2016/09/06

第173号:病気と貧乏は一緒にやってくる。それを戦争が回り道して突き刺す!

<コンテンツ>
ここにきて、マイナンバーの様子に暗雲が?
《一つ目は、会社の届出がなくても独自収集》
《二つ目は、年金事務所も独自収集可能?》
《三つ目は、「無理してPC購入する必要なし」その他:便乗商法に注意喚起》
《四つ目は、市町村の「情報提供ネットワークシステム」の暗雲》
《五つ目は、決定的ダメージかも! シスコSystems製ルーターが無防備状態に》
【便乗商法じゃない視点から、対策も考えた】

「労働力」のみを確保する、労働3法の国家政策
★1.実際に裁判例も出だした、労働契約法20条(期間労働契約の条件差別禁止)
★2.労働者派遣法の派遣事業許可の厳格運用が開始
★3.経済成長と経済の豊かさは現実のものにできる(経済学論文草稿)
   ・日本には、その労働市場素養があったからこそ、
   ・「選択と消費の美学」を、これこそが自由だと勘違い
   ・現代社会の人類到達点としての思考は、
   ・さて、勘の鋭いあなたは気づいたと思うが、
   ・あなたの個別企業や事業活動を伸ばす方法

メンタルヘルスには、職場での疑い兆候発見が第一!
中高年の、元気で長く働くチェックシート

<巻頭言>

病気と貧乏は一緒にやってくる。個性や個人主義に制限をかけられると、いくら努力しても幸福は来ない。いまや、結婚期を迎えようとする者の平均的人物像は、非正規の年収250万円といった貧乏さである。高齢者が盗りすぎではなく、若年者が虐げられているのである。お恵み依存症なのか、要領依存症による貧乏なのか。病でなくとも(社会的でも)障害があると、どうしても衣食住が精一杯だから、助けてもらいたいから、何故でも活きて生きたいから、いつも我慢してお恵みをもらおうとする。世間の風潮は、「個」を優先すると、ヘイトから反日とか言われそう…だから助けて! とはいえない。周囲から反日か? みたいなことをと言われないためには、目立ってはいけない、実力を発揮してはいけない、ひたすら法令解釈や社会制度の恵みでコッソリと暮らすしかない。


§ここにきて、マイナンバーの様子に暗雲が?
《一つ目は、会社の届出がなくても独自収集》
少なくない健保組合は、会社を通じてマイナンバーの届け出がなくても、独自で個人番号の収集をしようとしている。それは、市町村から直にマイナンバーを収集する方法であって、法律的に可能なのである。その背景には、会社が個人からマイナンバーを回収する権利も義務もないとの法律の存在である。現在、健保組合のマイナンバー収集方法は、CD-ROMへの入力やネット送信が主なものであるが、要するに、わざわざ資金投資までして会社が従業員からマイナンバーを集める必要がないという結末である。まして会社は、安全管理措置の不備による(番号法ではなく根幹の)個人情報保護法違反を心配する必要もなくなるのだ。さらに番号回収業者に発注しても回収率は半分との結果ばかりが業者からは公表されている。個別企業が番号収集寸前での行政協力に留めておく(番号収集する義務は会社にない)ならば、届出同意か拒否かの調査票記入の必要がなくなることにもなる。あわてる乞食!である。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/mynum.html

《二つ目は、年金事務所も独自収集可能?》
協会健保や厚生年金の年金事務所は、今も市町村(昨年までは住基ネット)とつながっており、年金事務所のパソコンから住民票の中身を見ることができるようになっている。したがって健保組合と同様に、マイナンバー制度の全国をつなぐ設備が整えば、会社を通じたマイナンバーの届け出がなくても、独自でマイナンバー収集が可能なのである。ただ現在のところ、「基礎年金番号があればマイナンバーは必要ない」(~健康保険や厚生年金の法律条文もそのようになっている)からと返答している。ことに年金財政の内部に、財務省の手を突っ込まれたくない防御が本音のところ考えられるが…。

《三つ目は、「無理してPC購入する必要なし」その他:便乗商法に注意喚起》
マイナンバー制度の取りまとめをしている内閣府が、「無理をしてまでパソコンを購入する必要はありません」と、中小企業に対して注意喚起を促していることである、加えてパソコン操作による手続きの煩わしさまでも説明している。そして、企業の行政機関へのマイナンバー協力(権利も義務もない)といっても、制度の掲示板への張り紙程度で有ることを内閣府が示唆し、民事事件に政府は関係ないと釘を刺している。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/download/checklist.pdf
すなわち、労使協定締結とか就業規則の訂正など、内閣府は全く求めていない。さらに、マイナンバーの法のみの違反について内閣府は言及するが、就業規則記載事項にかかる民事の契約不履行(安全管理不行き届きの賠償責任)だとか不法行為責任(情報漏えい金銭賠償)といった民事関与には、民間同士のことだからとして一切の言及を厳密に避けている。要するに、個人情報漏えい事件と同時に損害賠償事件が生じても、国としては関係ないとの見解を内閣府が示しているのである。すなわち、国は民間個別企業の味方をしてくれない、いずれを問わず、権利を主張する側の方を持つ。

《四つ目は、市町村の「情報提供ネットワークシステム」の暗雲》
来年、2017年7月から始動を計画している、市町村の「情報提供ネットワークシステム」に暗雲がたちこめている状況だ。日本年金機構の情報漏えい事件がなければ、このシステムはインターネットを介して運用するはずであった。だが脆弱な状況が露呈したため急きょ対策を図っている最中だ。この対策期間は2017年7月前まで。(このことで市町村に提出する16年支払分の支払調書(17年1月末締め切り)にはマイナンバーを記載する意味が無いことになっている)。
ところが、これが更に延期されそうな状況が現われてきているのだ。
①都道府県を起点に、インターネットにつながらないシステムを新たに構築することとなり
②市町村の担当者には、インターネットを介するパソコンとは別に新たに併設、2台PC操作とし
③インターネットで送られてきたデータの新構築システムへの変換プログラムを今から作る。
といった計画を、各市町村の来年7月まで完成の「情報提供ネットワークシステム」としているのだ。大幅な設備投資とシステムプログラムを、今から開発するのである。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/watcher/14/334361/082300645/?rt=nocnt

《五つ目は、決定的ダメージかも! シスコSystems製ルーターが無防備状態に》
そこに加えて、アメリカ安全保障局(NSA)がハッカー被害にあい、NTT東日本はじめ日本の大手中堅企業も使用しているソフト(シスコSystems製ルーター)の、その脆弱性が公開され、すでに無防備状態になっている。米国家安全保障局(NSA)が政府や企業に次々とサイバー攻撃を仕掛けるための、ハッキングに使う攻撃ソフトやコンピューターウィルスの情報を、「シャドーブローカーズ」というハッカーが盗んだのだ。その一部のNSAハッキングツールをハッカーが公開し、その他の価値のあるツールはオークションに掛けると言っている。シスコシステムズとは世界最大級の通信機器メーカーで、日本の大手企業だけでなく中堅でも圧倒的に使用されている。
そんな圧倒的に導入されているシスコシステムズのルーターに入り込まれれば、既存のウイルスソフトなんかは効果がないとのことだ。あらゆる企業、自治体、健保組合とかの団体が、インターネトにつながっているから、すでに情報は吸い取られている可能性がある。企業情報の流出危機である。そう、マイナンバーも、金になる大手企業の分は、既に流出していてもおかしくない。給料の安い中小企業のマイナンバーも時間の問題かも、その訳は諸外国に比べれば高給…だからDATAは価値があると。
世界トップを走る日本のセキュリティの弱さ(人の善さ?) シスコシステムズのルーターのハッキングツール、これで侵入されれば、国や市町村のセキュリティどころではない。大手企業を先頭に漏れてしまう、いや、時間的には既にハッキングされてハッカー、外国の軍隊、諜報機関などのUSBチップに収まっているかも。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/08/nsa-1_1.php
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/327461

【便乗商法じゃない視点から、対策も考えた】
インターネトにつながるPCは危険だ。それだけでなく購入したPCの立ち上げにネットを使えないのでは、PCを増設できない。USBチップでさえインターネットにつながるPCで共有すれば、DATAは流出する。その独立PC設置とソフト設定には、OSを導入するのにグループ単位で30万円程の費用が必要だ、それもマイナンバーの為だけに使う設備であり、インターネットには接続厳禁の代物である。健保組合、社労士事務所、会計事務所などの民間がシスコシステムズを使っている。そうするとマイナンバーは、現状では安全管理措置ができない。
シスコは対策ソフトが出来たとは言っていない。むしろ既に漏れた後なので、対策ソフトは今更必要ないかもしれないのだ。ハッカーのオークションと言っても、既に流出済みDATA確保がハッカーによって終わっているとして、販売すれば盗品だと言われるから、そう、オークションと言っておかないと、善意の第3者は装えないとの意思だ。新しいルーターを導入と言っても、費用がかかる。それも数ヵ月後には、また誰かにハッキングされるかもしれないのだ。
要するに、これの見通しが技術的に立たない。ハッキングされようが民事責任は会社が負わされる法体系だ。よって、個別事業所がPC保管する意味もなくなり再び延期の色合いが強い。個別企業向けマイナンバーの便乗商法は、IT業者、社会保険労務士(就業規則作成など)ともに、ピタッと止まっている。マイナンバーが機能しないにもかかわらず、税理士だけは意味も示さず番号記載を呼び掛けている。
内閣府は、こういった安全性が構築できない限り、マイナンバー照会に対する市町村の対応は出来ない制度だとしている。なお、国税庁(税務署)自体は、原則としてマイナンバーを回収しない。その訳とは、マイナンバーが会社に届けられたとしても、源泉徴収票が税務署に提出されるのは年収500万以上の者に限られ、所得税の扶養控除申告書も税務署に提出されずに社内保管が通例だからである。もちろん内閣府の今回の注意喚起は、IT企業や社会保険労務士の便乗商法にブレーキをかける効果を果たしている。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/download/checklist.pdf
そもそも、
中心となるべき市町村の地方自治の目的とは=「住民サービスや福祉の向上」との定めがある。それとの矛盾をマイナンバー制度が抱えている限り、暗雲が晴れる見通しが立たないのである。さて話は飛躍するけれど、この矛盾を解消するには滋賀県野洲市のような条例は、地方自治を考える一つのヒントになる。野洲市の条例はまるで地元民間企業が運営する「お客様第一思考」である。しかしながら、この条例は財務官僚や国税庁職員の保身にとっては決定的マイナス効果を生じるのである。
http://sp.kahoku.co.jp/editorial/20160822_01.html
さて、あなたならば、お解かりのように、
今回のマイナンバーは、「個」と総称する個性や個人主義を否定する。「貧乏の俺には関係ない!」とか、「別に害は無いから良いんじゃない!」と表装する気持ちは、個性や個人で日常を送れない彼彼女の実力の無さの現れである。その昔、視聴覚障害の人は、障害学校に通って最初に教えられる事は、「あなた方は慈悲でしか生きられないのだ、普通の人に絶対に歯向かってはいけない!」なのであった。これは障害学校初期での世界共通項目で、各国はいかに早く、慈悲一辺倒から脱出したかの優秀さだったのだ。病でなくとも障害があると、どうしても衣食住が精一杯だから、助けてもらいたい!から、なぜか活きて生きたい!から、自発してお恵みをもらおうとする、いつも我慢して。


§「労働力」のみを確保する、労働3法の国家政策
この労働3法とは、「非正規労働者対策の労働3法」と言われる労働契約法、派遣法、パート労働法のことである。経済学の切口からすれば、労働時間数で計算できるところの規格品:マニュアル労働力の商品仕入にほかならない。この労働力商品は、何らかの固有の文化価値を持った商品ではないことから、運用如何によっては労働能力の枯渇を生じる。それは、社会主義国のノルマ、ドイツヒットラーの労働者使い捨て、戦中日本の国民奉仕徴用のケースである。労働力商品ばかの着想は、経営者や労働者の労働能力発揮の自主規制を招き、経済成長マイナス&豊かさ幸福感の閉塞につながる。労働力だけでは、価値は生まない! それだけでは売り上げがたたないことで、経営者・経営管理者なら肌で知っている。それでも、経済学では未だ確立していない。(このセクションの★3は経済学論文草稿)。
良くも悪くも階級対立二元論の短絡思考!
に陥った評論家(経営現場に地に足の着いていない者)からすれば、これから始める論述は意味不明にしか読めないだろう。加えて、「本当のことに触れない」官僚主義やヒラメ人生の人にとっては、敵対的な話かもしれない。そして相も変わらず、固有文化価値を持った「労働(全般)商品」に関しては、労働基準法ならびに労働3法、さらには官僚の許容する労働諸法令案では取り扱いが難しいままなのである、それは官僚らの着想には「労働力」概念の非現実的な理屈しか存在しないからである。
「1億総活躍」と言い出して、
この労働3法の改正が突然!持ち出されてきた。今の首相は祖父であった総理大臣の影響が強いと言われているが、祖父である人物は元経産官僚:満州国建国にあたり社会主義計画経済を導入、その後の戦時経済として、戦後の高度経済成長への社会主義計画経済の導入での裏を支えた人物である。すなわち、官僚にとってみれば、民主主義を度外視できるものだから、極めて指図しやすい政策手法なのである。そして、例のごとく、「1億総活躍」の労働3法も内容は今から考えると言っている。野党や民主主義者の主張している「同一労働:同一賃金」自体をパクリ、選挙目当てで持ち出したけれど、中身の構想は全くない。むしろ祖父の常套手段である「日本的抜け道」を法律条文の随所に組み込むのではないかと、経営者団体に労働団体ともに揃って揶揄されている。


★1.実際に裁判例も出だした、労働契約法20条(期間労働契約の条件差別禁止)
行政機関の官僚的運営の弱点は、「地ならしと根回し」に時間がかかることである。立法機関はあれこれ議論の末ではあるが期日がせまれば多数決で決まる。そして裁判所は1個人の問題提起であっても、判決が出され、原則的に行政機関や立法機関に波及する。そして、労働契約法20条(期間労働契約の条件差別禁止)に係る判決が、平成28年5月13日に東京地裁から出された。これは相当影響をもつばかりか最高裁として不毛不要な訴訟提起の激減を狙ったどの説もある。
http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/hanrei/20160518.html
東京地方裁判所の労働部は、実態として労働裁判の裁判例を示す役割を持っている特徴がある。裁判官の独立性といえども最高裁判所は人事を駆使して、それを果たそうとさせている。今回判決を出した佐々木宗啓裁判官も最高裁判所が選任した司法研修所の主任教官の経歴を持っている。判決要旨の論理構成は学術的な趣きがあり、判断の論理構成は全国の裁判官のテキストにもなりかねない内容である。ただし、裁判官の独立性があるから、この5月13日判決をしのぐ論理構成があれば、全国の裁判官のテキストにはなりえないのはもちろんのことである。
すなわち、労働契約法第20条の条文では読み込めないところ、或は本事件のように高齢法の高年齢者雇用確保措置ための労働条件低下は労契法第20条が緩和されるのではないかといった、民間企業でもよくある着想に対する判断のための論理構成を提供したものである。おそらく、あなたの個別企業内とか周辺の経営者&部下からもよく似た着想が発生する。しかしながら、行政機関や裁判所に於いての無意味な議論か否かの決着は、この裁判例で着けられているのである。
【個別企業向けの簡単な論理構成の解説】
1.まず労働契約法20条の条文は次の通りである。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H19/H19HO128.html
2.その中の「その他の事情」の扱いについて判決が述べている。それを、「職務の内容」ならびに「職務の内容及び配置の変更の範囲」に準ずるような事情とした。そして、この事件では正社員と比べてそれらが同一であると裁判所は認めた。
3.定年後の継続雇用者の賃金引き下げについては、この運送会社の財務状況や経営状況から必要性は認められないとした。加えて、新卒採用正社員よりも賃金水準を低く設定したのは不当であるとした。
4.ゆえに裁判所は、高年齢者雇用確保だとしても、これでは「その他の事情」に当たらないと判断した。裁判所は会社側の主張を詳細に検討しているが、無意味な論理構成と事実羅列は判断材料として排除した様である。
……端的に言えば、これだけのことである。
なお、専門的にはなるが、裁判官がどのような判断をするかについては、日本の場合は圧倒的に「要件事実」を用いる、一種のマニュアルのような手法だ。それに対して、要件事実論(条文にどのような要件を加えるべきの論)は裁判審理では関係ない。とかく経営側も労働側も耳ざわりを良くし(経営側の気分を持ち上げたり、労働運動の励みになるような表現を書きたて)ようとする弁護士が多いが、個別企業内の担当者であるあなたは、惑わされず「要件事実」を明確に判断しておかなければならない。リーマンショックの時に、「整理解雇4要件」を四要素として経営側の人気を得たが、裁判や仮処分で大手企業含めすべて経営側は敗訴した。(もとより以前から、東京地裁労働は4要件:四要素の語句使用いかんにかかわらず、4要件説とすることを明確にしていた)。また労働側も、偽装請負&偽装派遣における、誰が採用責任者かの要件事実について、発注元や派遣先の採用行為が明白であるにもかかわらず、訴状や準備書面に於いて「労働者派遣法の不当性の要件事実論」を論述するばかりの労働側弁護士Mが一躍有名であった。が今はこの名前をきかない。(会社側弁護士は、Mに救われた?)


★2.労働者派遣法の派遣事業許可の厳格運用が開始
労働者派遣を個別企業の事業として行うことについて、今回の法改正も含めて、一挙に市場の限定的終息の方向に向かっている。それは法改正の前から方も向性が現われていた。だが、国会を含め政党や労働団体での議論にはならなかった。筆者自身も派遣法は昭和54年ごろから携わった労働市場制度であったが、平成9年ごろからの基本理念の変質を経過して、今回の派遣法改正後は直接携わることは無くした。
派遣事業者が提出しなければならない事業報告制度は、年に一度の確定申告のように様変わりをし、派遣労働市場の趨勢分析資料としての意味が薄れてしまった=ある意味で何を出しても問題にされない。
派遣事業の許可は一段と厳しくなった。不安定労働者を派遣しない条件で認められていた事業届出も廃止され許可制とされた。ただし、派遣は「業」(反復継続の意思が在る)としていなければ、人数や期間などの規制対象外であり、これからも派遣法の適用を受けるが、派遣事業許可も不要である、ここに誤解が多いのも確かではあるが…。
1.昭和60年の派遣法(土壇場で成立させたのは派遣事業法ではない)制定の時から、むやみやたらの派遣を防ぐために教育訓練の項目が定められていた。それは法制30年の中で、労働市場を行政がさじ加減するときに教育訓練の計画と実施状況でもって、派遣事業廃止届の提出を強力に促す手段として用いられてきた。事実廃止に追い込まれた事業所もあった。
2.改正後のキャリアアップの大臣告示は法律と同等の実効性を持たせている、すなわち許可基準である。改正前とは違い強力な指導が入る。国の安定所に代わる許可事業なので採算ではない。
3.すなわち許可申請の段階で、キャリアアップの教育訓練計画を提出させ、これが実行出来ない若しくは、実行出来ていないこととなれば、許可を取り消すことになった。
4.これを実際に実行するとなれば、相当の希少性のある専門業務であって、それなりの労働能力発揮がされたうえでなければ、採算性のある派遣料金が設定出来なくなるのは当然である。昭和60年当時の最初に13業務が指定されたが、その多くの派遣時間単価は3,000円~8,000円であった。2,000円程度の一般事務やファイリングは排除と質向上の追っかけっこだった。
5.要するに、採算性のある経営とするならば、今現在の事業形態はやめない限り、事業継続性はない。特定派遣事業の届出業者も、今後は許可申請となる。その許可の期間は3年であり、そのつど許可基準が厳しく問いただされる。専門性での規模縮小か不採算経営かのハードルが付きまとう。そうでない派遣業者は国内では不要としたのだ。
6.派遣労働者の雇用契約についても、派遣先との契約が満期でも中途でも、契約が終了したことを理由に解雇できないように、その労働契約の書面等のチェックを受けることとなった。この点も法改正で厳格化された雇用管理の大臣告示内容であるから、派遣契約にかかわりなく労働契約の期日までの契約履行を求められる。中途解約の場合の残った期間は何ヵ月だろうがすべて休業保障(100%保障が妥当)が必要となる。特に期間契約であれば30日前の予告や予告手当の制度自体の対象外(労契法)であるから、横暴な派遣先への有期労働契約の派遣労働者は派遣できない、それは一気に受注営業の足を引っ張ることとなる。
7.それは理屈の上では、終身雇用の派遣労働者の採用を強化しなければならないことになるが、キャリアアップ大臣告示と相まって、そういった技能や職種の長期的キャリア形成が必要としている。ところが、この長期的キャリア形成は至難の技、これを具体的に行う方法を実現することができれば、それは世紀発明! ニュービジネスでしかない。


★3.経済成長と経済の豊かさは現実のものにできる(経済学論文草稿)
日本には商品価値を生み出すための資産、公共インフラは、それなりに充実している。さまざまな理屈をつけて、取り壊しと建設をくり返さなくとも、メンテナンスやリニューアルで快適な環境のもとで、元の資産と公共インフラの活用を行うことができる。そのための労働能力の活用(投入)に切り替えれば、昨今の労働者のスクラップを進めなくとも、インバウンドや個人需要喚起による国内需要でもって、経済成長と経済の豊かさは現実のものにできる。例として=もう手遅れだが、国産材を使った純日本建築も、大工職人の枯渇と外材に比べて、国産材の「安かろう悪かろうの品質低下」に具体策が打てなかったがために絶滅危機状態ではある。元より品質は、建築にかかる労働能力の活用(投入)により100年単位の長期使用と快適住環境を確保できる商品である。この失敗に経済再生論理のヒントもある。労働能力の活用(投入)とは、全体の労働能力のうちの一部しか活用しない、「労働力」部分しか商品として流通(労働需給)させないことを止めて、各々の固有文化価値を商品化できるような労働能力全般を流通(労働需給)させるようにすれば良いのである。

