だったから、JR大阪駅前(当時の経済は大阪が中心)の街頭説明、各地での説明会を開催した。それが先ほどのYouTubeの場面である。今では考えられないことだが、日本発送電、その配電会社(関西配電=関西電力の前身)など社員でもないのに、当時の終戦直後は多くの人が説明を聞いて、電産労組の説明に納得したとのことだ。これが、その後の金融機関や一流大手企業への導入を切り開いたと考えられる。確かに政府の「賃金上昇→物価高」理論は、もとよりアメリカでの理論が幼稚であり、GHQに押しつけられただけで、日本の経済学者はタッチしていないから、当然、国民が納得するわけではない。また失業対策事業も最低賃金制度もなかった時代であるから、「最低賃金理論」と大見得を切って説明したことが確かではあるが。

C.電力供給をストップする、電力ストライキ
これが決定的に、電力政策と人材確保の賃金体系に決着をつけたのであった。
ところが実際は演出、名ばかり停電、もとより狙い目はアメリカ軍施設だ。その電力停止ストライキのタイミングを示したのは、GHQに呼び出されていた日本発送電の社長Aが、GHQからの帰りに電産労組の組合事務所に来て電力スト体制を固めた。固めたという意味は当時も今も同じだが、電力は会社の給電指令所からの指図で工場一つずつ、病院ごと、町の小さな一角ごとに給電を止めるわけである。一斉に給電のOFF・ONをすると電線などの破損や火災を起こしてしまう、古く壊れた設備や古い電線がどこにあるか電力会社ではわからないからだ。福島原発事故後の電力不足とのことで、一定地域が停電になったが、そんな事象は作為でなければあり得ない。会社の通常の正規の指揮命令系統で給電指令所の指図の元電源を落とした。その表向きは電産労組の組合員が電源を切ったように見せかけ宣伝を流していた。数10人がロープを持ってブレーカーを引っ張って落とすウソの写真もばらまいた。数10人ならば誰が本当に力を入れてブレーカーを切ったかが分からないからと電産労組は説明していた。余談だが、1970年当時も戦闘的労働組合?と称する組合員教育の文献には、その写真が掲載されていた。
当時、何度も繰り返される電力ストの演出、十数回目の最後の電力ストは、アメリカ軍施設だけ(それもアメリカ軍病院を外し)給電をしない手順の電力ストであった。電産労組は、日本政府からの攻撃にさらされながらも、GHQに打撃を与え、現在の電力産業の基礎をつくった。そのことをよく知ってか、日本の世論は電産労組とか電力ストを応援したとのことである。日本発送電は、戦前の国策会社系で、今でいう超エリートの会社であった。その後、昭和24年5月16日の国会衆議院での、電力につき「企業の能率的運営並びに労働意欲の昂揚に対して必要な措置を講ずること」との全会一致決議に至ったのである。現代ならば、国会がそのような名指しの決議を行うことは考えられない。そう、結果は物価上昇はなく、電産型賃金を大手各社が導入したのであった。

このYouTube映像は電産労組の作成となっているが、こういったことを念頭において、当時の人がアメリカとどう立ち向かったかを見てほしい。昭和21年からの記録映画、産業物資どころか食糧難の時代に、どうやって長編フィルムを労働組合が入手して作成したのか、その謎は今述べたとおりである。
(ちなみに、伯父の父親、私の祖父は、元駐日大使ライシャワーの友達)。
18:30頃、私の伯父は、電産型賃金をみんなに説明しています。
https://youtu.be/6Faf2TyFrdM


§はじめて帝王学を学術出版した大学教授の話【書評】
現在、ニューヨーク大学の工学部門の教授。
ナシーム・ニコラス・ダレブ 書籍名は『反脆弱性』(ダイヤモンド社)。
著者は金融トレーダーでの実績もあり、自己紹介に「ギリシャ正教の一家に生まれ」として、パリ大学で博士号としている。レバノンのベイルート生まれ、叔父は外務大臣とのこと。ギリシャ正教およびベイルート商習慣は度々登場するが、そういった予備知識を持って読んでみると、とても貴重な資料研究となっている。ベイルートは、彼によると5000年の歴史を持つ商業都市で、街を全面破壊されたのは8回目、現在1975年の全面破壊から再び復興を成し遂げたという。ベイルート周辺は1万2000年にわたって繁栄をしたという人類学的歴史的場所だ。
先ほど、なぜ資料研究と言ったかといえば、この本には結論がないからである。結論を求めないのは、フランスの影響を受けたベイルートの土地柄や更にパリ大学出身といった、米英式とは異なる彼の科学思想だと思われる。出版社は自ら絶賛の推薦をするが、思想:哲学や社会学の理論書には登場する「仮説的論理」を経済・経営・数学の視点でもって、具体的に集計して法則を工学的に導いている。かつ基礎理学や基礎理論のない工学については徹底して批判している。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO20384120V20C17A8MY5000/
とても中身が濃いから、未だ著者も詳細に読み込んではいないが、目前の金融ショックとか、南海トラフ地震が近いとの最新情報の中、この著作の内容紹介はとってもタイムリーと思われる。この本の著者ではないが、「都市は地震や天災で滅んだためしはない。低俗な社会や文化で再建はできない」といった趣旨のことわざもあるからだ。