¶日本には、その労働市場素養があったからこそ、
戦後経済構造には、ある程度の「科学的管理」を行うことによって、大工業化の高度経済成長及びその成長を周辺で支えた地域経済活性(地元中小企業)を果たすことができた。ところがそれが、1997年以後の非正規労働者の使用解禁により、労働能力の一部=「労働力」しか商品として扱わない=画一的規格品の生産増産を追求したものだから、利潤を生み出す労働(需要に応じた文化価値を生み出す労働)の投入を止めてしまって、=「安かろう悪かろう」の売れない商品の山を作ってしまったのである。
注1)ここでいう固有文化価値とは、高級な形式ばった芸術作品とかマニアックな芸当民芸品ではない。需要する人々が共同体で心身とも培った、「意欲、感動、希望」の三つがセットになった生産財・消費財のことである。その思想(観念)を物理的物質で具現的表現を行ったことで、最も確実に利潤を労働能力全般でもって創り出し、かつ商業流通させたからである。すなわち、意欲=スキル、感動=パフォーマンス、希望=アートの三つをセットにして、基盤となる生産財・日常生活消費財といった商品を創り出し~かつ流通させたのである。一芸に秀でなくとも需要者の思想(観念)に希望を与える物理的物質で具現的表現なのである。
注2)そして産業革命とは、こういった商品を大量に造り出すことを目指したが、同時に、希望=アートの抜けた紛い物:商品を、需要者に大量供給したのも事実である。→これが、マルクスが「資本論」などで分析した、「労働力投入のみによる商品」の説明となったわけである。だから、「労働力投入のみによる商品」は、文明基礎商品として、商品市場の中で大きな位置を占めてはいる。
注3)ところが、であるが、
  1.それ(衣食住の意欲)そのものは売惜しみでもしない限り利潤は見込めず、
  2.感動的装いで国家が買い取るとか国家政策に頼らなければ大量需要は見込めず、
  3.希望を抱いて需要者が貯蓄をしてまで買おうという品質は見込めないのは当然なのだ。
注4)そして、労働力のみを商品として流通させるには、労働密度や労働強度による価格(賃金)は異なるとしても、あくまで、「時間で計算」してしまう商品でしかないのである。それは
  イ)衣食住の生存意欲:程度を満たすための労働力商品であり、
  ロ)感動的装いを理屈で装飾した画一規格の労働力商品であり、
  ハ)最も自然に売れる利益率の高い商品(希望を抱かせる)は労働力のみでは創れないのである。
注5)そしてよく観てみると、「労働力」以上の労働全般によって商品が流通する」ことは、商品という経済形態が発明(550年程前)されて以来~今日までの基本原理なのである。日本では戦中戦後を通じて社会主義計画経済が官僚によって、公共事業や金融の護送船団方式によって進められたものだから、自由平等社会での商品や労働全般を誤解してしまったのである。そして今は、その日本経済の機構も、失われた10年の三度目の突入で崩壊してしまったのだ。

¶「選択と消費の美学」を、これこそが自由だと勘違い
している風潮である。人間の豊かさの根本にある思想(観念)の創造や構想、それを物理的物質で具現的表現した物、各々の異なった固有文化(思想:観念)価値の商業流通といった事柄にかかる自由が、眼中にない人が多い。選択したり消費したりの喜びばかりで、自主規制的枠内でアクセク過ごし歪みあい、積上げ蓄積して創造構想する喜びを知らない。そこには、本来の市場交換を担保する商業流通の動機や牽引力(希望を抱かせる商品要件)が抜け落ちる結果となっている。
そのため需要者は、時間的余裕、資金的余裕、知的余裕などを持っていない者が大半を占め、だからチャンス・金銭・生き方が貧困になるのである。貧困とは、いつの時代でもどんな時代でも、富裕との比較で貧しい状態を示す概念である、口先だけの理屈屋に惑わされてはならない。
非正規労働にしろ、労働条件が非正規に近づいていく正社員にしろ、労働力商品だけを買って貰おうとするから、
   A.昼夜働き、
   B.賃金単価は低く、
   C.生き方に知恵が無くなり、
おのずと余裕が持てなくなって貧困になるのである。A・B・C~の状態のままでは、高学歴でも、資格が在っても、結婚できでも、貧困から抜け出せるわけがない。
A~Cからの脱出を、具体的にはC→B→Aの順序で試みしかないのである、これは学術根拠のある経済学なのだ。貨幣蓄積で全面富裕になることは一生涯あり得ないことは守銭奴と資本投資家の実態事実から判明している経済学だ。ケイパビリティもそういう経済学説の一つなのである。
また、
   C.は知恵がないから富を騙し取られる、
   B.は学歴や資格は買いたたかれる、
   A.は時間の使い方が全般的に悪いから毎日が疲れ果ててしまう、
といった意味であり、これも経済学なのだ。
ICTの時代であり、ICT産業革命の真っただ中にある現代ならばこそ、非正規労働者の大多数の心情とは正反対の思考パターンを試してみることで、C→B→A順の脱出ヒントが与えられる、これは科学思想史であり認識論である(→宗教系を除く)。自己啓発本のほとんどが、素は科学思想史であり認識論であったが、ただのパクリの読みごこちのよい美辞麗句を加えたものだ。なおも気づかず目先に走り生きるだけでは、いわゆる哀れな「犬死」でしかない。

¶現代社会の人類到達点としての思考は、
「人徳を得て鬼畜にならずに済むには、先ず富を得なければならない。だがそれは、この世で叶うわけがなく、よって自由・平等の社会共同体を造り、それを維持するための法や民主主義制度を形成しよう」。
というものなのである。この基本を踏まえずに、「選択と消費の美学」ばかりに埋没するから、やはり何時までたっても這い上がれない。加えて、学歴が在ってもc生き方に知恵がなければ、感情を煽られ通常は、「世の中の大多数ルールを無視し同時に消費だけは人並みに実行する」といったアンダークラスの人に対して不正常感を抱き、その感情を他人にも煽ることとなるから、益々貧困であっても社会福祉が受けられる知恵も無くなりチャンスも遠ざかる。アンダークラスの人たちのことを、生活保護不正受給者、ニート、閉じこもり、心身障害などとの、表面的マスコミ言動を信用してしまって、自らが貧困にもかかわらず、アンダークラス攻撃する始末である、そういったことは飢餓、社会混乱、社会腐敗の歴史ですでに繰り返されるのであるが…。そして、その貧困なる「正常感覚!」信仰の持ち主は、「選択と消費の大多数ルールを守る者」として、行政機関からは、「問題をするに値しない感覚の持ち主」と見なされ、社会保障や社会福祉から排除されてしまうのである。生活保護以下の母子世帯、同じく老人の一人暮らしで排除されている人は多い。ただし、排除状態と言っても、貧困者本人の自発的意思による自主的結果としての排除であることは言うまでもない。市町村が収入面のみで把握する生活保護対象者のうち、不正受給者は0.4%(日本は極低の不正受給率)、生活保護受給者は2割程度が現状と言われている。

¶さて、勘の鋭いあなたは気づいたと思うが、
今の、あなたの個別企業とあなたの人間関係において、いったいどんな人が経済成長や経済豊かさをもたらしてくれるかに気づいただろう。そして、貧困問題が! 環境問題が! 自給自足農業生活! などと主張しても、創造性や構想力のない人物では他人を貧困に引きずりこむだけの要素が強いことも理解できただろう。すなわちあなたが、個別企業の経営者や上級幹部であったとしても、A・B・C:貧困から脱出するには、
   1段階 C→B→A順の脱出を試みられるステージに立つこと、
   2段階 そのステージの規模に関係なく社会ネットワーク的に活躍すること、
   3段階 よくよく注意し、無駄なエネルギーは使わないことなのである。
ことにステージを確保するには、大手企業や大手組織に所属するよりも、鶏口牛後=社会ネットワークが極めて重要である。集団で徒党を組もうとか・人目を優先させてしまうと、ICT産業革命の中ではカルト・セクトに自閉的に陥り、彼彼女らは排除されてしまう。集団化するには哲学が必要となり、旧来に流行した「労働力のみ商品を扱う労働政策論」とか「月並みな労働力学説」といった非現実的(イデオロギー化した)哲学に振り回されることが失敗を招き・多大なエネルギー損失をこむことになる。高齢者に年金生活者は、カルト・セクトに自閉的(高齢者ばかりの同士の付き合いなど)の陥らないような注意が必要だ。

¶あなたの個別企業や事業活動を伸ばす方法
1.労働集約型の個別企業では、アンダークラスに配慮する姿勢が人手不足解消を成功に導く。~それは貧困層男女に限らず、エリート層男女にも安心を与え、事業を安定させる。
2.世界経済環境を考慮すれば、30歳までの「ゆとり教育世代」が、1番の育成狙目である。
3.ゆとり教育とは、戦前アメリカで導入、戦後の米:経済成長を支えた「体験型教育」が元祖。
4.見下さない、本当のことに触れる、現実の話をする、との三姿勢で彼らは即戦力になる。
5.会議の思考習慣に、①物事を分類、②論理で説明、③仮説設定、これが知能を上げる。
………なぜ私が、ストレスチェック、派遣事業、同一労働同一賃金に興味がないのかは、これまでに述べた通りである。


・メンタルヘルスには、職場での疑い兆候発見が第一!
うつ病に代表される精神疾患の疑いは、次のシートで発見に努めることが先決である。初期症状の知識がないとか、「医者ではない!」といった不親切の雰囲気(安全配慮義務の不履行)が、精神疾患の多発や重篤を招いている。★合法不法問わず薬物中毒の発見にも役立っている。
厚生労働省が薦めるストレスチェックは、本省が示すとおり、あくまでもストレスに係るメンタルヘルス防止の機運を高めるためのムード作りである。また、調査票についても同じ趣旨のものであれば、内容についてこだわらないといっている。筆者は、このストレスチェックは単なる「感情を占い」程度の無意味なものとの認識であり、職場環境や人事の専門家からすれば、「オツボネ」に悪用されかねない代物と考えている。なお、ストレスチェックの監督署への実施報告は、50人以上の事業場となっており、調査票を配布したとの事柄だけ(回収不良で)差し支えない、そのことで、監督署が監督指導行うことは無いと本省は明言している。
当社のこのシートは、今日まで多くの企業で、「精神疾患の疑い」を発見してきた。それは、二週間以内の罹患でも効果があり、「何もなくてちょうどよかった!」の原則を徹底して、早期発見に効果があった。使い方は簡単で、管理職や監督職の関心が高い内容であることから、会議のときなどに当該シートを配布して、内容を読みあげておけば、直ちに使用できるものである。平成19年からの早期発見ツール。“発症2週間内発見”と“2週間内治癒”に効果があると好評。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/utsu.html


・中高年の、元気で長く働くチェックシート
今年6月に発表、疾病手前の脳虚血や心疾患などの兆候を発見、老化と勘違いした情報を医師に訴えるツール。高齢者の活用策として発表から一気に個別企業の関心が高い。もちろん働く本人にとっても、元気に長く働けることである。中高年のうつ症状は体調不良や脳虚血が原因で、その治療とともに消え去るケースも少なくない。
とりわけ、労働全般の能力を発揮して円滑に物事を進めること(これも、その地の文化的要素が強い労働)も、「労働力」程度しか発揮できない若年層に比べれば、やはり多くの高齢者は失敗や間違いが少ないのである。今や多くの個別企業が、教育や訓練をする余裕や資金を持ちえない中、元気な中高年の存在は貴重なのである。
そこでの関心事と合わせて、傷病の前段階である疾病の前触れ兆候をチェックできるものが当該シートである。なぜか未だに、疾病の前触れ兆候に医者や医学の関心が薄い、理由は官僚により保険医制度が厚労省フランチャイズ店舗に、変質させられてしまっているからだ。
このシートの使い方は、体調不良の訴えが多いシーズンごとに(できれば年4回)、一斉配布をして、職場の話題を巻き起こし、チェックシートを会社も管理監督者のだれもが回収しないことにコツがある。男女ともに更年期障害は1ヵ月余りで進行する。脳虚血による歩行障害や認知障害・言語障害は2ヵ月程度で顕著になる。だがこれらは早期発見することで1ヵ月以内に回復し、場合によっては兆候発見前よりも、精神・身体機能が改善するケースも数多く見られる。
当社で作成発表して2ヵ月余り、宣伝広告など全く行ってないが、活用企業からの連絡を集計すると5万人以上に配布され、重傷に至らず回復したとか、難病の早期発見で進行を食い止めているとの連絡が入っている。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/genki.html

2016/08/09

第172号:経済戦争で敗退し続ける日本、でも閉塞してはいない

<コンテンツ>
経済戦争で敗退し続ける日本
人物面での登用失敗が、経済の決定的失敗!
経済危機でも、衣食住にかかわる加工産業は旺盛
だぶついた金融資産が向かいつつある:太陽光発電への投資
   #そこには太陽光発電が広まらない主な原因が2つあった。
   #総じて、地域経済のエネルギーに関するインフラ整備には、
個別企業の経済崩壊を招く=危険な制度!
   ・ビッグデータの本質とは:
   ・マイナンバーの目標とは:
   ・安易なストレスチェック実施は、個別企業の組織崩壊に至る!


§経済戦争で敗退し続ける日本
今日ますます、日本の経済は落ち込み、民間経済は下降の一途である。
大手企業も海外進出をしたとしても好調であるはずがない。なので、利益確保のために、従来は中堅中小企業の分野であった産業や業種にまで進出せざるを得ず、大手企業の多くの事業開発といえば中堅中小企業の仕事を横取りするだけといった体たらく!である。
貧困層は増加しつづけ、生活のために売春などに走らざるを得ない青年男女は後を絶たない。シングルマザーの生活苦、大学生の奨学金返済、DVなどから避難の一人暮らしが、ブラック:バイトや売春を増加させている構造である。経済基盤である個々の家庭(時代の変遷とともに充実するべきでもの)が、それがまとまる社会共同体が、次々と破壊をされているのである。そう、経済の土台から崩れているのである。
昨年秋から官民ともに、民間の事業展開や内需経済発展を促そうとしない経済政策ばかりである。
次々と耳ざわりの良い「掛け声話」が、思いつきのように浮かび沈むだけである。持ち出す数字はカラクリばかりで具体策がなく、大きな話がすべて数年先着手の物語ばかりだ。だぶついている民間資金を誘発する仕組みにもなっていない。ただタックスイーター(税食い虫)が、その話に群がるばかりである。それもこれも選挙目当ての話ばかりで、とにかく実効性がない。加えてその中身は、ヒットラーや社会主義国の経済政策を真似したプロパガンダであって、万が一実現したならば、とてつもなく恐ろしい経済破壊体制なのである。
いわゆる地方は、小選挙区制議員の選出受け皿であるから、経済政策とは無縁にならざるを得ない。まして、経済政策の行政単位は都道府県である現行行政制度が存在するから、もとより国の政策システムと議員の活躍は、調和とか整合することにはならない。都市部では、本質がタックスイーター(税食い虫)である輩が、組織力とか掛声で国会議員になっている。そういった国会議員や業界団体や圧力団体の顔色をうかがって、持ち込まれた話に乗せられて、官民の官僚たちが政策を作っている姿が目白押しなのである。官僚主義者のいくら「頭脳明晰?」な頭を絞ってみたところで、官民ともに事業や政策が上滑りするのは当たり前である。
それをまた、狭視野の近視眼でもって政府発表するものだから、失敗の連続は必然なのである。論評する人たちも、それをネタに名前を売り込みたい一心であるから、どうしても論評の的がぼやけてしまう。これらに対しては、あまりにも非科学的であり非論理的であるから、まともな学者もアカデミックな学者も相手にはしない。とはいっても、しょせん学者に批判されても、彼らは無神経無学識だから理解できないのであるが、批判されなければ、ますます調子に乗る輩である。ただし、持ち上げてくれるマスコミやゴマすり記者(ジャーナリストではない)は大好きで、昼夜を問わず嫉妬深さを満喫し浸りきっている性格である。
要するに、巷のマスコミとかネットの情報を見たとしても、
個別企業の立て直しとか経済立て直しの論議が目的ではないから、惑わされることはあっても、役に立つことがないのである。例えば、戦後日本の株式市場を見るに、「日経新聞も読んでも儲からない」とのことわざと同じなのである。(日経新聞には実に文学部出身の記者が多い)。


§人物面での登用失敗が、経済の決定的失敗!
とにかく官民ともに官僚主義者たちは、「意見の合わない奴、肌の合わない奴」を徹底排除するものだから、経済活動は失敗するのが当然である。もとより経済活動は人間が行っていることであるから、それなりに適切な人間関係を形成することは当然のことであり、だからこそ参加者も多くなり英知も集まることになるのだ。それは、アカデミックな経済学者の固執する「経済合理性」であったとしても、「意見の合わない奴、肌の合わない奴」を徹底排除しておれば、もうそれはアカデミックな経済に至るまでもなく、もちろん略奪経済にも到達しない理念である。
民間や無名の人材、下野した逸材を登用しないばかりでなく、それが事実上の排除システムとなっているから、経済を動かす人物など離れていくばかりなのである。厚生労働省のストレスチェックは、今の代物では、それを加速させる制度である。官僚主義者のもとに寄ってくる輩は地位にあぐらをかきたい出世主義、姑息な拝金主義といったものばかりで、いつ何時に事業を潰されるか分からない下克上になっている。今時の学卒者は世間を見抜いて、次のような行動パターンが現われている。
#熱いだけのベンチャーに、有能人材は付いていかない。ことに女性は愛想をつかす。
#ブラック企業とは、ポエムで洗脳して、貧困の青年男女を働かせる。
#ヒラメに出世王、そいつ以上に有能な人物は育つわけがない、寄り付かない。
………いわゆる「ゆとり世代」は、このような見抜く力をもっている。
すなわち、物事を勘違いしているのが官僚主義であったり拝金主義というわけで、事業の成功はするわけがない。


§経済危機でも、衣食住にかかわる加工産業は旺盛
人間が“活きて”いく上では、「意欲・感動・希望」がセットになった商品を要する。
食欲などの意欲だけであれば人間は“生きる”だけで、感動による衝動買いをすれば空しさが残るだけだ。すなわち、その共同体ごとの固有文化に基づく価値としての希望の部分が内在されているからこそ、安定的に大きく売り上げを確保できるかどうかの商品のカギになるのである。そうでなければ投資損になり、不良債権が残る。
  http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/142
17世紀末のフランス市民革命は、資本主義の基礎を築いた時期であるが、今日にいう経済破綻の真っただ中であった。ルイ16世の財務大臣の娘であったスタール夫人は、「思想(観念)の流通は、あらゆる商業のうち最も確実に利益を生む」と革命の後に述べている。彼女はナポレオンの喧嘩友達であり、当時も哲学や経済学で活躍した人物なのだが、アカデミックな学者の顔をつぶすダントツ才能と優秀な論理展開であったから、随筆家に祭りあげられていた。だがその根本的な着想は後のフランスに大きな影響を与え、ドイツをしのぐ哲学とともにフランスの社会的経済的底力の支えとなり、現代フランスの経済圏に(その経済思考はアメリカやカナダへも伝播して)引き継がれている。…これらは、今なお日本に伝播していない部分が多い。
すなわち、スタール夫人の、「思想(観念)の流通」は、各共同体の特有の固有文化の流通となり、固有文化のこだわりとして商品流通の形をとっている。例えば、“コタツにミカンの光景”“天井から吊り下がる電燈”“素麺や餅”というのは日本独特の物で、「思想(観念)の流通」のなのである。
さて、長文論述になるから割愛するが、衣食住の固有文化商品ヒント一例をあげると、
日本料理が世界で有名(ブーム)になる本質は、次の通りである。
  http://soumubu1.blogspot.jp/2015/08/blog-post.html#08


§だぶついた金融資産が向かいつつある:太陽光発電への投資
先に述べた固有文化の商品を作り出す材料は、文明基礎商品といわれる原材料である。原材料に固有文化が内在されていくのである。
ただ、この文明基礎商品は、エネルギー、穀物などの食料品とその加工品、繊維素材、住宅建材といった物であるが、それはすべて「より良いものをより安く」との思想(観念)の基に社会的制約(売惜しみによる価格つり上げ)があるから、利潤率低下低減が正義とされるから利益は見込めないのである。それを無理をするから付加価値と称するも、その実は犯罪性や経済外的強制(=詐欺的行為・暴力・武力・洗脳など)を伴っているのである。
さて経済危機に至って、高い危険をはらむ株式投資、商品取引、マンション・不動産投資に替わって、太陽光発電への投資(利回り10%超え)が伸びている。国の電力政策での自然エネルギー買い取り制度に加え、発電設備機器の技術向上と製品輸入による値下がりによって、安全な投資対象となってきたのである。アベノミクスが破綻し続ける中で、すでに始まった円高基調から益々発電設備機器の値下がりが期待されるからでもある。確かに、金融商品よりも確実に安全である。原子力発電にかかる先行投資(税金)および通常発電コスト(電気料金)を合算し考えれば安価な太陽光電力であり、原発に比べ世論の下支えも確実だ。

#そこには太陽光発電が広まらない主な原因が2つあった。
①発電設備プラント設置の技術が未熟である。
太陽光発電設備の設置技術のほとんどが、平らもしくは傾斜20度までの土地に対する技術プランしか持ち合わせがない会社が圧倒的である。加えて、投資価格つり上げのためか、草木の根を抜いての宅地造成のようなものとなり、そうなると排水設備までを必要としてしまう。太陽光発電パネル自体は軽いものだが、架台まで軽くしてしまうものだから杭の引き抜き強度を増加させるとしてスクリュー型の杭まで使用する、だが引き抜き強度が激増するわけではない。山間部の傾斜地に設置する土木技術を持つ会社は希少である、加えて山頂などの岩盤がむき出した平地は日当も良いのだが、工事費は安いにもかかわらず岩盤基礎や架台設計の知識がないのである。とはいっても土木建築一般では、そういった土木技術や架台製造技術はすでに確立している、要するに業者の発見と技能者育成だけである。強いて障害となる課題は、大手施工業者の社員が陥る、即刻:設備増強・新型機材発注・安全率向上との名目で、太陽光発電機単体の価格つり上げを招いてしまうばかりのプロジェクトである。それは熟達した土木技術からすれば未熟そのもの、ちょっと困難があれば、まるで「絆創膏を張り、ギブスをはめて図体が膨張する」といった思考=技術史の欠落ばかりである。
②広大な遊休地が有っても、伝(つて)が無い。
コンパクトといえども低圧発電プラント(約1,000㎡)が1基では採算が合わない。遊休地が集合している地域で5~20基の見通しが立たなければ、事業として成り立たない。そこには、地元の名士:有力地主の地元の取りまとめがキーポイントになる。マンション・不動産投資のような一般消費者相手に網を打ったりネットを張ったりしても、投資家は探せたとしても、土地提供や設置場所の応募は無い。土地確保の切り札は金銭ではない。地元の名士:有力地主の家系が動くのは、地元の活性とか地元の再開発スケジュールである。具体的な地域経済のエネルギーに関するインフラ整備である。そこが欠けていれば、話すら聞いてくれない。そして、地域経済を支える名士:有力地主には数百年から千年以上の歴史があるから、金銭を積んだところで土地は売ってくれない。だから賃貸が無難となる。その昔は先々を考慮して、町や村の郵便局にしても、自動車販売会社にしても、地元の名士:有力地主の伝(つて)を頼ったのである。高圧送電線の直近用地の募集チラシを地元地権者は必ず見ている、だが見るだけで信用されていない。一般民家の高齢者を狙っての悪徳詐欺的商法が広まっているが、それでもって太陽光発電が敬遠されているわけではない。
……太陽光発電のブームというけれど、様々調査しインタビューしてみると①~②のところに、発展していない原因が存在する。発電プラント設置にかかる、プラン+プロジェクト+スケジュールに曖昧さが残っている形がはっきり見える。電力会社の意地悪だとか経済産業省の抑圧が、自然エネルギーの発展阻害だとうわさされているが、決してそうではないということは事実だった。

#総じて、地域経済のエネルギーに関するインフラ整備には、
低圧発電50kW未満のコンパクトなプラント(約1,000㎡)は、近隣さでもって有用と考えられる。50kW以上の高圧発電プラント(15,000㎡以上)は、広大な敷地ばかりか送電線まで電気を送る接続連継工事に億単位の費用がかかる。(長距離送電線は風圧や地震に対する安全係数が脅かされるから、危険性や事故を防ぐ補強工事を要するといった構図)。そう考えるとやはり、長距離送電は途中での送電ロスが大きいことから、コンパクトな発電設備が重要となってくる。さらに今後は都市ガスによる局所発電もコンパクト性からすれば可能性が期待もされる。ちなみに、発明家ワットが開発した蒸気機関とは、それまで鉱山採掘などで使用されていた大型蒸気機関を、町の工場にコンパクトに設置することができ、蒸気機関の船舶、蒸気機関車(軌道での牽引のための動力車)にまでのコンパクトさを追求したエネルギー商品だったのである。
そして、蒸気機関のエネルギー伝達の道具が、ベルト(#バンド:ベルトは有名な商品名)であった。電気は電線や諸設備とともに、エネルギーでもあり動力伝達道具でもある。電気は次々と分散化され電池に至り、小電力や送電ロス低減へと更に向かいつつある。
これと違って、住宅の屋根に取り付ける太陽光発電パネルは、「思想(観念)の流通」の文化商品としてとらえざるを得ず、投資利回りは期待できず、経済的採算さえも危ぶまれる。シカゴ大学の経済研究によると、アメリカでは太陽光パネルのほとんどは道路に面して設置をされており、日陰になっている設置パネルも多いとのことだ。それは、日当りや日陰などによる発電量を考慮していない物が多いと報告している、すなわち設置した個人の、「意欲・感動・希望」がセットになった商品満足なのである。


§個別企業の経済崩壊を招く=危険な制度!
マイナンバー/ストレスチェック/ビックデータの理念
この三つの制度に共通することは、いずれも民間の情報関連産業(複数企業)が推進し、IT産業の柱にもかかわらず、そのデータの収集・保管といった煩雑かつ経費のかかる部分は、利用する側の個別企業での負担を強いられているところである。先ほど述べた、「意欲・感動・希望」がセットになった固有文化価値を内在した商品、その定着の先駆的なフランス(その経済思考はアメリカやカナダへと伝播)と合わせての着想を、これら三つの「危険な制度!」の背景として考え合わせることを推奨する。

¶ビッグデータの本質とは:
短絡的に物事の方針を具体化する裏付け資料の領域を超えない情報にすぎない。
例えば、日本の土地登記の公図は所有権を表したものであり、市町村税務課の保有する公図とは固定資産税のためのものである。この2つは情報交換を行っているとはいえ、土地の広さ、土地の方位、隣接地その他が同一ではない。その理由は土地登記が明治になって字(あざ)を設定し、持主と持主居住屋敷を特定するだけの目的であったし、市町村税務課は固定資産税徴収のためだけであったからである。もちろん土地の広さも実測値とは異なっている。すなわち、目的別に客観的合理的データを収集する科学思想においては、いくらよく似たデータであっても整合して判断しえない結果となるのである。ここに導かれた結果に対する誤解や偏見が頻発する余地がある。また、十進法での数値が同じだとしても、その事実は事実関係を構成しない。だから、事実の有無で結論をつけるのは子供だましなのである。
本来的には、いくつかの客観的合理的データを集合させたところで情報断絶の姿でしかあり得ないこととなる。有機的はおろか無機的にも集合していないのである。ことさら事業営業では有機的結びつきが決定的な情報となるのは当然だから、これでは使い物にならない。
所詮、客観的合理的に物事を見る方法は、その方法を会得する人物を大量に教育育成することができるから、過去の物事を分析するに効果(裁判所の審理方式など)はあるが、それは創造性の分野とは異なる能力でしかない。むしろ、実際に個別科学史の展開においては、客観的合理的な論理構成の上に新発見が存在したわけではない。その個別科学技術史では人間の合理的思考の特徴や傾向をみるという作業の要素が強い。
そういった事だから、ビッグデータは、戦前のドイツや日本の、似非科学に名を借りた幻想程度の役割しか果たさないのである。医療における活用であれば、個々人の生活参加の障害(疾病概念)を取り除く、基本的かつ極めて安価な薬品・ビタミン・食品類の合理的思考の特徴や傾向を、症状段階的に観ていくことでの治療が重視されつつある中で、ビッグデータは単なる傷病名定義とか高価格特効薬の開発に偏重しているばかりである。従来からの安価な薬品・ビタミン・食品類の活用に向けたビックデータといったものに対して、薬品メーカーは気乗りしない様子だし、厚生労働省は一切予算を付けない。おそらくそういった薬品メーカーや厚生労働省の思惑はビックデータでは実現しないと思われる。
すなわち、マイナンバーも、民間のポイントカードも、免許証も、クレジットカードも、くっつければ便利?になるわけがないのである。むしろ、ICT技術が進化するほどに、「統合しない方が便利になる!」といった方向こそが、科学史からすれば真っ当な判断なのである。
よって、一見したところの客観的合理的な単独事実(物事を輪切りにしたような論理で四次元五次元展開しない)に騙されてはいけない。

¶マイナンバーの目標とは:
今述べたようなビックデータの本質にマイナンバーは一切触れない。すでに個々人には、税務に関する番号、社会保険に関する番号、雇用に関する番号(ただし事業主個人にはない)、その他民間の物も加えれば、ありとあらゆる番号がついている。それぞれの目的を遂行するには、現在ある番号だけで十分であり、社会保険や雇用保険はマイナンバーに非積極的である。
市町村にあっては各の財政状況があるから、各の市町村で対策を行っている。その肝とは、実際に居住している住民サービスと住民納税であり、かつ反面、住民税取り立てによる貧困の誘発を招いてはいけないのである。市町村は、あくまで地方自治体であり、いわゆる住民サービスに責任を持つ地方団体であるから、住民の所得情報を取りまとめて逐一税務署に通知しなければならない法律とは、根本的に矛盾をきたす。すなわち、年収500万円までの者の源泉徴収票は税務署には企業からは提出されないのだが、市町村が世帯ごとにまとめた収入情報が国税:所得税に関係すれば通報しなければならないとの仕事を法律で負わされているのである。すなわち、現在でも世帯ごとの収入把握とか副収入などを市町村は把握できるが、市町村は住民にとっては必要だと思っていないから、把握しない(非課税)としているのだ。
ちなみに、話題の生活保護の不正受給も、生活保護世帯数想定計算数の0.4%程度の不正受給者割合であるから、行政遂行上では極めて少ない不正受給件数なのである、他国と比べれば日本自慢の不正率の低さかもしれない。(ちなみに、ホームレスや生活保護者は大阪市などに集中させる政策を国が採り、大阪市などへの交付金で補てんしている)。
それを、国税:所得税の徴税漏れをなんとかしたい国税庁(税務署)だけが、マイナンバーに躍起になっているにすぎない。ここに、マイナンバーが進展しない制度的欠陥が存在する。市町村も圧倒的に面従腹背の姿勢をとっているのも当然である。もとより、不公平税制だと不満をもっている人、徴税作業に不公平があるのだから、国税庁(税務署)の徴収漏れに理解を示す人は少ない。
まして、所得税にかかるマイナンバーを扱う個別企業においては、安全管理措置の完遂に自信がなければ、マイナンバー収集は個人情報保護法違反となる。マイナンバーの提出は本人同意を必要とするが、認知症の扶養家族、扶養する16歳未満の子からは同意がとれない。だから法律上回収できない、法律上の義務でもないことを社員に強いれば、強要罪となる。加えて、マイナンバーの法律では、家族の個人番号を収集保管することは出来ても、他人に提供することはできない。家族間であっても窃盗罪は成立する!にもかかわらず、この疑問に国税庁は昨年9月から未だ答える素振りを見せていない。
すなわち、マイナンバーでもってビックデータの夢を語る人がいるが、そんなものはマイナンバーの目標には入っていない。

¶安易なストレスチェック実施は、個別企業の組織崩壊に至る!
安全衛生法の求めるところは、ストレスチェックの調査票だけを配って、ストレスに配慮する機運を盛り上げるだけでよい。調査票を回収することもなければ、集団分析をすることもない。
良きにつけ悪しきにつけ、現状の組織運営には集団の責任者が必要であるから、その責任者を単なるデータだけで排斥機運を高めては、その中間管理職の退職に結びつく。その中間管理職の問題点や業績の悪さはストレスチェックをするまでもなく、とっくに個別企業では把握していることであり、その改善や具体的措置も大方の認識はされている。(認識されているからこそ、配慮義務や措置義務が実行されなかったとして会社が裁判に負けるといった図式である)。
安全衛生法では、50人以上の事業場でのストレスチェック報告義務は定めているが、配布しただけの報告でもさしつかえない。厚生労働省もストレスチェックの報告でもって是正指導に入ることがないと言っている。「ストレスチェックは大変だから実施しなくては!」と力説するのは、実施業者と社会保険労務士の一部だけである。産業医の多くは、このような曖昧かつ安易な調査票で医学的判断を下すこと自体に煩わしさを感じている。すなわち、厚生労働省の示す調査票モデルは、それなりに確立された代物とはいえないからなのだ。厚生労働省も必ずしもこの調査票で実施せよとは言っていない。すなわち、国の官僚が決めるストレスの定義、ひょっとすれば公務員にのみ通用するストレス基準かもしれないのに、どうして民間の個別企業とか個人が、(不正確にも)精神疾患だとの噂の根拠を作らなければならないか?といった危険でもあるのだ。
①確かに、同僚や集団の仕事のじゃまをする、協調性のなさや規律性のなさは存在するが、それは正常な精神の持ち主でも在りうることで、個別企業は、それに対する対策をとればよいのである(協調性規律性チェック)。
  http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/kyochosei.html
②通常、ルーチンワーク(マニュアルや標準書)とか、定型的頭脳労働(仮称:脳みそ筋肉労働かも?)といったものは、質・量・スピードを調整すれば、精神疾患に陥ることは極めて少ないといわれている。だが、企画立案、営業販売、プロジェクト、プラント設置などといった仕事ではクリエイティブさを要する。クリエイティブな仕事に没頭している時点は「うつ状態」に陥っていると脳科学の世界では言われているが、その仕事から離れると正常に戻るから疾病や傷病ではないのである。そう、仕事中に、このストレスチェックすればうつ病の判定が出る!
……この①~②の基本的なことすら、日本の企業の中では認識されていないから、実施をすれば精神疾患の噂を助長するだけの弊害しか生まれそうにない。職場ごとのチームワークは乱れる基となり、能力であっても突然に中間管理職排斥されれば崩壊する。とりわけ、職業能力がないために保身を計る、「お局」とか「高齢男女」が、ストレスチェックによる有能者排斥を試みる可能性が広まる。
どうしても今の日本の現状では、風変わりな人物を排斥し続け、異文化異習慣を排斥するものだから、個別企業の経営は閉鎖的かつ沈滞し、業績に対する組織や人間関係の維持経費がかさむことにより、累積赤字増長を招くのである。ストレスチェックも、個別企業にとっては、短絡的ビックデータであるが、今日まで培ってきた有機的な、貴方の会社の人間集団を崩壊させることになるのだ。
ここでもまるで、ヒットラーや社会主義国の思想調査や気持ち(精神)の統制が行われることになる。今も昔も、官僚主義者は、いつも民間を支配したがる。

2016/07/05

第171号:グロテスク!の火の粉を掃う

<コンテンツ>
「グロテスクの火の粉」を掃う!
EU=離脱や危機の本質を見抜く要素とは!
【その本質】そんなに便利なら、誰でも見られるマイナンバーとかに!
高齢でも、元気に長く働くチェックシート(中高年雇用対策)
=書籍紹介=『ヤバすぎる経済学』スティーブン・D・レビット他著 東洋経済新報社


§「グロテスクの火の粉」を掃う!
尊厳ある生き方、誇りを持てる経営と管理。その有無は自由社会か監視社会かのいずれかで分岐路のごとく別れる。アレコレと理屈をならべたとしても、物質で飼育され、そのコントロールの意思の範囲のままに動かされる。そこに、人類の英知は活かされようとはしない、むしろ無自覚に無意識のうちに日々年月を過ごしている人たち。人類の英知の源は、ひとえに「勇気と愛」であり、「意欲・感動・希望」を持って生きる道に因るものなのである。ある意味=人目を気にするのは監視社会であり、今や「自由の拡大」を望んで参加したSNSは、官僚主義者の監視や誘導の道具にされそうである。監視が激しくなるとグロテスクばかりがもてはやされ、商品や労働までが希望を捨て、グロテスクを代替にして、生活・経済・社会までが誤魔化されそうになっていく。だが、やはりグロテスクの需要は本質的に希薄だ。
グロテスクは抑圧、疎外、刹那、劣悪などにさいなまれた末に着想される精神作用と言われている。一生を骨折り仕事で雇われ、心身のエネルギーを出し尽くすことを要求された末の生き方にグロテスクがはびこるのである。グロテスクによりチャンスを活かす力量は萎えて行き、予め希望が失われていることも少なくない。さらに物事は、グロテスクの火の粉によって、「意欲・感動・希望」ではなく、「意欲・感動・グロテスク」へと汚染をされている。下品愚劣な冗談は物事の核心を覆い隠す。アイディアや企画が狡猾さで満ちている。戯れや芸事を自らの優位さを見せつける目的に使い、愛情に水を差すオヤジギャグは生涯絶えない。……だからこそ、周囲は義理で嘲笑?して場を取り繕うが、誰もが身を引いてしまうのである。監視されながらの資金(報酬)を積まれても、労働能力を発揮したくなくなるとの結果は経営の定石である。一流能力のある人物だからこそグロテスクには協力しないし、無能な者ほど官僚主義の中でグロテスクを用いて「出世」しようとする。

★1 経済活動や経済政策が金融化に走るのは、実体経済の停滞によって通貨が現実資本の動きを喪失した結果、新たな収益を有価証券その他の金融資産に求めることに起因した現象にすぎない。すなわち、金融の役割を「意欲・感動・希望」の道で果たしてきたところを、「意欲・感動・グロテスク」と価値を食いつぶす道筋となっているのだ。それは産業一般の萎縮を引き起こし、今や金融業界のリストラ的崩壊までも招こうとしている。一方、日本の第三次産業は「意欲・感動・希望」の道であれば、まだまだ経営手腕を発揮できるのであり、円高経済になればサービス業の株価は上昇する、だが大手金融の官僚たちはその道を歩むことはない。

★2 日本国民:約5500万世帯のうち2400万(住民税非課税)世帯が「臨時福祉給付金」を受給していても、日本人の9割は自らを中間層だと錯覚している。この現象にも現れているように、多くの日本人は、周囲と比べて平凡な境遇のみの満足にしか夢を持てないでいる。貧困・無知な人物にメリット:デメリットを説いたとしても、さらに選択等決断を迫ればグロテスクに至るだけである。「今朝の意欲、ほっとしたときの感動、明日への希望」を仕事や日常生活に織り込むことで、誰もが価値生産に寄与し実体経済を(立て直すのではなく)一気に伸ばすことができる。それは、まず個人の尽力、個別企業での尽力により、「希望を求める・手に入れる活動から!」である。
それこそが自由そのものであり、自由が在るから努力が実る。商品価値でのグロテスクは命取りになる。今、日本に蔓延しかかっている物はナショナリズムでもなく、ファシズムでもなく、ただ単にグロテスクである。
だから誰もが、心や気持・身体に降りかかる「グロテスクの火の粉」を掃う!掃わなければ燃え尽きている。


§EU=離脱や危機の本質を見抜く要素とは!
日本のマスコミの報道しないEU要素、研究が未熟なEUの歴史などについて、少しでも把握が出来ていれば、連日報道されるEU離脱問題やEU危機との名目で、そこまで煽られるコトは無い。すなわち、経済のみならず社会学や経営学問の裏付けでもって、不安をあおられることがないのである。そのいくつかの要素を披露すると…。
1.現在のEUの成り立ちをひも解くと、「反ファシズム」の社会体制が原点である。
2.ヒットラーらの借金経済に対抗した交易経済の1930年代の構想が基本である。
3.反ファシズムのレジスタンス運動だったから、命がけで実践する個人や家族である。
4.キリスト教の原点精神思考の個人や家族が主体だから、移民や人種の差別を禁じる。
5.EU統合時に、上記のような大論争をヨーロッパは済ませている(日本国内では皆無)。
6.英国が手引して、米英金融の負債膨張でEUが経済発展しないとの認識が強い。
7.27ヵ国のうち、結束が弱いとか貧富格差の激しい国を引き入れたのは英国である。
……読んでいただいて、EUについての認識は変化しましたか?
わざと作られた移民問題、EU債務や不良債権、残留派を支持する中高年の親世代は反ファシズムのレジスタンス運動の世代であることなどを考えると、日本マスコミ報道に右往左往することはなくなるのである。ひょっとすれば、「米英金融と連れ立って、ヨーロッパに進出しようと姑息に考えた人たちが、根っからのEU主要国からパージされた!そんな演出にも気づいていない」といったところかもしれないのだ。
マスコミなどの世論誘導は激しい。そのなかで数百年の伝統に培われた人物や企業は、EU問題でも中国問題でも、見事にヘマを打つことはなかった。


§【その本質】そんなに便利なら、誰でも見られるマイナンバーとかに!
(本質に迫るために、この記事はイロニー問答の形式で表現しています)
マイナンバーが、そんなに便利ならば、政府が推薦するエストニア(人口130万人の国)のように、姓名と同じくマイナンバーをオープンにして、誰もが個人情報を相互に監視できるようにすれば良い。自己紹介も省略でき、収入・納税、病歴や生活習慣までもが、相互に誰でも見られるから「便利!」である。ストーカー、詐欺師、販売営業マンにとっては魅力的な規制緩和制度である。
ICTにまで発展したインターネットは、最初、「自由と発展」の道具の筈だった。それが、何時の間にやら、他人の監視と行為誘導の道具に使われている。ソーシャルメディアでは「自由の拡大」を広げるばかりだった筈が、相互監視と支配者権力の監視に使われている。そう、自由と民主主義を望んでも、暴露されたNSA(アメリカ国家安全保障局)の実態からすれば、PCやスマホを通して個人データは企業と政府機関の間を往来するようになった。マイナンバーやスマホでの個人情報を追跡集積することで、内心の自由(内心で考えていることを言わなくてもよい権利)は脅かされ、結果化データで貴方への誤解や偏見がはびこり、人間の尊厳は脅かされる。(「表現の自由」の原型は「内心の自由」である)。
さてさて、こうして自由社会から監視社会の第一歩に足を踏み入れた貴方は、周囲に保護される立場となり自由は縮む。だがしかし、その人生はビックデータなどの平凡な目標尺度で評価されるから、満足度を味わうことが出来る人は増加するという訳だ。人生の夢や希望も、それに付き物の落胆や挫折も、お恵み深い親切な人たちが監視していてくれるから、そんなにリスクを背負わなくても生きていける。そう、そんな人生を送りたいキーポイントは、やはりマイナンバーが誰にでも(次々流出もして)知られることである。
税金徴収と社会保障付与の為のマイナンバーでは、恵みを授かる監視社会は醸成されないのだ。
(注意!)
マイナンバー法には、会社が扱う義務や権利はない。マイナンバー任意制度だから同意が必要、なので届出拒否者、16歳未満、認知症の人から合法的には回収する方法はない。社内の安全管理体制が不備と知りながら回収すれば、こちらは個人情報保護法違反となり、マイナンバー法違反にもなる。恐いのは漏れたときの高額の損害賠償の方だ。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/mynum.html