【役に立たちそうな幾つかの内容を引用】①~⑧
カッコ内は筆者むらおかコメントである。ではどうぞ。

①科学研究者が、「自分のアイデアが現実世界で応用も可能だと思って、自ら実際に日常生活で、そのアイデアを実践しているか?もしそうならその科学者は本物だ」と言っている。そうでない応用可能な学問をやっているとすれば無視するか、注意したほうがい。
(経済経営学では、どこかで見た話を、学術用語らしき言葉をちりばめて書いている、統計数値のみならず過去の有名学者や有名理論をことさら並べている、そういった物が怪しい。日本の大学や大学院では、そんな論文やレポートが学位や卒論では有利と言われている。学問的には、注意し綿密に論証したうえで、「あぁっ、そんなこと知ってる」と言われたものが成功(理解され利用される発明)なのである)。

②現実には、売れない品物のために、マーティング手法が存在している。
(…でも本当は、経験的勘に頼る市場調査を科学的に高速化した物。この人の言うとおり、今の現実はマーティング請負業者が、発注者の意に添うように数値を捏造する。それが大量売上げの源だから)。

③「確率的な理解に築かれたシステム」これは、いわゆる幻想であり崩壊しやすいという学者(この本ではネロ)の言葉を紹介している。また、「自信過剰のパイロットは、いつか飛行機を墜落させる」とのトニーの言葉も紹介。この本の著者は、数字的予測に頼る人が高いリスクを冒し、トラブルを招き、破産崩壊を招くのが目に見えていると言っている。そして、他のページでは「少ないほど豊かだ」と書いている。
(すなわち、90%確率だとしても、「傾向と対策」~AI人工知能でもって過去の傾向を集積し、AI人工知能でもって過去の対策を導き出しても、人類にとって役には立たないと言っている。95%の意見と5%の意見を、同列に扱うことも判断ミスが原因、加えて、物事のプロセスを無視して結果を言いたがることこそ幻想にすぎないのである)。

④デブのトニーという登場人物が出てくる。ほとんど彼は働かないが巨万の富を出た人物として。彼のカモは、オタク、役人、特に銀行家だそうだ。理屈で勝って気持ちの良いという奴がカモ、理屈の勝ち負けを気にしない奴はないと言っている。この本の著者は「カモは自分が正しいことを証明しようとするが、カモでない奴らは金を儲けようとする」とトニーを紹介している。
(…「金持ち怒らず」の日本のことわざ、誰も実証研究していないが、余裕を持っているばかりでなく、聞いた話を聡明に分析する能力があることは確かだ)。

⑤デブのトニーは、あれこれ話す人の脆い(もろい)状況を嗅ぎわけると紹介している。見ただけで判るそうだが、トニーは犬のように近寄って嗅ぐ癖があるらしい。
(…著者には分からないが、脆い人達は、何か臭いのもとを分泌しているのだろうか。この人を避けた方が良い場合に臭いがする。よい匂いの人もいる。恋をすれば匂いを発する。脳科学の分野では、「動物は匂いを間違うと危険だから間違わない」とされている)。

⑥「戦争を支持する者は、少なくとも一人の実子か孫を戦場に送ること」、そうではない人物は信用してはいけないとしている。ローマ時代に建築家は、「自分の建てた建築物や橋の下で、しばらくその下で過ごさなければならない」との倫理があと紹介している。

⑦「リスクを冒して失敗した人は、何もしない人より地位が高かった」と述べ、「学者は、基本的には学術誌に論文は出せても、リスク管理能力は萎えてゆく」と学者の職業的弱さを指摘している。この本の著者は、「みんながそうしているから」とか「ほかのはそうやいる」との主張の仕方が、バカバカしい行動や単純な判断ミスを、個人では起こさないのだが、集団では起こしてしまうと、きっかけと特徴を示している。として、個人に対してはギリシャ正教の聖典の趣旨、「集団に従って悪事をなすことや、集団に迎合するために偽りの証言をすることは罪だ」と紹介している。
(この本の著者は、結論を示していない。だが、倫理問題について、約700ページ中70ページを割いている。←そして彼は、こういう説明の仕方こそが誤魔化しであり、危険だといっているのである)。

⑧結語の章でこの本の著者は、次の趣旨を述べている。
イ)専門化や形骸化のせいで、本物のアイデアを完璧に見落としている。
ロ)全てのものは、変動性において得又は損をする。
ハ)脆さとは変動性や不確実性にもろく、だから損をする。
ニ)肩書目当ての教育や教育者は、無秩序が嫌いである。
ホ)不確実性で得をする代表格が、物理的イノベーションだ。(経済産業省は物理的イノベーションのみをいう、文化や人的組織的関係を含んでいるにも関わらず)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO20384120V20C17A8MY5000/