§高齢でも、元気に長く働くチェックシート(中高年雇用対策)
中高年でも活躍したい!ことを望むのは誰しもである。男性も女性も、職場でも家庭でも、健康かつ意欲的に活動したいとの希望があり、とりわけ日本経済の再構築のためには不可欠である。個別企業でも、高年齢女性や男性を戦力としたサービス業は発展し、日本ではまだまだ成長する余地が残っている。ほぼ未熟練労働力を若いからとの理由で集め→マニュアルとかで“通りいっぺん”の商品を作っていても、誰も・どこの国も買ってくれるわけがない。それは家族でも“通りいっぺん”では形成できるわけがないし、家庭生活と労働が有機的に両立してこそ労働能力が向上発揮される社会システムに移行しつつある。
ところが、体調不良や気がかり、その病気の前兆&そのまたサインをチェックするシートを誰も作らなかったのが現状だ。そこで、我々はその「元気に長く働くチェックシート」を作成した。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/genki.html
見ていただいたとおり、早ければ50歳を過ぎたあたりからの、男性・女性の変調の前兆サインを並べたものである。脳や心臓に関係する“虚血・血管疾患”とか、男女ともの更年期障害、そしてチェックシートをもとに医療機関を「探し求める」と有効な予防治療が向けられるわけだ。こういった症状に対しての治療や投薬のメドはついている。その、「探し求める」という意味は、町や村の研究熱心な医師を通じて、患者と医師が共同研究:追跡をするという方向である。ラッキーな場合は、発見困難な“すい臓がん”、重篤な“肺がん”“脳腫瘍”までも気づく可能性があるのだ。
にもかかわらず、大病院や救急病院の脳外科や神経内科では、血栓、脳出血、誤診の余地がない典型症状が確認出来ない限り、予備的な物も含めて治療を行わないのが現実だ。心臓疾患においても、ほぼ同様の現状であり、エビデンスと称する検査結果がない限り、緊急救急救命を除いて治療を希望するのは難しい。厚生労働省の医療保険フランチャイズチェーン化してしまった日本の医療体制・システムは、今やそのように変質してしまっている。有名だからと言って大病院が対応治療すると期待するのは幻想である。個々の医師が努力をしてもメジャーな治療方法に加えられることがないほどに厚生行政も官僚が仕切っているのである。
だから、患者と医師が努力をして共同研究:追跡~、すなわち患者の立場からすれば、「私が病気を予防や治療をする方向に導いてくれる医師」が重要のである。したがって、このシートの結果でもって、近所の町医者をあたってみるしかない。意外なところは、
☆脳梗塞や脳虚血は“めまい専門の耳鼻科”、
☆心臓などといった循環器は総合内科、
☆更年期障害の男は泌尿器科、女は産婦人科といったところである。
すなわち、医師養成の診療科目ごとの研究が進んでいても、疾病現象の横断的研究が手つかずである。これこそが、「患者が一刻も早く生活に参加できるように!」との患者の立場に立った医療ではない行政方針による弊害である。とにかく、先ず病名確定(元来、疾病は病名で区分出来ない)し→高額医療保険治療をし→病院の建物・設備と薬剤特権に寄り添っている間は、厚生官僚の定めた老いや病名で以って、お恵み深く保護されるしかない。だから、そんな厚生官僚システムに沿っての自由診療制度などもっての外である。それは、歯科医師が口腔周辺の癌とか全身の感染症を発見している事例も少なくないことに現れている。また、「痛風を味わった医師でなければ、痛風と骨折の区別がつかない」と揶揄されているのである。

★ついでに、ヤブ医者についての説明!
現代の圧倒的多数の「ヤブ医者」とは、サプリメント系悪徳業者、祈祷系啓発系サークルなどといった物である。医療機関とは別名称を使っているから見破りにくい。確かに厚生労働省がビタミン剤などの保険適用を厳しく制限していることから、市販薬とかサプリメントを活用すれば治療効果は進むのは事実だ。一部の医師はビタミン剤の直接販売もしているが、そういった事例は少ない。したがって、我々はサプリメントを活用するのであるが、医学・医療の知識(予防段階、発病段階、慢性段階の見極め)ならびに医薬品ごとの効果と相殺作用そして薬品使用方法(服用時間帯、水や湯などの溶解方法、食材適合など)は不可欠のである。要するに、個々人ごとに生活状況に合わせ、サプリメントの効果を確かめながら、個々に活用ノウハウを蓄積することが重要なのだ。ところが、要するに「ヤブ医者」概念という輩は、売りつけるための誇大説明、必要以上の大量投与、より効果のあるサプリメントの否定、治療よりも人間関係とか“しがらみ”を優先といった目的なのである。残念ながら、個別企業:総務人事部門とか保健所その他医療福祉機関で対策を実施しない限り、精神(フィーリング、スピリッツ)のせいだとか、同僚とのしがらみ薬服用、といったような「ヤブ医者」概念が蔓延してしまうのである、それは近代の歴史から現在においても、一般人や未開人の無知に乗じて繰り返されている。
これは、以前に作成している、物「うつ病:早期発見・緊急措置シート」と同様に、
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/utsu.html
多くの企業の要望により作成したものである。うつ病対策では、本当に多数の企業において、メンタルヘルスの初動とか安全配慮を具体的に実行する道具として活用されるようになった。だが、未だ、こういったチェックシートが医療や福祉部門からは提供されていない。一説によると、圧倒的多くの医師が臨床といって、病院などに訪れた者だけを患者として扱って、実際の労働現場に踏み入れることがないので、専門家医師といっても把握のしようがないという説だ。だが真相は違う、法的責任、医療責任、人事管理責任の狭間に無為無策の三角地帯のできていることに、(各々専門家の意地が邪魔をして)対策が打てていないだけのことである。最近の厚生労働省は、医療費削減を目的に公衆衛生に力を入れ始めたのだが、そこでの枝葉の方策として、「医療機関は地域周辺全体の健康に目を向けること。来院する患者ばかりに焦点を当てない」ことを、やっと医療関係者セミナーで講演し始めたくらいである。したがって、今回の「元気に長く働くチェックシート」も、筆者周辺では急速に個別企業や一般家庭で広まりつつあるが、しばらくの間は首を長くして、医療や福祉部門からの#お気軽チェックシート#の開発を祈るだけである。
なおこの「元気に長く働くチェックシート」は、少なくない典型事例~病気の前兆&そのまたサイン、その後の発病や回復、治療不能で改善のみと宣告、その他(労働末端や生活現場から)の疾病状況を収集し、それなりに医師やWEBサイトで確認を進めた作業からのチェック項目である。「何かおかしい!」と自覚する間は、「通常の生活」参加を求めて行動し続けることが健康には重要だ。「通常の生活」と言うのは、子供の頃からとか長年の症状が他人にも共通する物だと誤認しているだけで、明らかに狭心症や脳虚血の自覚ができない生活は、異常であるという意味である。「年齢のせいかと思っていても、同僚や年上の人の症状出ていない?」といったことを、職場で自覚してもらうことが大切なのである。
狭心症の痛みは歯、頭痛、腕にも現れるし、加齢により頭がボーっとしたり急激な記憶低下は発生しないのである。


=書籍紹介=『ヤバすぎる経済学』スティーブン・D・レビット他著 東洋経済新報社
著者は、さもシカゴ大学に多そうな経済学者であり、共和主義的視点である。個別企業の経営にも視野を置いた経済を論じ、評論家タイプではなく、リアルな参加型学説を展開する。筆者が選ぶ、そのいくつかの要点は次の通り。
1.著者がつかんだ、行動経済学の立役者:ダニエル・カールマン(心理学者)インタビューの記述。行動経済学が何たるか焦点を当てた分析として。
イ)スキャンダル公表を先延ばしにすると、結果は悲惨となるが、先の話は思い浮かばない。
ロ)お金をかけずに人の行動を変えるには、文脈にちょっとひねりを加え、「他の人たちがちゃんと税金を払っていると思わせることができれば、人がちゃんと税金を払うようになりやすい」という風に。
ハ)「人が幸せを感じる可能性がとても高いのは、自分の好きな人と長い時間を過ごしているとき」
ニ)一方、「人が満足だと感じる可能性がとても高いのは、平凡な目標を成し遂げたとき」、例えば安定した結婚生活。
ホ)他人に物事を説明するには、「考えの中身と、考える仕組みを分けて、考える」方法を用いる。
ヘ)自己意識が強ければ、周りの人の態度に差別を感じる。安定した環境で、よく知っている人達とやりとりしていると自己意識は弱まる。
2.地産地消とか自家製よりも、食事内容を赤身肉や乳製品から鳥、魚、卵、野菜中心の食事に変更するだけで、温暖化ガスを大幅に削減できる。専門化した方が効率が上がる。ビニール包装や包装を工夫することで、食事の腐敗:廃棄が激減する。
3.銀行が破産したほどの横領事件の犯人は、刑務所釈放後に、銀行の監督官庁に勤め、使い込みを見破る手助けをした。単純で効果が大きい方法は、休みを取っていない従業員を探すことだった。(日本でもよく似た事件が最近ありました)。
4.貧しいお客が多い店は、だいたいサービスが酷いことになっている。
5.飛行機便で、アマルティア・センという経済学者と隣り合わせになったが、彼は自分を哲学者だと自己紹介した。
6.「小さいサカナを捕えるのばかりやってると、時間がなくなって-あるいは技を磨いたりしのぐことを学んだり出来なくて-大きなサカナはついぞ捕まえられなくなる。健闘を祈ってるよ」
……といった具合だ。ただし、ここに短く表現出来ない物が数多いので、是非とも購読を。公立図書館に問い合わせても、この本は貸し出し予約が詰まっているそうだ。
『ヤバすぎる経済学』
http://store.toyokeizai.net/books/9784492314777/

2016/06/07

第170号:日本経済の、描かれた危機的様相とは何!

<コンテンツ>
唯一日本だけが経済危機の様相!
信用経済の「からくり」から脱却した経営管理
固有文化価値商品を作る労働の視点
固有文化の価値に鋭いのは女、鈍いのが男
   ・したがって、女性の活用に成功を
   ・その女性の社会進出を阻害する要因
   ・悪い例示は、これだ!(官僚が好みそうな稚拙報告)
   ・固有文化の価値商品を提供する個別企業では


§唯一日本だけが経済危機の様相!
G7伊勢志摩サミットにおいて、「リーマンショック前夜?」と日本政府は訴えたが、議長国にもかかわらず、採択されなかった。議長国の威厳が無視されるほどに、日本は没落しているのである。これについて、マスコミは、“消費税の先延ばし”と報道しているが、日本の経済危機の実態への目くらましである。日本の経済危機と日本政府(官僚)流の打開策に、各国が協力しない!となった決議が本質である。次々と金融機関は経営難に陥っており、投資銀行は大幅な人員削減に入っている。金融ショックを避けるための名目経済成長は金融施策のカラクリで高値雰囲気を描いているが、実態経済はマイナス・経済豊かさは極度に貧している。
あれだけ騒がれたTPPも関連法案が国会で先送りとなり、主要加盟国?の各国議会での批准も危うくなっている。世界経済の今年に入ってからの急展開と各国経済政策の急旋回に付いて行けないのが官僚主義者たちの姿である。マイナンバー制度も世界の過去事例に固執するばかりの官僚主義者たちの常套策であり、民間経済の足を引っ張る。参議院選挙に向けて官僚主義者らは彼らは無策である。
そう!その、官僚主義者とは公務員ばかりでなく、大手企業のサラリーマン経営者と子飼いたちが含まれる。しかしながら、少なからずの個別企業や個人生活には、明るい兆しと新たな経済秩序への一歩が始まっている。
そういった個別企業と共に明るく! あなたも歩もう! 人生は1回だ!


§信用経済の「からくり」から脱却した経営管理
を進めている個別企業や個人に共通するものは、前述した明るい兆しと新たな経済秩序への対応が存在していることである。すなわち、銀行借入金や利回り資本に依存しないでの商品開発や経営管理の体制なのである。やはり、
1.よりよい物をより安く、といった幻のような固定観念は無い。
2.文明基礎商品といわれる製品を労働力で作ることに固執しない。
3.「物」を売るのではなく、希望ある「コト」を売っている。
…そこには、働く上での空しさや、労働による疎外感の発生する度合いが極めて少ないのである。
これを新しいビジネスモデルと称する評論家や学者が存在するが、信用経済が支配的になる以前は、これが経済活動の主流であった。そういった評論家や学者たちが知らないだけである。
すなわち、戦後の信用経済を成長させたことで、
「借金をして物を手に入れ、買った物に飽きがきて、空しく返済の日々を送る」
といった様相が一般的結末であった。幻をあおられ、通貨で価値を計られるものだから、発展途上や衣食住欠乏状態からの脱出をすれば、空しさがまとわりつく傾向の商品価値ばかりある。
これら(1~3)を、固有文化価値商品というのである。
経済学の歴史において、社会学の歴史において、これら固有文化価値商品といった概念は、19世紀から現れている。筆者の知る限り、フランスのナポレオンの時代にスタール夫人が、「思想(観念)の流通は、あらゆる商業のうち、最も確実に利益を生む」と述べている。しかしながら固有文化価値の論理は、各国の官僚主導型学術研究においては、官僚の保身につながらないために徹底して排除されていたのも事実だ。これら固有文化価値商品は、科学技術の下支えで大きく成長する性格をもっているが、銀行借入金や利回り資本を排除してでも供給・販売・流通するものだから、信用経済に寄生して利ざやを当てにしている人にとっては、はなはだ不機嫌・危険なビジネスモデルなのである。
信用経済が崩壊し、新たな経済システムが約100年ぶりに構築される時代には、何が新しいビジネスモデルで、何が浮ついたビジネス幻想なのかを見極める必要がある。


§固有文化価値商品を作る労働の視点
経営または経営管理において、労働に対する視点は極めて重要である。文明基礎商品や信用経済の枠に思考がはめられていると、労働力(労働と労働力は異なる)の安値買い取りばかりに目が注がれてしまって、肝心の商品づくりや商品供給に失敗を引き起こす。徹底して失敗の連続を重ねたのは、日本の高度経済成長が破綻した後に繰り返された経済経験や経済学の塗り直しであった。
もの作りに関するイノベーションと教育の視点はこれである。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/240
流通販売も含め、人をケアCareするサービスのイノベーションと教育の視点。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/242
そもそも個別企業というものは、こういった商品群を取り扱うところの:人間労働集団なのである。金融や労働力の集積ではない。「企業財務なり」だとか「企業は労働力の上に成り立つ」などと錯覚をしている人たちは、見事!金融危機のなかで破綻し(実は、犯罪に手を染め、借金の膨張を繰り返し)ているのである。バブル経済崩壊とともに、「社長、お宅の金庫を現金でいっぱいにしてあげます!」と言われて、いわゆる「トヨタ看板方式」の末端下請けに組み入れられた中堅中小企業も少なくなかった。


§固有文化の価値に鋭いのは女、鈍いのが男
決定的なのは、人材である。
それは、古今東西にわたり、生活の衣食住に携わっているのが女性であり、もっぱら男は労働や労働力の売買に固執していたからこそ、そういった、「固有文化の価値に鋭いのは女、鈍いのが男」となってしまった近代以後の歴史の産物と考えるのが妥当である。「亭主関白」の傾向は貧困層の家庭に強いのが世界各地の通例である。決して日本の文化ではない。DVや児童虐待は、富を問わず生活文化価値の貧困化に起因する傾向があり、やはり殺伐とした経済貧困層の生活環境などの生活文化価値に余裕のない家庭で多発しやすいと考えられている。ことわざでいえば、「貧すれば、鈍する」の一形態である。

☆したがって、女性の活用に成功を
しつつある国や経済圏が、経済成長、殊に経済的豊かさを入手しつつあるのは納得のいく話だ。ことに、経済の豊かさを追求する場面においては、経済成長の数値は横に置いておいて、「生活しやすさや出生率」が回復・安定してきている。人類が再生産する最も貴重なものは、子供である。女性の社会進出は、そういった意味でも固有文化価値商品の質量増大を促すのである。女性の社会進出は、今や経済危機を救うといっても過言ではない、それは、個別企業の身近な経営安定も言えることだ。

★その女性の社会進出を阻害する要因
それはひとえに性的役割分業や女性差別の構造である。実力も稼ぎもが無いにもかかわらず、「大黒柱の亭主」を前提とした社会構造を温存させているからこそ、日本などは経済成長の足を引っ張られ、極めて深刻な経済構造に陥っている。すなわち、土地を基盤とした農業などの経済的に貧しかった時代の集団維持システム(家父長制、嫁入り制、大黒柱亭主のみ結婚制)といった、前時代的幻想の名残に固執するから経済が後退するのである。経済的自立のない男は結婚できなかった=あくまで経済的自立をなした者の亭主関白が真実である。女性は働いていたが、経済の表舞台に立たされず、女性労働や労働力の売買が止められていただけである。男女を問わず共に、ありもしなかった幻想に固執するからこそ、甘えが生まれ、男女ともに自立できない要因となっている。
日本の現状に相対する、女性の社会進出の具体的事例を列挙すると…。
1.家庭概念は共働きモデルが主流で、女性就業継続率!は高い。
2.子供の養育責任は、地域・社会が担い、シングルマザーに押し付けない。
3.異性同性を問わず、継続3年の同居同棲には、家族としての権利を認める。
4.社会保障、税制などすべてが、世帯主の単位ではなく、個人ごとである。
5.母子世帯の子供の養育費は、父親からの強制徴収制度を導入している。
……要するに、これらから各国ともに見えてくるものは、学歴や経済格差に物事をすり替えない着想である。もちろんそれは、子供の成長や将来にかかわる課題でも同様である。どうしても、殊に日本の官僚主義者が考えてしまうと本末転倒が起こってしまう。

★悪い例示は、これだ!(官僚が好みそうな稚拙報告)
母子自立に携わる某行政支援員の発表(2016.03.16)によると、
http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20160316/resume/03_houkoku_tanaka.pdf
#formal# 自立している母親の得点数の多いものは、
①職業資格を持っている
②具体的な計画を立てている
③一つの仕事を長く経験している
④独立心が強い
⑤車の免許を持っている
⑥身だしなみが整っている
⑦書類を書くときに誤字が少ない
⑧物事を論理的に話せる
⑨漢字の間違いが少ない
⑩家族以外のネットワークがある」
#clear# 自立していない側の特徴的で、マイナス方向の開きのあるものは
①面接に普段着で行ってしまう
②情緒不安定にみえる
③決断が鈍い
④仕事内容よりも目先の賃金を優先
⑤細かいことを気にしすぎる
だそうである。そう、読者がお気づきのように“性的役割分業や女性差別の構造”を如実に表現しかねないものの列挙であり、なぜそうなっているかの分析が欠落しているのである。官僚は型にはめたがる:それもformal表面的に。
だから、現象の羅列にすぎず分析が欠落しているから、民間個別企業で応用できるような代物ではない。すなわち、官僚であるがゆえに彼女・彼らには、「性的役割分業や女性差別の構造」を問題だと口にしても、具体的な施策の着想すらなら出来ないのである。せいぜい、マイナス方向の人物をclear排除すれば何とかなるとの幻想を抱く。
あなたの企業でも、心や気持ちとは裏腹に、こういった幼稚な色眼鏡をかけている採用担当者や管理職・監督職が存在しないか、もう一度考えてみる必要がある。
そう、官僚は似非客観的な事例を以ってして国民を誘導したがる!

¶固有文化の価値商品を提供する個別企業では
さまざまな工夫や現実的な対応によって、相当の社会進出を図っていることは確かである。
A.夕刻5時に帰宅し子育てをしながら会社を経営する女性
B.某行政支援員とは、まったく異なる視点で女性を採用する企業
C.女性の地域密着と地域文化を生かす労働態様
D.そもそも固有文化価値商品に携わる企業には男女区別や差別は念頭にない
厚生労働省などが述べる、“男のように働く女性のための保育所づくり”といった施策の様相の背景に、ことさら差別選別を引き合いに出すような官僚主義的思考に解決を先送りがあるのだ。個別企業は決して、他人ごとの国家予算や税収を頼りに、助成金誘導ばかりを手段とする策に乗ってはいけないのだ。
『自立して、社会(事業)共同体で、共立・活きるスタイルが基本である』

2016/05/10

第169号:競合他社より、一歩リードする中堅中小企業の経営ポイント

<コンテンツ>
技術や品質一辺倒は売れない!Made in Japan
中堅・中小企業の、同業他社の競争ポイント
固有文化価値の商品は、確実に強い
組織の上にあぐらをかく官僚の考える経済とは


§技術や品質一辺倒は売れない!Made in Japan
今の世界経済状況では、文明基礎商品一本ヤリでは経済転落する。
日本のオーストラリアへの潜水艦:輸出は、事実上本決まりであったものがキャンセルされた。インドネシアの新幹線も受注できなかった。海外の原子力発電も日本政府の事故保障付(日本の税金投入)でなければ見向きもされていない。確かに品質・外交・軍事にわたる微妙な問題が絡むのだが、受注できなければ負け犬である。負け惜しみの論理構成は、競合する他国においても互いに持っている弁解にしかならないし、日本は反省がない。
やはり決定的なのは、「品質と売り込み方」である。高品質・技術一辺倒では売れるわけがないのは、現場の誰もがよく認識するところである。ところが日本では、「技術立国」の夢物語(過去は製品輸出をOECDなどで政府が買い支え)を、未だにマスコミや官僚などは、意識的に振りまいている。
日増しに目立つ、国内向け商品の劣化。
一般国民向けの小売は、すなわち、スーパー、生協、コンビニ、家電小売などに並ぶ商品は、おしなべて、取扱商品の粗悪が目立ち、偽物商品までが出回るようになった。驚くことに、ここには高品質・技術一辺の裏目が出ている。現代の若者が手に入れることの衣食住にかかわる商品は、団塊世代や一歩後の世代に比べると、手を変え品を変えカラフルではあるけれど、商品(価値)が劣化しているのである。


§中堅・中小企業の、同業他社の競争ポイント。
すべての会社が、技術とか高水準サービスでもって「オンリーワン企業」になれるわけではない。そこで、世界的な信用経済危機のなかで、当座の手法が課題となってくる。
1.同業他社よりも人件費対策で入っていく。
2.採用募集は、変に金をかけずに社員や、近親者へ働きかける。
3.同業他社よりも良い人を採る。夜間・土日・深夜の専門パートの展開。
4.マインバー(個人番号)は扱わない、個々人に任せ、企業のリスク回避をする。
5.価値の低い仕事と時間を減らす。経営者や管理職にはアシスタントをつける。
6.新採用の狙いは、大手企業をやめる人。(大手はドングリの集り:将来不安が)
7.小さい企業のネットワークは小さい、かつ低レベルの人との付き合いばかり。
8.仕事内容の重要性を理解させないから品質が低い。(基礎の無い者ほど反発)
9.現場の末端に至るまで、「管理データ作り」をさせること。
10.管理しないから時間がない。今もなければ:今後も時間はない。
11.目先では将来がない。ところが、言い訳ばかりで実行しない企業が普通だから、多少やれば優位に立てる。
……さて、同業他社に勝つための、こういった競争ポイントは、固有文化価値商品の製造や高水準サービスでなければ、実際の売上額や利益率が伴っては来ない。その理由は簡単である、文明基礎商品と言われるものは、その理念が、「より良いものをより安く」であるから、勝つための項目との矛盾をきたしてしまうのである。まして今時、滅私奉公などを唱えても誰も働きに来てくれない、もとより滅私奉公と言っても江戸時代から、その人の生活保障は行うのが前提であった、にもかかわらず、である。
まして、世界的経済の変動で、バブル経済期以前のような仕事が転がり込んでくる時代は、再来しないのである。生きてきた過去の経験ばかりが自然なことと勘違いをしていると、自我は否定されるばかりである、すなわち不幸しか来ない。


§固有文化価値の商品は、確実に強い。
こういった商品像は着実に増加してきており、それを供給する個別企業は安定をしている。反面、技術一辺倒:文明基礎商品の、新商品開発や新規事業の拡散を、資金融資(信用経済システム)に頼りきった途端に、個別企業の経営破たんが始まっている。その典型は、シャープの事業展開の顛末である。
One. 文明基礎商品(より良い物をより安く)は大いに活用して、提供先の固有文化の価値に合わせた製品や高水準サービスを提供。海外販路も同じだ。
Two. 文明基礎商品(~どこでも売っている商品)に、いくら:どのように=付加価値をつけようとも、経費倒れ若しくは、反社会(詐欺・欠陥品・危険物)の品質になるだけである。それは、経営者の気づかないところで、あなたの部下が計画しているかもしれない。中小企業であっても官僚のマネをして、必ず「ズル」をしている者は存在する。韓国での加湿器の水に毒物を混入させるオキシー・サクサク事件。そこには、甚だしい文化教養水準の低さ、防カビ剤を室内噴霧させる危険が認知できない程の理科学教育水準なのである。確かに、韓国では合法的のようだが、反社会的品質には変わりがない。
Three.文明基礎商品の製造には、労働契約というよりも雇用契約といった概念が強い。多くの企業では習慣的に「雇用」の言葉を使っているが、「雇」の解字とは籠の中の鳥の表現である。さて、労働能力のうち「主に労働力」のみを期待されている雇い方とは、まさに籠の中に閉じこめられた鳥そのものである。「労」の解字は、元は勞で、火を燃やすように力を出すことで、「働」は日本製漢字で人間の動きに意味を限定したもの。
(ア)その商品を需要する人たち(それは国内や海外のいずれの地であっても)の持っている、固有文化の価値に合わせた製品や高水準サービスを創造するのは、全般的な労働能力であり、能力未熟ならば無理である。
(イ)そういった固有文化の価値を読み取り、それを創り上げる労働能力の全般的育成と引き上げ。それは技術であって技能ではないことを間違えてはいけない。日本にとっては労働能力の全般的育成と引き上げ、さらには高齢者には労働能力の組直しが重要なのだ。
Four. 文明基礎商品は、もっぱら使用価値で成り立つだけである。流通や交換(売買)は、もっぱら通貨価値を基準としている。観念(思想)などといった労働全般の価値は評価されない。幸福概念などの文化価値が、通貨価値で表現されないと嘆くのではなく、事実は通貨交換が支配的な中で無視しているだけにすぎない。

http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/57



§組織の上にあぐらをかく官僚の考える経済とは、
そのほとんどが略奪経済を頭に描いている。もちろん官僚とは公務員のみならず大手企業のサラリーマン経営者や官僚主義者にも巣食っている。これらに振り回された途端、利益先食いの白昼夢→負債地獄の悪夢にうなされる。それはサラリーマンが、出世を餌に、家庭生活が振り回される場合も同様である。
・第二次世界大戦に至るドイツのヒトラー政権は略奪経済の典型である。(以下、日本の現在や過去を頭に描いてどうぞ?)
・ヒトラーは開戦から直ちにポーランド、ロシア、フランスなどから1000万人を超えるユダヤ人その他の強制労働をさせる(経済外的)体制を行った、挙げ句にユダヤ人の働けない男女子供の収容所(抹殺処分)送りであった。
・それらの財源は、占領国の国庫支出の26.8%程度をドイツに上納させていた。日本の軍事官僚たちも、研究が少ないながらも同様のことではある。
・ドイツ労働者を大喜びさせた400万人:失業対策(およそアウトバーン工事など)はすべて借金。「毎週5マルク」で4年後に自家用車が持てる!とのフォルクスワーゲン計画は戦後になって、やっと行き渡る大失策。
・町中では、空き家にさせたユダヤ人の衣服・家財・金品を強奪し「公売会」と称し、それをドイツ市民に安値販売した。強奪を知りながらもこれに大喜びしたドイツ人は多かった。そういったドイツ経済は略奪と国家借金では、まかない切れなかった白昼夢だった。ただ、戦時中日本の場合は、その白昼のさえも無かっただけである。
・それはまた、生活・経営・経済活動その他にかかわる基本的人権が保障されなかった時代=ドイツのワイマール憲法下での事態であった。ヒトラーは、基本的人権の無い時代を好いことに、泥棒・強奪・ある夜の森の変死体を捜査しない警察などとで組み合わされた、「単純な多数決」の民主主義?制度を使って、ドイツに略奪と借金踏み倒しの白昼夢を持ち込んだのだった。


[お詫び]
今月の発行にかけて体調不良のため十分な取材ができませんでした。抜本的戦略を見据えるインテリジェンスは、これからも提供いたします。医学や医療思想の発展で体調回復の目処は立ちつつあります。いましばらく、猶予をいただきたく存じます。

2016/04/05

第168号:金融危機ショック、その引き金への備え

<コンテンツ>
誰かが金融危機ショックの引き金を引く
金融危機のショックは時間の問題!
金融危機ショックを知った時点の対策
今からでも、金融危機ショックでも、通用する事業方式
   ①「人をケアcareする」サービスのイノベーション
   ②高度な固有文化価値製品の「ものづくり」イノベーション
   ③サービス(服務)行動を提供する「13ルール」
   (参考:研究)手法や装置ではなく、マーケティングの兆しの発見
マイナンバー制度の関連情報


§誰かが金融危機ショックの引き金を引く
それは必ず誰かが引いている。リーマンショック(2008年9月15日)の折も、その約2ヵ月前に香港上海銀行が金融投資の回収に入ったとの情報が第一報であった。確か、昭和恐慌(1929年)にしても事前の動きがあったようだ、「確か」と言うのは学術面からの記録がないだけとの意味である。リーマンショックでは、その年の6月初めにnetニュースに飛び込んできたので、筆者も鮮明に覚えているのである。
ほかにも筆者には昭和恐慌とかの記憶はあるのだが、概ね2ヵ月前との概念的な経験則しかない。もちろん、Webにも載っていないし、単なるインテリジェンス情報の類であるから分析もされていない。そして、その2ヵ月の間に、トランプゲームで言うところの「ばばぬき」が行われるのである。今日この頃も、株価低迷にもかかわらず、少なからずの証券会社営業マンは、「人気がありますぅ!」を連発している。商品先物も同様の動きだ。
ところで、その2ヵ月前と言うのは、「概ね発表をしてから対策が完了するまでの期間」と見るのが妥当である。それなりの大型組織を意思統一するには、その程度の時間がかかり、緊急性の対策には「公表する方式」しかないからである。「2ヵ月前」との方針伝達のノウハウは、経験者でなければわからないものだし、ネット社会になってもその方針完結に至るスピードは同じなのである。(方針発表がずれこめば、「時間切れ」を招来する期間だ)。


§金融危機のショックは時間の問題!
と言われている。景気の状況は、マスコミすらが、「リーマンショック、バブル崩壊、それに次ぐ今の景気」と解説しているとおりだ。現段階の世界金融の状況は、ショックを先延ばししようという動きと、「ばばぬき」で不良債権を手放そうとする動きの入り乱れである。昨日からも金地金の先物取引から、久々に大安値を付けている。すなわち、金地金に向けて株や債券からの資金引き上げを、躍起になってストップをかけようとする事態とみてよい。
しかしながら、一般の個別企業とか、一般人にとっては、金融危機ショックの日時自体は、経営や生活には大した関係はない。むしろ、日本国内の景気低迷が、世界的な金融危機ショックの影響を受けて、いつ何時、混乱に陥っても当たり前との状況に手を打つ必要があるということなのだ。客観的証拠の有無にかかわらず科学的論証は地震予知よりも可能であるが、第一報をつかむ優秀なジャーナリストは、記事にはできないものである。
仮に、ガセネタ(今年3月8日とか5月24日の如く)が入ったところで、周囲は誰も信用してくれないのと同じく、たとえニュースが入ったとしても周囲は誰も動かない、また、たった2ヵ月では動きようもない。その道の専門家や評論家は、「それは自分で見るしかない」と、本当に親切心あって解説してくれるのではあるが、そもそも受け入れ側に金融投機の敏感さがなければ誰も信用しない。そう、筆者が思い出すのは、ある大阪でのセミナーで、当時の「大和銀行危機」のニュースを7月に話したところ、公演中に大抗議を受けたが、やはり9月下旬の「大和銀行記者会見」は突然開かれた。
だから、金融危機ショックについて、今はどうかといえば、筆者は何もわからない。


§金融危機ショックを知った時点の対策
「そんなものあるのか?」と考えがちだが、それは、“マスコミずれ”をしているからである。マスコミとかネットニュースに頼っていては、後の祭りである。
戦前戦後と、日本でも景気の浮き沈みを経験しているから、その対策のいくつかを並べてみると……
1.延滞金の支払いを約してでも、仕入れの支払いを延期する。
2.川上と川下の人材が散り散りバラバラにならないよう、下請企業の人件費は援助。
3.仕入れの在庫、出荷の在庫、どちらも共に抱える。
4.事業の生産財、個人の衣食住は、丈夫で長持ちする物に切り替える。
5.社員は、賃金を下げてでも、現物支給をしてでも、解雇しない。
6.一般管理費や福利厚生、場合によって社会保険料などの延滞期限を調べておく。
+筆者個人としては、今もっている金融資産は損切りをする。市街地マンションなどは今のうちに売る。
…などであるが、私の個人意見については、相当の賛否両論が出てくることは間違いない。
多くの識者が予測するように、金融危機ショックが数字的に立ち直るのには、少なくとも5年は必要である。ただし立ち直るのは、事実上の新規事業を成功させた場合に限られるのだが…。


§今からでも、金融危機ショックでも通用する事業方式
端的に三つの柱を紹介する。ことに内需と地球規模の民生品が有望だ。金融危機ショックの到来でも、顧客に選んでもらえる個別企業の、小規模末端といえども「組織づくり」が大切なのだ。
「人をケアcareする」サービスのイノベーション
固有文化の価値商品は、買い手の「意欲・感動・希望」を満たす形態で、その価値を実現する。したがって、前時代的な「サービスの経済化」といった程度では、商品価値が売り手と買い手の間に成立しない。またそれは、前時代的な「接客業務の改善・改革」といった概念をはるかに超えるものである。 「人をケアcareする」(サービス業の飛躍的イノベーション)といった固有文化の価値商品を完成させるは、世界各地で成功している実例でもある。それは次の通りにまとめられる。イ)~チ)も各人バラバラに進める方が、すべてを一気に導入するよりも、事業進展は速い。顧客探しは、まずは国内外からの「お客」を集め、需要を喚起することを念頭に置く。続きは、こちらのURL
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/242


高度な固有文化価値製品の「ものづくり」イノベーション
今日の経済破たんを迎えた金融政策は効果がない。通貨貸出準備が整っているも個別企業に貸し出すだけの新商品がないのである。既存の商品価値は労働力商品も含め低下の一途をたどっている、この現象をデフレと称して「不況?」と呼んでいるにすぎない。そこで、固有文化の価値商品に目を向け、且つ世界経済や世界市場に目を向けながら、日本国内のここ60年ほどの新商品開発の教訓を踏まえ、世界的に成功している新商品開発をまとめたものが次の項に示したものである。そしてこれらは、もう既に導入した個別企業においての成功を繰り返しつつある。固有文化の価値商品の「ものづくり(消費財の固有価値)のイノベーション手法」は、中学校区単位(行政単位)、地場経済圏、地方経済圏、民族文化その他に蓄積された「労働蓄積+労働能力+労働力発揮」といった労働価値に基づくところの、商品開発作業である。続きは、こちらのURL
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/240


サービス(服務)行動を提供する「13ルール」
1.自己顕示欲は捨てること、権威のあること。買い手に接する従業員教育をするから、仕事に笑顔が生まれる。
2.スキ間に配慮(親切がスキ間の入り口になる)。音楽家モーツァルトや、建築家の多くが述べる、『わずかの違いを大切に』である。
3.動作が軽快でスマートであること。それは、重要ポイントを顧客と一緒に発見するスタイルである。
4.時間を厳守すること、時間を守らない人物は信用されない時代になった。
5.念には念を入れること。お客の「意欲・ 感動・希望」に、念入りに耳を傾ける。そうすれば、それに対する固有文化の価値が提供できる。
6.技術を組織として身につけること。それは技能=職人技や曲芸・芸当の類を磨くことではない。
7.案内の良いこと。機能や数量の説明ではない。決してお客の「意欲・ 感動・希望」を決めつけないこと。
8.お客様の世間話には、仕事を差し置いて直ぐ応対、就業時間中は、こちらからの世間話は禁止。
9.受付が、しっかりしていること。買い手の好みを知って、「好みに合う品と使い道」を案内する準備をする。
10.依頼手続きが簡単なこと。依頼の邪魔くささや障害をなくすこと。
11.突っ張らないで、リラックスして仕事すること。お客の悩みに応じた解決方法をいくつか組み合わせるとか、いくつかの解決要素を選択できるように準備すること。
12.何事も明るくふるまうことで、お客の「意欲・感動・希望」を受け入れる姿勢を、組織として保つこと。
13.人間に対して、(信用は異なる)心からの信頼感を持つこと。買い手の焦りを取り除くことに集中すること。
ここに示した13個のルールは、「失われた10年×2回」の時期には、およそは確立されていた。ところが当時は、商品の固有価値といった概念が確立されていなかったために、残念ながらこれらのルールは曖昧なものであった。しかしながら、曖昧ながらも導入した個別企業では、とても販売(収益性)向上につながっていたのである。だが当時その一方で、いわゆる「サービス産業?」として華やかに紹介されていた、スーパーマーケット、外食チェーンなどの実態といえば、「サービスレス(serviceless)」であった。すなわち、商品を選抜・運搬するサービスは客自らが行う、低価格の飲料は客自らが取りに行くといったわけで、店舗側のサービスが省かれたのである。小分けやパック詰めは商店街でも行われていたし、むしろ数量や販売量におけるサービスレスであった。さらに、ICT機器の普及で、ますます製造・提供者側の「サービスレス(service-less)」は進行している。
詳しくは、こちらのURL
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/244


(参考:研究)手法や装置ではなく、マーケティングの兆しの発見
詳しくは、こちらのURL
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/159


§マイナンバー制度の関連情報
具体的なニュースは、なぜか本当に入ってこない。だが、当社(関西方面)その他を集約してみると次の通りとなる。
1.極めて相当の中小企業は、実際にはマイナンバーを集めていない。
2.大手企業にしても、集めたところで、保管するにすぎない現状のようだ。
3.税や雇用保険は、マイナンバーがなくとも、従来通り受け付けをしている。
4.マイナンバーの紛失は、相当の企業で発生しているとみてよい。
5.書留郵送しても、受け取っていないという会社まで発生しているとの報道。
6.個人情報保護委員会は、漏洩しても連絡義務はないから、実態不明と説明。
7.管轄の内閣府は、不正使用が明確でない限り、番号変更はないと説明。
8.個人番号カードは、発行元のコンピュータートラブルで、発行に大幅遅れ。(約1019万枚申請のうち227枚の交付)
9.同じくトラブルで、そのうちカードのICチップにデータ無効が続出。
10.その他の情報は、次のFacebookにも集計されています。
https://www.facebook.com/groups/1427689764203835/

2016/03/08

第167号:実践現実に裏打ちされた個別企業の豊かさの道

<コンテンツ>
100年来の世界的信用経済の崩壊の後には
次の経済危機には、重層下請による危機対策は逆効果!
調査とか統計などは、本来変革者の、御箱であった。
次代の経済で、イニシアチブを発揮するには
スクラップとリサイクルの経済から脱却経営
単に文明基礎商品をスクラップ&リサイクルする毎日がために、
衰退する事業、その理由の的をついてみる!
やはりポジティブに、ポジティブに生きる法則は見つかっている
変質した科学を、最も好む人達は
マイナンバーの関連情報


§100年来の世界的信用経済の崩壊の後には
実際には、誰が、どのような経済手法の持ち主がイニシアチブをとるだろうか。
そのイニシアチブを発揮する人物たちが、個別企業の経営に携われば、毎日の周囲が豊かに幸せになることはもちろん、経営収支は満たされるのである。それは理想ではなく実践現実であることが今月のテーマである。そのイニシアチブを発揮する人物は、経済崩壊の後に湧いて出てくるのではなく、崩壊する前に存在している人物なのである。
大手マスコミや官僚主義者たちは、烏合の衆が在っての地位と権力と名誉であるから、烏合の衆が納得しやすい信用経済(投資、借入金、マーケティング?)から、烏合の衆が忌み嫌う通貨危機や公定歩合(マイナス金利?)などの話を持ち出すのである。近年は、世界的信用経済を操ろうと、各国は統計データを歪めて発表し始めた。とりわけ中国は元より統計数値や経済成長率の根拠が疑わしい。このように持ち出された理屈やDATAは、必ずと言っていいほど、真実の「良いトコ取り」であり、論理構成は「変質した科学」である。大手マスコミに翻弄され、官僚の政策に汚染されて、誘引された挙げ句、弄ばれ、「いい様に扱われる」だけである。
さて、それを順次に説明することとする。混乱の時期であるから、インフォメーションよりもインテリジェンスが極めて重要なのである。個別企業の豊かさや成長の法則にも触れる。


§次の経済危機には、重層下請による危機対策は逆効果!
信用経済の崩壊とは、企業や個人が借り入れをして投資をしたところで実りはないといった現象である。2008年:リーマンショックのような危機となれば、一挙に金融機能が止まることから、製造停止・下請発注停止・非正規労働者解雇に走り出す。何とかそれを、ゆっくりと・目減りさせるか?のように・社会問題化しない範囲でショックを避けようとするけれど、それでは経済や個別企業の経営は上向くはずはない。
厚生労働省は、現在=労働市場政策全体を見直すプランを作成中で、本年5~6月までに数年間を見越した政策を打ち出そうとしている。そして、労働時間の正確な把握、割増賃金の格差是正、有給休暇取得などの課題で「働き方の見直し」につながるような動きを、旧労働省手法=法施行前の実態形成の方法で着手している。
早速出された、厚生労働省大臣官房審議官(労災・賃金担当)は平成28年2月12日 労災発0212第1号「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」は、大臣官房審議官(労災・賃金担当)として、労働行政全般・労働基準行政も含め、労働基準監督官との連携で労働時間把握の徹底、マイナンバーは請求人任意の扱い(個人番号なし、住民票なし)など、下請業者や非正規労働者を意識しての問題点と対応策を全国に指示した。
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T160303K0060.pdf
社会保険は、昨年10月以降から、およそ100人未満の中小企業に対する、事実上の社会保険加入猶予措置政策を取りやめて、税務情報と連携するなどして、今年の1月から一斉に該当事業所の調査を始めている。下請業者の非正規労働者は、フルタイムで働いていたとしても社会保険に加入していない実態が多いのだが、年金事務所の調査で、氏名の名指しなどして、次々と社会保険の加入を促進させている。国税庁の徴税施行官との連携や事業主の刑事告訴も進めようとしている。下請発注することにより成し遂げていた製造元の社会保険料の実質負担軽減を、困難な状況にしようと行政機関は動いている。労働者派遣法の改正で、偽装請負業に流れるところへ、この社会保険加入調査でもって、偽装請負業者の利益源泉が次々と無くなっているのである。すなわち、戦前からの日本経済慣習かのように思われてきた、重層下請による経営危機対策では効果が期待できないということである。
2008年、リーマンショックの際に行われた整理解雇の訴訟事件は、次々と大手企業側の敗北に終わった。それは、裁判所の判例法理が事実上は整理解雇の「四要件」説が確立しているにもかかわらず、ほんの一部の経営側弁護士事務所の主張した「四要素」説に、耳ざわりよく飛びついたから企業側が敗北したという結果だ。ある弁護士事務所所長の口癖は、「裁判をやってみなければわからない」であったが、これに誘引された人事担当者の末路でもあったのだ。とりわけ、期間労働者(有期雇用)の場合は、正社員労働者に対する臨時採用であるから、30日前の解雇通知は無効であり、「期間満了まで雇用する義務がある」とした仮処分決定が続出した。その後に、労働契約法が改正され、形式的に期間雇用が繰り返されれば無期雇用に扱われることなった。それは、リーマンショックの時と同様のリストラ方法は、法律上には無理があり、強行すれば損害賠償事件の続出につながるということである。
要するに、重層下請とかリーマンショックの経験から、「学んだつもり?」程度であれば、考えることも成すこともが、個別企業の墓穴を掘っているだけなのである。その程度では、墓穴を掘るスピードが速いか遅いかのテクニックだけである。そんな程度に対する経営環境は、すでに、労働市場政策、社会保険政策、そして労働法制まで変更されているのである。
ではどうすれば良いかを、順次に解説していく。


§調査とか統計などは、本来変革者の、御箱であった。
一握りの王族や皇帝のための国家や支配地域の内側では、真理や真実を隠すために官僚たちが手練手管をもって活躍した。このような政治や経済システムを打破するために変革者は、独自調査を始め、より広範囲で正確な統計を集めて、その当時の腐敗に立ち向かったのである。そして、彼らは政権の座につくと、ますます調査をもとに或は統計をもとに政策を実行していたのである。
アメリカは雇用統計の数値により、
連邦銀行の公定歩合を変動させると定め、それは現在も継続されている。だがここにきて、この雇用統計の取り方の疑惑が大いに取り沙汰されているのである。日本の雇用統計は失業率であるが、この数字をそのまま欧米の数字に使うわけにはいかず(一説には4倍化して比較する)、日銀の公定歩合には何らの関係もない。
中国の統計数値は、
近代国家としての統計である根拠が薄い。筆者からすれば、国際的な金融資産を中国国内に誘引投資させるための偽造成長率としか思えない。特に欧米の貴族たちが保有する裏金融資本向けの成長率としか思えなかった。これに対して、投機資本や大手マスコミは詐欺被害者のように当初は中国成長率に取り込まれ、今や騙されたと困惑しているとの見方が筆者の見解だ。中国経済に期待する論理は、現に上海市内の下町や工場を天安門事件前後に歩き回った経験からして、統計基盤の無い国の全く裏付けのない話だったのである。変質した科学?による偽造成長率は明らかだった。
日本政府の景気に関する調査、
例えば物価上昇率の統計ではあるが、その調査品目自体が理由をつけて入れ替えられている。大手と中小企業ともに給与は上昇傾向にあると発表されたが、非正規労働者の賃金額や総額については有効な調査がされていない。株式価格を経済指標と錯覚する人が多いものだから、政府は様々な国庫金をつぎ込んで買い支えをしている、本当は12,000台だとの説もある。そんなことよりも、日頃の食料品などの買い物、百貨店の閑散状況、地方と市街地の物価の格差などを見れば、相当に経済が落ち込み委縮していることは肌で感じることができ、豊かさも成長も見えない。実感と数値が異なるのは、それらも変質した科学?だからである。


§次代の経済で、イニシアチブを発揮するには
ほとんどの人が、徹頭徹尾に信用経済(投資、借入金、マーケティング?)の考え方や論理に、はまり込んでいる。いつしか、中学高校の学校教員までもが無意識のうちに信用経済の論理にはまり込んでいるである。なので、世間一般が、せいぜい反発心からの理屈的経済論とか経済へのグチしか着想:生み出せないのである。それも、日常の経済活動や個々人の生活にとって全く無意味な話ばかりである。こんな無意味な話を大手マスコミが取り上げるのである、視聴率や読書部数が増えると勘違いして…。
その信用経済の論理、或は豊かさをもたらしたとする論理は、歴史や実生活から見れば、極めて異様なもので人生や歴史の一瞬間でしかないのである。それは2016年1月号のメルマガで説明したとおりである。
http://soumubu1.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html#06


§スクラップとリサイクルの経済から脱却経営
これは、商品も人間も共にではあるが、労働力による文明基礎商品に生産が傾いてきた結果、経済とはスクラップとリサイクルと錯覚しているのである。およそ世界的に550年ほど前から「商品の機能や形態」で物資が流通するようになり現在に至っている。その歴史の中での、今回は信用経済衰退であり、個別企業の経営からすれば利益率低下に直結しているのである。
あなたが活躍する企業は?=スクラップ&リサイクル商品から抜け出ているのか? 
そして、企業に余力のあるうちに貴方に余力のあるうちに、
①固有文化価値商品への転換とか
②文明基礎商品を固有文化価値商品へ造り替えること
は行われるか、といった課題である。
=このポイントが、信用経済崩壊後の次代でイニシアチブ(安定成長・利益確保を伴い)を握る経営になるのである。
すなわち、
固有文化価値商品の奥底にある思想や観念(感覚を起源として)を商品に組み込めれば、どの企業でも商店でも売れ行きが好調となる。これが取り沙汰されている「売れる商品」の本質である。そのためには、そんな企業は労働全般を抱え込み投入している。決して労働の切り売りである労働力に頼る生産は行っていない。
巷に流れる信用経済の遺物としての経済論理は、多くの読者たちが確かに慣れ親しんでいるから、マスコミや新聞・週刊誌の絶好の読み物となるのである。だが、それに浸っているうちは、一喜一憂するけれど、根本的な個人生活や個別企業の豊かさ成長には何の役にも立たない。むしろ、刹那が走り=人生や経営のアキラメを助長するばかりである。


§単に文明基礎商品をスクラップ&リサイクルする毎日がために、
・限りないコストダウンによる商品劣化を起こしている事例。
・転じて海外進出をすれば商品劣化のジレンマから抜け出せると錯覚。
・経営者を先頭にアキラメが走り、唯一の楽しみが退職金や年金生活。
といった、信用経済崩壊の現代世相に漂っている状況が大半なのである。なるべく金銭的上位階層に、何とかしがみつくべく、勇気ある行動には挑戦しないで我が身を守ろうとするけれど、世界的な信用経済崩壊と日本国内の社会制度変更により、そういった身を守る術はひとたまりもない、そんな不安は付きまとうばかりである。もちろん、自律する人の少ない日本であるから、リーダーから言われない限り「危機感」など持ち合わせは全くない。
スクラップ&リサイクル商品ばかりに携わる個別企業の行き先は、スクラップであることは間違いない。
ところで、“子供”の再生産は人類史のなかで最も、
その生産に重点を置いたものである。戦後日本での子供:再生産ベビーブーム世代である団塊の世代は、学校教育の学年的には、平成28年4月1日で65歳となり、日本社会からの引退世代にカウントされている。→この部分は、スクラップの政策がとられている。
だが、今となっては考えられない過去に、信用経済システムのイメージは、借入金や投資による将来の安心を買えるとばかりに、子供の生産についても歪んだ形を取ったことがある。その一つは戦前日本での、隣組組織を行政機関に組み入れ、「産めよ増やせよ」の町内や村をあげての人口増加であった。ドイツのヒットラーユーゲントは、一大行事であった野外キャンプから帰ってきた少女の妊娠が続発、それは血統主義のなかで問題視されることはなかった。
https://goo.gl/ZQi2nR
そして現在、労働力だけを必要とするから外国人を移民させてでも、文明基礎商品の増産にあてるのであれば良いという奇抜策も官僚には根強いのである。
こういった刹那的な世相の引き金を引いているのが、あとで述べる、人目・出世・保身のために官僚が用いる「変質した科学」であり、その利害を奥に秘めている人たちなのである。


§衰退する事業、その理由の的をついてみる!
大手企業の経営とか、公共事業の経営などは、典型的に借入金や将来の利益を当てにして投資を行うから、「売れる商品」のための労働全般を抱え込み投入していない。例えば、中堅企業が起死回生を狙って、金融機関からの投資で新規事業を始めると、必ずと言っていいほど不調に終わり、借金が残るばかりであるのは、このような理由からである。国の経済成長の施策として日本でも、住宅ローンによる持ち家制度が発展をしたけれども、家を購入した庶民の現実はウサギ小屋であり転売不能の代物ばかりである。
それに比べ、固有文化価値商品は
文明基礎商品を活用はするが、そこに労働全般を投入して奥底にある思想や観念(感覚を起源として)を商品として造り変えているのである。決して何かを付加するのではなく、その意味で付加価値をつけているのではない、あくまでも、その地方の需要者なりの固有文化に合わせて生産している。そういった固有文化価値商品は、需要者に「意欲・感動・希望」を与える仕組みを奥底に秘めて(思想や観念)いるから、人々に愛(大事にする)&勇敢さを与えることで、個人・家庭・地域・国家の活力を生んでいるのである。加えて、固有文化価値商品は、買い手に育まれて価値が増殖する(文明基礎商品は価値が低減する)。
それを政府の政策として邁進させてきたのが、いわゆる北欧圏諸国である。それなりの余力のある国は、そういった固有文化価値商品の育成を文化芸術活動として促進させていると見るのが妥当だ。今の日本の場合、事実上、労働力による文明基礎商品との世論形成がされており、労働全般の投入による固有文化価値商品が日の目を見ていないのである。それは、戦前戦後を通じてアメリカをはじめとする諸外国の下請工場を担ってきたものだから、下請根性と文明基礎商品が同一概念の中に存在する。したがって、文化芸術活動の育成自体が、日本国内では違和感をもたれ、あまりにも未熟な原因である。
中小企業が元気になる!とか、地域再生・活性化!とか、こういった議論は何十年も前から行われている。その大概のものは選挙目当ての、単なるアンチ政権政策でしかない。中には学問的科学的なものも存在するのだが、経済経営理論としての法則性が成り立っていないから、経営者や経営管理部門では使い物にならないのである。


§やはりポジティブに、ポジティブに生きる法則は見つかっている
それは、心理学の上では不動の法則となっている。あとは、ポジティブになるためにどう実践するかである。およそ筆者が調べ知る限り、ポジティブに行動すれば、必然的に攻撃を受けて、自分の力だけに頼った人は沈没している、でも誰もがポジティブになってみたいとするのである。
ポジティブに生きて成功した人のケースが、次の法則なのである。
その行動パターンとは
1.物事を4~5分間は、何とかならないか!と考えている。
  粘り強く根気があるということは他人の評価、本人に自覚はない。
  瞬間的に結果を出して成功するのは、その積み重ねとの恩恵。
2.実は、物事をコツコツと考えている癖がついている。
  そこで、状況は何時か何所かで現実的に好転するチャンスを広める
3.情緒的経験の蓄積が多いから、感情コントロールの術を熟知。
  笑顔をくれる人がいたり、何でも打ち明けられる人が居たりする。
~要するに、ポジティブに言動できる癖と、それの周囲やネットワークが形成され、それらが拡大する環境を目的意識的に、その人は作り出していたのである。
人々が、持って生まれた性格だとか、その国の文化だとか、その民族の習慣とかいったものが、科学的に学問的に解明され、ICT機器により一気に世界中に広まり、科学的法則に基づき実践すると成功するものだから、さらに拡散していくというものである。
それは、何のために生きるか、誰のため生きるかといった設問に対する「幸せ実感」の進捗過程とも共通するのだ。現代では、「誰しも人間は自分のために生きる」との回答が自律させないための論理(レトリック)ではないかとの疑いを肌で解っている時代なのである。
= 「幸せ実感」の進捗過程とは =(総務部メルマガ 2016年1月号)
1st.まるで思想や観念による希望が叶ったかのように、次々と可能である言動を振る舞うことで、個々人で幸せを感じ取ることである。
2nd.その幸せを感じ取る言動は、「心mind と 気持ちspirit 」の観念を帯びながらも、周囲の状況を整えてゆくこととなる。
3rd.但し、物理的に不可能なはずの言動や投資に走る者には、再び未成年教育が必要となる。
4th.その個人の人生が芸術的なのではなく、人は芸術作品に登場する人物のように生きると言う方が正解である。
5th.そこでは、自由・個人・民主主義の伝統文化が発展して、「共通目的の交際associate 創始authority 社会共同体society を根底にした、観念や感覚分野の固有文化価値を見いだす秩序の志向でもある。
加えて、こういったポジティブ行動とか幸せの実感といった分野にも、最新の科学は数々のアプローチを行なっている。頭脳のどの部分が作用しているのか、どういった成分が作用しているのかが解明されているのだ。意欲向上には血中ナトリウム濃度と血圧の関係、感動は中脳のドーパミン作動、希望は前頭葉の血流と代謝といった、研究が次々と発表されつつあるのだ。
『脳は創造する』新風書房 2013/08/30
http://www.shimpu.co.jp/bookstore/item/itemgenre/zuiso/1575/


§変質した科学を、最も好む人達は
人目を引いて→出世をして→保身にこだわる=官僚主義者たちに多いのである。官僚とは本来奴隷身分であって古代から存在しているが、様相を一変したのは第一世界大戦後から、人目・出世・保身のために都合のよい政治家や政府に協力し、後先考えずに幻想を振りまき、挙げ句は失敗するが、保身で生きようとする一種の奴隷思考の持ち主である。それは、ドイツの人のヒットラー政権、日本の軍国主義官僚などが果たした役割の学問的研究で明らかにされている。
そういった「変質した科学」を官僚たちが用い始めると、大学などの教授採用やポストをめぐって、変質した科学を売り込む学者が急増したのであった。烏合の衆は、大学名と教授ポストを盲信するから、これを大手マスコミは大いに利用して部数や視聴率を高めようとするのである。
さて、その特徴を検討してみれば、あなたの周囲の人材が、実力者か否かが判る。
(1)変質した科学は知識偏重になっている、科学で解明できるものは限られているにもかかわらず、解明できていない“心の作用”とか“もっと広い感情認識”といった「知」の存在を彼らは無視するから、実践的でなく、理屈的なのである。その原因は、彼らが、知識や知恵を客観的証拠にのみに頼り収斂するものだから、知識固定化を導くことになるのである。
(2)実に彼らは、二流の学者、二流の官僚主義であるから、その学習研究歴や科学的センスをさておいたとしても、人目を引いて→出世をして→保身にこだわるための実力だけは=人一倍である。だから普通の人は口では勝てず、心理的に負けてしまうのである。だから彼らは、江戸時代からの伝統ある日本の官僚主義に寄り添って生きようとするのである。さらに彼らは、知識偏重であるばかりでなく、物事を敵か見方か、上か下か、右か左かといった二元論でしか、実は論理を組み立てられないのである。学問的な文献の奥底は理解できない且つ中高年になれば記憶力や読解力の衰退・喪失とともに、我が身の保身に邁進する傾向が強い。そのためパワハラ、セクハラ、DV加害者に行きつく者も少なくない。経済学で有名な、ジョン・スチュアート・ミルは、その著書(『ミル自伝』1873年)の中で、物事は分析・論証・推論ばかりでは成り立っていないと説明しているのだが、今のマスコミや官僚にもてはやされている学者たちは、ジョン・スチュアート・ミルを本当に学んだのであろうかと疑問を抱かざるを得ない。
http://www.msz.co.jp/book/detail/08078.html
(3)確かに、近代裁判制度は客観的事実や事実関係に裏付けのある合理的論理構成を形成することで、過去に起こった犯罪や紛争を決着する手法としてはきわめて有効である。しかし、知識偏重主義者には、事実を持ち出しても、事実関係を論じようとしない傾向が強い。また、論理構成の裏付けであるはずの証拠が、いつの間にか理屈(理由めいたスキャンダル)に躍り出ていて、肝心の「合理一貫性&事実一致性」が形成されていない。これは、“証拠だ!証拠だ!”と騒いで、事を押し切るろうとする人たちである。


§マイナンバーの関連情報
1.裁判所する書類には、マイナンバーを記載しないこと、記載がある場合にはマスキングすることを指示した。マイナンバーの番号自体が争点となるのは極めて異例なケースであり、裁判所はマイナンバーの記載を全面的に止めたことになる。
裁判所の手続における個人番号(マイナンバー)の取扱い
http://www.courts.go.jp/saiban/mynunber_ryuuiten/index.html

2.厚生労働省は、医療や介護の分野では、今のマイナンバーを使用しないこととした。別途に本人には分からない番号を振ることで医療分野の情報の利便性を高めようとしているとのこと。医療保険、医療・ 介護現場での方向がハッキリし、事実上のマイナンバー制度からの離脱を開始。マイナンバー制度で導入された通信機器は活用するとしたが、マイナンバーそのものは使わないとした。(ところが、別個の独自情報システムを組み立て設置するとしている)。 なお、年金制度 は、マイナンバーがなくとも運営されており、健康保険についてもマイナンバー自体が不要となるから、個別企業での個人番号取得は、同じく無意味となるだろう。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/watcher/14/334361/021500485/?ST=govtech&P=1&rt=nocnt

3.厚生労働省大臣官房審議官(労災・賃金担当)は平成28年2月12日労災発0212第1号「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」を示した。これは、担当する主幹セクションではなく、官房審議官(労災・賃金担当)としての、労働行政全般・労働基準行政も含めたものである。
労働基準監督官との連携や労働時間把握の徹底、マイナンバーは請求人任意の扱いとし個人番号がなくとも補償や年金併給調整も行うこととしている。
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T160303K0060.pdf

4.雇用保険手続きでの マイナンバー状況。
個人番号を空白で届けても、安定所窓口は何も言わない。新規の適用事業所を届けても、個人番号空白でも何も無く受け付ける。後で届けられる用紙はくれるが、出せとも何時までにとも指示はない。改めて、記載出来ない・しない場合の書き方を公表するが使うこともない状況。
念のために、「個人番号登録・変更届出書」の様式への記載例。
http://www.soumubu.jp/download/template/template2/sonota/mynum-touroku.html

5.本年1月1日からのマイナンバー施行がされてはいるが…。
次々と個人番号がなくとも手続きを済ませる任意制度として扱われている。ただ、これが法律本来の姿であり、国税庁など一部の行政機関が、「(所得税に)必要」と言っているにすぎない。法律上は、まったく誰にも、権利義務がないのである。
”社会保障と税のため”のマイナンバーだとの触れ込みだったが、国民個々人の拒否権行使より先に、厚生労働省は現実対応としてマイナンバー不要と踏み切った。特に医療や介護では、今回のマイナンバーを使用しないこととなった。認知症患者の個人番号が必要な場合は、市町村担当部署が記入することで、本人や周辺介護者も取り扱わないことになっている。
雇用保険の手続き、労災保険の手続きなど、労働関係においてもマイナンバーの必要性がないとして、個人番号の無記載届出や請求を受け付けることにするとの通達が改めて出されている。
個別企業においても、マイナンバーを集めなくても、いずれの行政機関も従前どおりの扱いをしてくれるから、何の為に安全管理措置をとり、個人番号の厳重保管をしているのが無意味な状況に陥っている。ことに、従業員の扶養家族の場合、認知症や16歳未満の場合に、本人からの個人番号提供の同意が取れないとか任意提供はされないのだから、来年からの所得税源泉徴収事務や健康保険扶養家族の事務は慎重に行わなければならない。

2016/02/09

第166号:極めて危険な経済状況で=どうやって選択と集中をするのか

<コンテンツ>
選択と集中は、知識ではなく、知恵と決断力だ
未だ中世の世間体を引きずる日本の構造
その「批判しない、ものを考えない」体質を定着させる手法とは
封建時代の世間体を温存して:女性進出など、所詮無理
すなわち、女性労働力を活用できれば、結果として
知能指数をアップする=話としては簡単なこと
いつの間にか、健康保険を国営生命保険に払い下げ?


§選択と集中は、知識ではなく、知恵と決断力だ
知識を求めWebや新聞を、さ迷い見ても無駄な時間だ。
さ迷う者の判断基準は、学歴を問わず、ほぼ小学生並の二元論でしかない。
およそ100年来の信用をベースにした経済構造は危機を迎えている。
マイナス金利まで現れる状況だが、マイナス金利に税金を投入するから、実際に実害を受ける金融機関は皆無である。だが、それだけ誰もが事業融資の資金を必要としない経済的危機状況だという現実だ。今年の年初、日銀の黒田総裁は「物価上昇2%は可能だ。が、相当の副作用が出る」と居直っていた。そこに、アメリカから頼まれたのか、マイナス金利を発表したため、今日2月9日は債券市場の長期金利までマイナスとなった。
日本の官僚たちは戦前戦後にわたり、
社会主義経済を真似て計画経済を進めてきた。だが、文明基礎商品一辺倒となってしまえば、日本製品の需要はなくなってしまうことは当然だ。個別企業は経営が空回りするだけでは、誰も投資はしない・借入金も減らす自衛策をとる。加えて余分な資産は換金して暴落損を防ごうとする。その国の社会政策とか社会保障が崩れてくれば、意味なく利益率の悪い事業に携わってきたとしても、これから個別企業は撤退する。これで信用経済の構造は一挙に足元から崩れる。
誰もが、そういった事態だとの認識が大切であり、それを、あなたの個別企業で具体的作業をしている全員に徹底することで、初めて個別企業としての個別企業や個人の、
「そこでのエネルギー投入先の選択と、限りあるエネルギーの集中投入」
となるのである。ことさら視野の狭い作業が毎日の仕事だと勘違いして、大局を見る視点を拒絶する人たちが大半ではあるが、その人たちが「お払い箱」となるのは間違いない。経営者も労働者も、共に心中して「お払い箱になる」といったこと、それ、は自殺行為・罪悪の典型である。
固有文化価値商品であれば、
&極力:日本円通貨に換金することを避けて経営を行えば、経済危機のショック状態(経済恐慌)が訪れても、個別企業は耐え得ることができるし、それまで準備した固有文化価値商品や円通貨外決済の経済関係を飛躍させるチャンスも到来するのである。大型投資→経営成長は、中国の様を見れば失敗や借金を招来することは誰にでもわかることだ。
経済の豊かさや成長があってこその社会なのにも関わらず、多くの人が不必要としているマイナンバーは、個別企業の収支や個人の家計を身近なマイナス方向に直撃する。規制緩和と言いながら、実に税収や国民管理は一段と規制をかける、その手段がマイナンバーである。国破れても官僚あり…←これに抵抗せずして、個別企業や個人生活の安全安心はあり得ない。
その決断力とは、「勇敢さと愛」である、これこそが“人が命を生きる”機動力だ。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/26
その愛とは、大和言葉に概念がなかったから、その昔はラテン語のアモルを「お大事にすること」と翻訳した概念である。愛の漢字は当て字である。知識偏重に陥ると、「愛」が当て字なのに漢語や古代意味を持ち出す輩により、意味を混乱させられている。現在中国語の愛とは異なる概念だ。


§未だ中世の世間体を引きずる日本の構造
日本の社会構造の基盤は、江戸幕府の官僚が作り上げた物といって、ある意味では過言ではない。
その大方は徳川家康から始まり、封建制度の近代版(制度的しきたりを重んじるという手法)である。中世:戦国時代の重要な戦利品であった奴隷制度や捕虜の慣習を、世界に先駆けて廃止して奉公人制度を作ったのは江戸幕府である。ただし、そのきっかけは外様大名の奴隷労働力を剥ぎ取ることが目的だった。だから、実態には底辺貧困層には奴隷制度が内在した。
も一つは、士農工商のすべての身分に渡って、「批判をしない、ものを考えさせない」体質を定着させた。
★1:表向きの制度的しきたりと、その内部の実態での過去を温存
★2:すべての身分に渡って「批判をしない、ものを考えない」体質を定着
この二つは、明治政府においても、江戸幕府の大名家を華族身分に扱い、政権運営に抱え込むことによって、多くの学術で示される表現をすれば、“封建的風土を引き継ぐ”、根本的基盤の役割を果たした。
★1とは
法律の面でも、経済政策の面でも、表向きは欧米から取り入れた形をとりながらも、根幹部分で社会共同体とは縁遠いシステム(世間体)を組み入れた。当時の伊藤博文はじめとする官僚たちは、とりあえず制度を作った後で改善しようと本気で考えたようであるが、そこは欧米に比べて所詮素人であったから見事に失敗(改善できずに封建制や世間体が強まった結果)となっている。社会の語源はギリシャ語の戦時同盟であり、社会(共同体)とは、封建地代の世間体の縛りを外して、自由を得るための制度であり・そのために平等を併せて重んじた。自由平等を恒久的な制度とするために民主主義の手法を取り入れたのが17世紀以後の自由・平等・民主主義の理念である。その後、20世紀に入り、ヒトラー独裁やソ連や日本の全体主義を復活させない制度として登場したのが、人権の中でも多数決にかかわらず独立している基本的人権の制度と、時代は発展しているのである。
★2とは
物事を成し遂げたり創造する場合にあって、
一番最初のステップは、
良い意味でも悪い意味でも「批判をする」言動である。
第二のステップは、
不満や文句とは異なる方向に、どうしたら良いかを思索(思い)することである。
徳川家康は、かろうじて獲得した江戸幕府であったから、士農工商の政治経済全般に渡って、とにかく「批判しない、ものを考えない」人間を、各身分にそれぞれ造り上げて、徳川家と幕府の維持にエネルギーを集中したのである。お家とりつぶしとか、暗殺(テロ)や敵討ちを背景にした洗脳教育でもあった。
これによって日本は、それまでの戦国時代にあっては、大いにもてはやされたにもかかわらず、日本文化から、「内部からの自己改革とか実行力・創造力の基盤」が、欠落した歴史となったのだ。もちろん明治政府も、文明開化と言いながらも、この「批判をしない・ものを考えない」制度構造を変革することもせずに、政権延命を図ったため、いわゆる官僚たちに牛耳られ、官僚たちは、「批判しない、ものを考えない」体質を引き継いで利用することとした。


§その「批判しない、ものを考えない」体質を定着させる手法とは
足を引っ張る社会制度によって、日本の経済が先進国に差を付けられている。
すなわち、良い意味での批判をもせず、ものをも考えず、不満や文句程度をつぶやいている程度だから、世界的にも経済を牽引する能力が、さまざまな分野で育たないのである。
その「批判をしない、ものを考えない」体質を作り上げたのは、江戸幕府の官僚たちであり、徳川家康が三つの柱として徹底したものだ。その柱の三つとは、
1.生活は、貧しくさせておくこと。
  (貧品すれば鈍する、豊かさを実感させない、哲学の貧困、信仰の貧困も然り)
2.知性は、乏しくさせておくこと。
  (感覚により得られた素材を、整理・統一させず、認識には至らせない)
3.性は、制度的に抑圧しておくこと。
  (男女関係を制限、男女ではなく家に嫁ぐ、男女関係を出産子育に制限)
この三つの柱から、ハミ出した者とか集団は、経済・思想・宗教もろとも排除してしまったのである。
長い期間の鎖国制度と言われるが、文明や技術に関する情報は、江戸幕府は相当程度入手していた。鹿児島の島津、加賀藩の前田、仙台の伊達といった外様大名たちも、各々が海外情報を得ていたのである。
ところが、情報が入ったとしても、その活用ができない世間体であり、システムが世間体による運用だったから、物事を成し遂げたり創造する人たちは育成されず、早期にその芽を摘まれ、実行すれば空け者(うつけもの)扱いされたのである。
この傾向は、またもや日本の現代社会に、実態としてはびこっている。大手企業になるほど世間体による、その情報運用と空け者(うつけもの)扱いが激しくなっている。生半可なサラリーマン経営者では、これを阻止する能力も意欲もない。
ただし世間体を阻止する能力は、社会を制度的に変革する視点を保有しているだけで自ずと発揮できるし、足を引っ張られることは、中堅中小企業でも十分阻止できるのだが……。


§封建時代の世間体を温存して:女性進出など、所詮無理
官僚たちや大学などの学者で居続けたい人たちは、あまりにも女性の社会や労働分野での現実を見ずに知らなさすぎる。アメリカの格差社会にも及ばない:極東アジア地域の低生産性構造が残るだけである。
“人類の最も重要な再生産活動は、子供を産み育てることである”
現在日本の経済や社会政策は、偏った情報や施策の一方的PRばかりである。大手マスコミや新聞は、商売第一に、こういったPRを担う戦略=官僚主義的である。
A 官僚たちの着想は、現行制度と自らの保身を源に変質するばかり、
B 文明基礎商品の「スクラップ&リサイクル」の前例型着想力しか持ち合わせがない
ことに尽きる。先月号の“総務部メルマガ”で紹介したように、世界を見据えての社会や経済を打破することを考えもせず、固有文化価値商品が世界経済の先進国商品の主軸になっていることすら気が付かない。経済的豊かさと成長がなければ、多くの女性が社会進出することがない。戦前の日本やドイツのような、「産めよ増やせよ」のごとくの人口増加政策は、いくらなんでも採れない。
読者の多くがびっくりするだろうが、
少子化問題解決、女性の社会進出、労働市場進出、頭脳教育水準の向上といった、日本国内で難問とされている課題を、次々と解決方向にも使わせている先進国は、性について制度的抑圧を排除している。おそらく、無秩序無政府を好まない教育や人間関係の基盤の上に、性的関係を開花しようとするから、おのずと、行動が勇敢になるものと考えられる。よって、家族関係も抑圧的人間関係を排除し、正常な豊かさを求めるとの理念に落ち着くのであるようだ。
それは、女性経営者や議員数の何パーセントだとかの、ことさら結果論を強調するものではない。「女性らしさ」が直ちに経済の豊かさや成長を個別企業に与えてくれるわけではない。女性を登用したからといって=物事の成功には結びつかない。
反面、日本では、今でも多くの企業で、「お局(オツボネ)」が、重要ポストを仕切っており、部下の女性を恣意的に扱い、パワハラ&退職に追い込む行為は、日常茶飯事である。だから表面的な女性進出は、時代劇の“大奥”そのものの再来を個別企業に求めるようなものである。そして、根本的には、個別企業ごとに手を入れなければ解決しない、それは経営全般の課題なのである。


§すなわち、女性労働力を活用できれば、結果として
需要予測→商品開発→流通経路→販売回収=事業運営の整合性は、円滑にはかれるだろう。
だがそこには、性の制度的抑圧を排除+年齢差別排除を、個別企業ごとにも必要とする。
そういった個別企業の努力やハードルを、国や地域として下支えしたりハードルを下げることが、必要なのである。
経済先進国の多くは、婚姻制度で、事実上女性が縛られることを阻止している。
別姓選択・子育て・家庭形成・相続制度、何より18歳で子供が独立できる社会制度が基盤となっている。3年継続同居でもって家族として認められる。だからこそ、個別企業は自由に、有能な女性を確保するチャンスに恵まれるのである。女性の社会進出と称して、別姓選択、高年齢女性雇用の優先、育児休業保障=業務の整理透明度と分担、事業所内保育所設置といったことを進める方が、世界経済を相手にする対応力が個別企業内に蓄積されるからである。
夫婦別姓選択禁止、保育所設置、育児休業手当の不備、高年齢女性雇用の無関心といった、日本の政策の現状は、女性をさらに抑圧と貧困に追い込んで、それが企業経営?を成り立たせようとする方式に悪用される。“女性のしとやかさ”を強調するには、極東アジア地域の特徴である女性差別打破との、同一人物による両輪言動が必要なのである。現代は、感覚的に耳ざわりの良いことを話さない限りだれも相手にしない時代であり、その人物を見抜くには周辺人物と人間関係を診れば、直ちに人物判断される。
世界的に激動する時代:個別企業が、
事業の維持と豊かさを保つには、
ハ虫類的思考の社員は排除し、事業所内の思考習慣を一気に変化させてしまう方が簡単である。DV被害女性の保護施設を作ったところで、DV加害者の思考習慣(他人を、敵味方か上下関係にしか理解できないハ虫類的思考)を矯正する社会教育が必要なのである。
すなわち、日本の社会全体の変革を持っていれば、個別企業は経営や事業を収縮されるからである。


§知能指数をアップする=話としては簡単なこと
そもそも知能指数のテストとは、その同学年の中での偏差値であり、世界的には130以上が天才、75以下が問題児と、とりあえず意味もよくわからず決められている。これを開発した人に言わせれば、80未満を見抜くだけのテストであり、80以上の成績はその日その場の環境や本人の意欲で、10~20を超えて大変動するとのことである。アメリカでは概ね、70以下は障害児との扱いをするところが多いようだ。
だから、学年差や年齢差で比較をすれば、どこの国や地域でも若年層の方が知能指数が高いと言われている。
民族や家庭内とか、学校教育での思考習慣が指数を上昇させるとし
1.物事を分類すること、分析すること……区分・分析思考
2.論理を使って抽象概念を扱う……………論理的思考
3.仮定を真剣に受け止めること……………仮定や推論思考
の三つのポイントだと言われている。
(『なぜ人類のIQは上がり続けているのか』http://goo.gl/35RC75
しかし、決定的なことは、知能は向上したが、知性は低下したとの結果を防ぎきれないとのことである。すなわち、古い世代の人々は、常に自分の経験や自分の周囲の現実に即して考える習慣があり、仮定や推論=思考実験によって道徳を考えるといったような手法は不得意なのである。
「イノベーション能力のおかげで、暗記に頼らず、問題理解ができることとなり、自発的に勉強するようになる」と、フィンランドの家庭では、そう考えている人が多いといった研究も報告されている。確かに北欧全般やドイツあたりでは、先ほどの思考習慣を少年期の家庭において、身につけさせているケースがよく見られる。その上での学校教育を行っているので、子供の教育を学校に丸投げしたり、成績を塾に押しつけたりする無責任な親はいない。
労働時間が少なく=労働効率と生産性が高いことが北欧諸国やドイツ(フランスは似ているが異なる)での特徴であり……労働効率の悪い日本が人海戦術でGDPを維持している内実とは大違いなのである。
加えて、経済的家計的余裕ができたとしても、家庭内での思考習慣を身につけることができなければ、私学や有名塾、家庭教師を付けたところで無意味なのである。経済的貧困=教育の落ちこぼれだ!と短絡的に考える教育関係者は皆無なのであるが、事:社会運動家と言われる人たちの多くは、この短絡的(経済的貧困=教育の落ちこぼれ)解決策で、人目を引いて支持を得ようとするのである。


§いつの間にか、健康保険を国営生命保険に払い下げ?
厚生労働省は社会保障政策の柱となっている健康保険制度を、現在の法律に反して国営生命保険に変質させようとしている。法律では、日本国内で生活し働く人には、いかなる境遇にあろうとも健康保険を適用し、健康回復の具体的手段としてきた。にもかかわらず、1年前あたりから住民票に記載がなければ健康保険の資格を与えない。個人単位の保険ではなく日本国内の国民全体向けの、社会基盤確保のための社会保障の手段である保険制度を、変質させようとしている。
「法律違反だ」と年金事務所などに問い詰めると、あいまいな言い訳が帰ってくるだけで、決して合法的だとは回答しない。
こういった人たちを、画一的労働力ではないとして、社会保障の枠外に追いやってしまえば、生活保護予備軍が増加するだけである。母子家庭、DVやストーカー被害者、借金に追われる者、そのほか些細な理屈で差別された人たちである。人手不足の折に、あえて安定した雇用基盤を厚生労働省自体がなくしているのである。そもそも雑な労働者を国内に抱えておれば、個別企業の安定経営基盤となる安定労働の確保に手間暇と財源がかかることになる。
厚労省Webに掲載する、その理由の一つは、「宙に浮いた年金」をなくすると説明する。ところが、宙に浮いておれば年金給付は生じない、だから相当数の基礎年金番号は浮いているが、すべて支払い予定のない=プラス財源なのだ。
国民に分からないように健康保険を安値で民間に払い下げるとの危惧は、当然のこととなる。
“ゆうちょ銀行”や“ケンポ生命”ってな具合で、国の財産を特定民間に払いされる危惧だ。

2016/01/28

号外:マイナンバー 雇用保険:個人番号届出書=記載例

§ マイナンバー 雇用保険:個人番号届出書=記載例
http://goo.gl/CqwQkL
個人番号は会社も本人も取扱の義務は無く、罰則もありません。会社は個人に対して、それを無理強いすると刑法の強要罪にあたり損害賠償対象になります。
会社の記載義務は不正なく適法に特に安全管理措置を完遂したうえで、個人番号を取得した場合のみです。すなわち、個人情報保護法に基づく安全管理です。しかし、それは個別企業の現実では至難の業です。
そこで、会社の民事責任が問われない記載例は次の通りです。
http://goo.gl/CqwQkL
なお、従来通り職安受付は個人番号なしでも受理し処理します。


雇用保険手続に係る個人番号の空白記載(本年1月1日から)
  マイナンバー法では、___
 第6条で事業主の協力努力(努力義務に至らない)が定められているだけで、個人番号の扱いについては、いっさい権利義務が定められていません。個別企業が労働者に対して、個人番号届出依頼をするだけに限り、過半数代表との労使協定の締結が必要になります。これが締結されていない場合は、届出依頼をするだけで刑法の強要未遂罪に該当することになります。実際に個人番号を労働者に届出させれば刑法の強要罪(権利も義務もないのに他人に強要)が成立します。それは同時に個別企業の不法行為を形成します。加えて、提出拒否の記録を取らなくとも罰則はありません、むしろ、組織的に拒否記録を促すことで個別企業の圧力や強要を形成(不法行為)しますから、損害賠償訴訟を個別企業が招来することになります。
内閣府は従前から、労使協定締結の努力までは要しないと回答しています。個人番号届出先の掲示をするだけでも、個別企業は努力を果たしたことになるとしています。ですから、意味も覚悟も無く、会社は個人番号を回収すれば、「民間の問題に国は介入しない」と内閣府が説明する通りなのです。

☆ その他、マイナンバー対策書式集の無料ダウンロードはこちらから。
  右列の上の「管理対策」を済ませてからでも遅くはありません。
  ⇒ http://www.soumubu.jp/download/


○世界はICT産業革命の真っ只中で、この日本のマイナンバー制度は逆行かつ硬直した制度です。例えばドイツは、インダストリー4.0(Industrie 4.0)を進めており、10年後には労働生産性が30%増になると発表されている。で、そのドイツの個人番号は全くの任意制であり後回し、国家戦略は好景気対策に向けられている。急成長システムは政府官僚のための管理社会ではないのだ。
https://goo.gl/ighSgo

2016/01/05

第165号:観念が固有文化価値として商品流通すれば経済・経営は立ち直る

<コンテンツ>
今年の経済動向を総じて言えば
   さらに、貿易立国となってしまった日本での決定的欠落とは
   そんな官僚の卑屈的姿勢の挙げ句、マイナンバー制度
   加えて、「1億総活躍社会対策?」なるものは、
   打開策=経営者も個人も協力一致:個別企業に団結して自力更生。
社会発展の法則 = 「経済変化 → 文化が変わる → 社会制度が変わる」
   = 社会発展における、経済発展と文化発展の、哲学的問題提起 =
最新! マイナンバー制度の情勢
マイナンバー制度で拡大する、新たな闇世界!
   「年収130万円超過の被扶養家族」の悪徳を行政が助長
   この闇の悪徳懸念に対して年金事務所の態度は
   ~社会保障の定石である対策手法を進めることが重要~


§今年の経済動向を総じて言えば
1929年の世界大恐慌の後に形成されてきた、世界的信用経済機構や金地金を本位としない通貨体制が、崩壊するか或は大きく行き詰まるか、それが今年からの始まりなのである。
信用によって成り立つとしている経済が、その実態の有無は別としても、今日各国の通貨体制および経済政策や公共事業の資金源となっている幻想的現状がある。もちろん日本政府の財政や公共事業のみならず、国内は都道府県とか地方自治体に至るまで、こういった信用経済の仕組みで動いている。確かに、政府財政や自治体の発表している帳簿の真偽は定かではないにもかかわらず、いわゆる民間企業でいうところの、「帳簿は合っても、資金が回らず」といった黒字状態にないことは確かである。
そもそも熟慮しなければならないことは、
公共事業というものは、民間に資金もなく経済効率が後見込めないものだから、前もって長期の借金返済計画を組み立てて、社会や経済活動に資する事業を行うことである。したがって、民間企業の経理のごとく、一足飛びに赤字や黒字で物事を判断するものではない。この公共事業を進めることで、民間企業自体の実態経済の成長や豊かさを浮揚させる結果が現れてこそ、初めて公共事業政策の目的が実現されるのである。
ところが、まるでスキャンダルと化した公共事業や政府・自治体の支出(マイナンバー予算?など)によって経済が浮揚するかのような幻想を、多くがこぞって、振りまいているのも確かである。それを報道する大手新聞は、部数拡大のためならスキャンダラスな経済記事を掲載するのが現在の姿である。海外のロイターやワシントンポストは、今や日本の経済政策の失敗を配信している。通貨量調整や株価操作で経済が浮揚すると主張した経済学者は自らその誤りを認めた。

さらに、貿易立国となってしまった日本での決定的欠落とは
  • ①経済成長の柱となる内需が弱い。
  • ②豊かさの中核であるはずの売れる商品の開発が弱い。
  • ③あらゆる産業業種でのイノベーションが弱い。
である。それは、大手企業などが国家財政や政府の経済優遇に頼りきって、これら三つの欠落事項を補強しようとしない怠慢からであり、とりわけ官僚たちは自らの保身を優先させる生き様から、三つの欠落事項への対策が打たれていないのである。おそらく多くの官僚たちは解決策の見当すら付いていない。
そもそも彼らは、近代国家たるものが救貧政策から
  • →「知識によって財産を得る」といった哲学の発生
  • →それが、「世界的にも社会的にも、地位の向上の可能性を開く」
  • →そうした社会構造と社会秩序の中での社会経済政策を進展させる、
~といった、近代国家としての前提的戦略に気がついていないのである。だからこそ、経済といえば数値的成長を追いかけ、経済豊かさの意味が理解できないのである。ここに、世界から相手にされない官僚の卑屈的姿勢の原因がある。アメリカのように雇用統計が金融政策の柱とならないのである。

そんな官僚の卑屈的姿勢の挙げ句、マイナンバー制度
といった官僚の一方的管理構造を日本に定着させようとするのである。
マイナンバー制度の懸念とは、日本国民すべてを住民票の住所地に縛りつけて、自由を奪い生存権をはじめ人権を奪ったうえで、国民個々人を文明基礎商品と化してスクラップとリサイクルの渦巻に組み込むこと、すなわち最も巻きこまれる物事は、商品と化された人間スクラップと新たなリサイクル生命の再生産としか受け取れない論理構成を免れないからだ。彼ら政府官僚や企業内官僚主義者の言動からは、順当な経済志向や順当な幸福概念をうかがい知ることができない。
脳科学の近年研究によれば、人間は炭水化物を胃腸にため込むことによって即行エネルギーを確保し、血中ナトリウムNa濃度を引き上げることで多量の水分を欲し、水分補給することで血圧上昇を招いて、ヤル気を出させるメカニズムが明解となった。すなわち、戦国時代から持てはやされる、「塩辛いおにぎり、そして水を飲み」なのである、ただし早死にするが。食品成分で持ってスクラップとリサイクルは可能となる一例である。数多くの指摘がなされても、未だ人間の疾病治療や予防医療の話題がなおざりなところからすると、ビッグDATAの使い道も懸念されるのだ。

加えて、「1億総活躍社会対策?」なるものは、
霞が関財務党なる幻想勢力が、目先の選挙政策も含めてまき散らしている夢物語にすぎない。
「泣き寝入り男子」&「ふてくされ女子」を再生産するだけである。
江戸時代、徳川家康(幕府)は、外様大名の経済力を激減させるために、世界で初めて奴隷制度を廃止して、奉公人制度(敗戦まで続いた日本の労働システム)を造りあげた。と同時に、権力を批判せずモノを考えない人間に止めておくために、次の3本柱の徹底を続けた。
  • イ)庶民を経済的貧困に陥れる。(年貢や税収に結びつかない経済を抑圧)
  • ロ)知性を乏しくさせる。(学問を抑圧。芸術を抑圧。庶民の学者を認めない)
  • ハ)性を抑圧する。(男女を別ける。性欲のはけ口を設ける。正常な性的関係を抑圧)
近年の、第二次世界大戦直前に、ドイツのヒットラーが大型建設重機を使わずにスコップで建設したアウトバーン高速道路とか、労働者福祉の名目でフレンチカンカン踊りを奨励する反面、ジャズやスウィングを退廃文化と決めつけた偏向社会政策などの類似品に、この1億総活躍社会対策は似ている。
  1. 経済の成長や豊かさの進展によって最低賃金を引き上げるからこそ、経済効果が生じるのである。仮にも最低賃金の引き上げが先行すれば、労働者の雇用者数が減るだけである。経済的貧困に陥るのは現状の延長線上である。
  2. 女性・若者・高齢者・障害者などの活躍推進は口先スローガンで、原因分析と事態脱出のための企画立案がない。これに関する無数の公共や民間の学術研究を無視する内容である。筆者が知る限り、無類無数の提案が女性・若者・高齢者・障害者などの活躍に対して研究や企画立案がなされている。
  3. 結婚・子育て基盤となる若者の雇用安定・待遇改善も話題にしただけで、数々の社会分析に耳を貸さず、幸福を追求する人たちを後押しする企画や保障対策がない。すなわち、国民の賛同や協力を得るメドもつかず、財源措置のあても全くなく、ヒットラーのような借金を国民に負わせる独裁者以前の-封建時代:バカ殿のレベルだ。と思いきや結果を、性を抑圧する現代版である。
打開策=経営者も個人も協力一致:個別企業に団結して自力更生。
  • ①経営者も個人も一丸となり節税と出費抑制を進める。脱税では解決しない。
     ……決してこれは、賃金カットやコストダウンと違う範疇で進める。
  • ②資金、不動産など以外のもの=研究・知恵・教育や福利厚生を蓄積する。
     ……通貨に換算してしまうと国税に狙われ、事業集団の価値も栄養も激減する。
  • ③情報を整理することと、知識を蓄積し知恵に発展させること、を区分し仕事をする。
     ……情報整理は、せいぜいX・Y・Zの3次元で、必要に応じて持ち歩く物
       知識は身体性に結びつき、情報整理では着想できない知恵につながる。
       すなわち、X・Y・Z・time刻々変化・connect時空を飛び結合する。
さて、次のセクションで、その商品開発や次世代の事業方法=経営管理を考える。


§社会発展の法則 = 「経済変化 → 文化が変わる → 社会制度が変わる」
~個人や企業の自力更生 → 物心の豊かさ → 幸せを感じる~
自由主義や資本主義経済の変遷過程には、いくつかのポイントがある。
  1. 正義は市場価格にあり、貪欲や売惜しみは悪、労働の指揮と分配で価値を生む。
     (イギリスの名誉革命で導入された経済政策原理は資本主義の基盤を形成)
  2. 商品経済の発展は自由・個人・民主主義の文化を形成、近代国家体制の基盤。
     (18cフランス革命やアメリカ独立戦争、19c欧州王族体制の崩壊)
  3. 観念や感覚が商品となって流通することで、最も確実に利潤を生む分野の発生。
     (労働力による文明基礎商品と共に、労働全般による固有文化価値商品も増加)
  4. 信用経済や世界通貨の形成や崩壊に漂い、知識によって財産を得る経済志向。
     (文明基礎商品のスクラップとリサイクルに起因した文化や幸福概念の崩壊)
  5. ICT産業革命による固有文化価値商品の流通により幸福意欲と利潤増の整合。
     (共通目的の交際associate 創始authority 社会共同体societyを、
      自由・個人・民主主義の伝統の上に、観念や感覚分野の価値を見いだす秩序志向)
☆ 観念や感覚が商品となって流通するとは、例えばどんなことか。
【その観念とは何か】
世界的に日本料理、否:日本料理といった観念が流行している。いわゆる日本風と言われる料理にあって、日本料理(固有)の文化価値こそを、忠実に需要側が味わえるように、またそれが需要側に自然に同化するように、その現地に適合した商品となるよう料理加工技術を発揮している。すなわち、
  1. 味覚があっさりした味付けとなっていること
  2. 食材その物に、その現地に比べてヘルシーな物が使われ
  3. 比較的料理を作る手間のかからない料理商品であり
  4. 何といっても、後片付けが簡単である加工料理であること
~この四つのポイントが、海外で躍進している日本料理のポイント(日本風)である。
したがって、日本料理レストランを経営するのに、日本人である必要がなく、日本料理の技能ではなく料理や加工技術の水準が高ければ、成功するのである。
それは、飲食や加工食品を味わい利用して、幸せを実感するといた行為は観念(思想も含め)が左右するからである。脳科学の発展で解明されたことは、脊椎動物はすべて血中糖度が低くなると空腹を感じ、ナトリウムNa濃度が高くなると喉が乾くと感じるのである。だから、「塩辛いおにぎり、そして水を飲み」でもって、実は不幸に至る観念を他人が管理できるのである。
【その感覚とは何か】
ちなみに各言語には:日本語は八拍子、英語は四拍子、フランス語は三拍子、ドイツ語は二拍子といった拍子がある。ある拍子にリズム(拍子とリズムの異なる)でもって、音の表現を行えば、新鮮な感覚を見いだすことができる。ひと昔前まで日本では歌の拍子といえば、二拍子を取る人が圧倒的だった。文部省義務教育で行われている行進曲風三拍子は常識的感覚に合致しているからといって、その常識的感覚のもとにシャンソンを演奏すると、パリ固有の文化価値の栄養は少なくなる。また、ひと昔の日本での色の表現は、白、黒、赤、青の四色の言語でしかなかった。いまだに道路交差点の信号機を、緑ではなく「青信号」と言うのはそのなごりである。戦時中に「赤い服を着ていると気違い」と町内隣組では批判され、警察の取り締まりを行った。バラエティーに、淡く濃く鮮やかに、様々な赤や青の表現をすれば、特高警察をすべて内偵記録した。文明基礎商品を組織的にことごとく官僚たちが国民監視をして、究極のスクラップとリサイクル(商品も人間も共に)で「幸せ実感」を弾圧した。経済活動は労働力のみで勘定され、労働の全般的な発揮は官僚たちに禁止され、人々は:敵味方とか上下関係の人間関係の思考に陥らざるを得ず、知識や知恵の水準は退化して行き、生命も心も気持ちもが粗末に扱われるに至った。

= 社会発展における、経済発展と文化発展の、哲学的問題提起 =
  • イ)観念や感覚が固有文化価値商品となって流通することで、人々の「幸せ実感」と併せて最も確実に利潤を生む経済分野の増加となる。
  • ロ)労働力による文明基礎商品のスクラップとリサイクルだけしか供給されないとすれば、需要側は、挙げ句に不幸の連鎖を味わうこととなる。
  • ハ)そのスクラップとリサイクルに最も巻きこまれる事柄は、商品と化された人間と新たな生命の再生産である。
  • ニ)固有文化価値商品の奥底にある思想や観念(感覚を起源として)となっている、この固有文化価値こそを、忠実に需要側が味わえるように、それが需要側に自然に同化するように、供給者は需要側の現地で固有文化価値商品を(翻訳)具現化することが要である。
  • ホ)その従前の文明基礎商品と異なる点は、この場合の利潤を引き出すために需要側の常識的色合いをすべてに加えてはならないことである。例えそうすることによって手に触れる物すべてを通貨価値に変えることができたとしても、そのことで需要者側の思想や観念に伝わるはずであった固有文化価値の栄養は少なくなってしまうとの結果を招く。もちろん、需要者側の思考にとって新鮮な感覚の商品を見いだすこと自体もできなくなる。
そこで、 = 「幸せ実感」の進捗過程とは =
  • 1st.まるで思想や観念による希望が叶ったかのように、次々と可能である言動を振る舞うことで、個々人で幸せを感じ取ることである。
  • 2nd.その幸せを感じ取る言動は、「心mind と 気持ちspirit 」の観念を帯びながらも、周囲の状況を整えてゆくこととなる。
  • 3rd.但し、物理的に不可能なはずの言動や投資に走る者には、再び未成年教育が必要となる。
  • 4th.その個人の人生が芸術的なのではなく、人は芸術作品に登場する人物のように生きると言う方が正解である。
  • 5th.そこでは、自由・個人・民主主義の伝統文化が発展して、「共通目的の交際associate 創始authority 社会共同体societyを根底にした、観念や感覚分野の固有文化価値を見いだす秩序の志向でもある。
そう、従前の文明基礎商品においては、その効率的なスクラップとリサイクルのためには、さらなる画一的一元的管理がもてはやされ、商品も人間も物的扱いされ、ニセの幸福夢物語の達成に、心身が負わされるのである。


§最新! マイナンバー制度の情勢
とにかく、会社への届出数や通知カード開封率の数値情報が出てこない。
マスコミのPRは進むが、行政の法令順守が希薄である、事に国税庁は。
当社に入ってくる情報によると、
有数の通信事業者やITシステム企業でも、マイナンバーを回収する方向にない。
某大手生保では外務員からの回収予定はなく、客先と社内の話は別だとしている。
金融機関、証券会社のいくつもが社内の回収を延期や断念している。
いくつかの物流や小売り大手は、全くの希望者だけに回収を止めている。
介護福祉関係は個人番号の業務扱いを止めたため、余波なのか回収断念も多い。
例のマンション杭打ち偽装企業は個人番号を積極的に回収している。
感触としては総じて、
誰かが届け出拒否をすれば、一斉に届出拒否が広がる雰囲気である。
……とにかく、法的根拠なし、大義名分なし、危険増幅の目白押しが続いている。
【取扱に関する主語や宛先の曖昧さが混乱の元】
  1. 個人番号は本人の任意掲示で届出拒否権がある。会社に権利義務はない。
  2. 家族自身の同意が得られない個人番号回収を会社は強要できない。
  3. 勝手に子供や認知症などの無能力者の被扶養者個人番号を届出流用は法違反。
  4. 扶養控除申告書は本人提出で、税務署などに個人番号を知らせたい任意の記載。
  5. 健康保険の被扶養者異動届は会社提出で、個人番号を知っている場合のみ記載。
  6. 法律は、会社が番号を取得しておれば会社提出書類にも流用記載すると義務。
  7. 源泉徴収票などの発行は会社、個人番号を知っている場合のみ記載義務。
  8. 雇用保険など本人提出の書類を、会社が本人代理をする場合には代理人証明を要す。
…権利義務もないのに他人(社員や家族)に強要することは強要罪となり、損害賠償請求や刑事事件の責めを負うこととなる。マイナンバー法において、会社は個人番号を取得した場合にのみ義務が生じ、あくまで個人番号の回収の行政協力でしかない。したがって、協力した行為に報酬は発生しないし、協力を超えた行為を行った場合の責任は会社が問われることとなる。安全管理措置の体制が確立していないとの自覚があるにもかかわらず、個人番号を回収することは個人情報保護法違反となり、その責任も会社が負うこととなる。いずれの行政機関も、こういった原則で業務推進をしており、いざとなれば「法律を知らない貴方が悪い」との論法が通用することとなる。


§マイナンバー制度で拡大する、新たな闇世界!
社会保険の加入には、基礎年金番号か住民票の氏名・住所が必要とする措置が実行されている。これらが住基ネット(マイナンバーと結合)のコンピュータDATAと合致しなければ、加入手続き(資格取得)を年金事務所から拒否をしてくる。健康保険証は発行されず保険料の徴収もされない。年金事務所は、「誰でも住民票があり、偽名では手続きしない」といった通り一編の説明で、そもそも法律の趣旨を曲げた「理想の物語?」を持ち出しているようだ。
現実に生じている実態は……
基礎年金番号や住民票の氏名・住所を明かせない人は少なくない。
  1. DV認定やストーカー防止法の対象になっていなくとも、危険にさらされているケースは多い。
  2. 働く時間を、夫からの一方的抑圧で制限されている妻も少なくない。
  3. 借金や犯罪に巻き込まれ、或いは村社会の世間体から緊急避難して、住民票を後に、居住していない人も都市部では多い。
  4. ___ 通常、人を雇用する作業とは、これらへの対応が必要である。住民票の無い者は採用しないといった理屈では、実際の経営は済まされない。

「年収130万円超過の被扶養家族」の悪徳を行政が助長
そんな事情に付けこみ或いは、社会保険非加入の言葉で誘惑をして、組織的に大量の不安定就労者を採用し、人件費ダンピングで売り込みをかける労働集約型の悪徳事業者は後を絶たない。
★住所不定の300人男性を、某大手自動車企業の地方工場の社員寮に住まわせ働かせていた事件。もちろん、国税や地方税の納税は無し、健保も年金も無しだ。
★ことに、「扶養家族のままで年収150万とか200万とかを稼げるよ」との誘惑に乗せられてしまう主婦は少なくない。
当然に悪意を持って、
その事業主は履歴書に一応記載してある住所・氏名で社会保険の資格取得届を年金事務所に提出する、それは資格取得届の手続き完了の証拠固めのためにだ。
  • →年金事務所では、基礎年金番号を振るために住民票の氏名・住所を検索するが、住基ネットで見当たらない。
  • →事業主に問い合わせても、「本人が明かさない」とか、「本人に住民票を請求できない」と、事業主は返答する。
  • →すると、その人物の資格取得をストップし、社会保険の加入は宙に浮くのだ。
  • →年金事務所は、「保険証を渡せません」と説明、事業主や当座本人の狙い通り。
  • →もちろんマイナンバーも会社への届出拒否権の行使となるであろう。
  • →国税の源泉徴収は、乙欄を適用させる。地方税は支払調書を提出しない。
     (ここに正当理由の通称名使用=権利行使と、悪徳脱税の差が出る)
  • →そして、その悪徳会社も本人も、労使合計すれば賃金の24%ほどにも及ぶ保険料負担がなくなる。主婦などは夫の扶養家族の状態のままである。目先の利益に走れる事で、そんな主婦たちは安堵する、まさに法の統治が崩壊した悲惨である。これなら130万円扶養家族の壁など容易に突破できるといった無政府状態。
通称名を使用して社会保障を受ける権利を剥奪されざるを得ない者と、悪意を以て違法行為を行う者が混在してしまうこととなる。だとすると、「悪貨は良貨を駆逐する」のことわざと同様に、悪意を持った違法行為は、国内にはびこらざるを得ない。悪意を持って違法行為を行う者の多くは低所得なので保険料が安く、そのため保険財政の赤字要因となる。だからと言って、被保険者の資格を排除すれば、社会保障制度自体が崩壊してしまうのである。

この闇の悪徳懸念に対して年金事務所の態度は
厚生労働省や年金事務所は、そのような事例は少ないとして聞く耳を持たないようで、全く対応する姿勢を見せていない。
だがそれは、事業主が本人確認をしても紙きれがそろわないから届出しない、だから資格取得で表面化しないだけのことである。加えて、過去からの年金事務所の姿勢と能力からすれば、仮に年金事務所が調査に入ったとしても、「本人が明かさない」ことを悪徳事業主の盾にされれば、年金事務所は手も足も出すことはできない。社会保険を強制適用であるにもかかわらず、「保険料が払えないのであれば社会保険をやめて、国民年金に入ってくれ」とアドバイスをしていた時代もあったのだ。加えて仮に、年金事務所の何らかの対策が功を奏する段階となれば、悪徳事業主は無保険を全員退職させてしてしまうとの事例が過去には度重なる。正直者が馬鹿を見るシステムを作ってしまえば、年金事務所への信頼感は激減するから、闇へ闇へと沈んでいく。
このような、いとも簡単な手続のスキに社会保険行政関係者が気づかないわけがない。社会保険審査官や社会保険審査会の業務には、こういった事例が繰り返されている。なによりも戦前からの伝統を自負する健保年金行政の蓄積を持っているはずだから、である。
今年10月には、週労働時間20時間以上の労働者にも社会保険を適用するとしているが、表向きは適用促進が進むかもしれないが、闇や地下経済では住民票の住所や氏名を明かさない者の増加、偽装請負の労働者派遣業者の増加を迎えるかもしれない。年金事務所への信頼感が激減すれば、各地域の企業とか社会保険労務士の、「適用促進」の協力を得られるわけがない。

~社会保障の定石である対策手法を進めることが重要~
すなわち、個々人には関係なく実在人物を全員=社会保険に加入させ、たとえ保険収支が合わないようなわずかな保険料だとしても、すべてを適用事業所から完全徴収を行えば、このような悪事ともいえる制度のスキを狙う事業主は激減させられる。架空人物による将来の年金請求が行われない保険料や年金番号は、「宙に浮いた年金番号」とは異なり、その保険料は脱税その他の必要経費として払われた金銭なのであるから。偽装や詐欺に社会保険が使われることは今に始まったことではない。地元の良識ある経営者とか社会保険労務士が、制度充実や不正撲滅に積極的協力するよう行政施策を組織すればよいのだ。
人が健康に生きる健保、将来不安を減少させる年金制度は、社会全体の秩序維持制度である。だから、そこに個人利害の理屈を持ち込めば、たちまち悪徳事業主に、そのスキを狙われることは自明の物事である。或いは、マイナンバー制度で防止できると説明するが、それは現実社会とか法律の権利義務を無視した幼稚な夢物語にすぎないから実行力がない。むしろそれでは、一方的管理社会に対抗する集団が発生して闇となり地下に潜ることを助長させる。
よって、年収130万円を超過する被扶養家族の発生を防ぐには…
  • ①本人確認を実在人物であるとの実態に留め、
  • ②住民票との住所氏名の照合要件を止めることで、簡単に解決するのだ。

2015/12/08

第164号:人は、芸術作品の登場人物のように活きる。

<コンテンツ>
転落の一途をたどる 景気動向
経済動向:成長へ豊かさを判断する「道具」とは
さまざまな仕方で、幸福感を、人それぞれ味わえるが、
哀れなネタに翻弄される大手のマスコミ
【現場近況!】
 個別企業のマイナンバーのボイコット、地下で拡大。

厚生労働省は、マイナンバーに依存しない仕組みの検討
マイナンバー実施 その無理を振り返ってみる…。
決して、反対はしませんが、マイナンバー違憲訴訟?
マイナンバー 一大欠陥。 同居家族の番号を扱い
欠陥商品? =次は、マイナンバー収集代行業務

§転落の一途をたどる 景気動向
日本の経済政策は、「失敗した!」と、海外通信社のロイター通信や米国ワシントンポスト紙などが断言記事を書いている。確かに実態はその通りで、
①成長のポイントとなる株価は、日銀の国債買い取りによる通貨価値の下落&株式買い支えによるものである。今年10月の国内(円)通貨流通業は前年同月対比5.9%増加で100兆円を超えたとの報道。ある証券会社は「国策産業株の投資信託」を利率12%の高リスクで売り出す始末である。
②アメリカ連銀の景気判断である雇用統計、これが日本では経済政策に繁栄しないことになっているが、やはり経済豊かさを反映している。だが失業率も非正規労働者率40%を超えることでの在職労働者数増加(すなわち正社員から非正規の採用の転換)を背景にしているから、改善されたとは当てはまらない。
③まして、最低賃金を毎年3%ずつアップさせるとの政策であれば雇用人数が減少するだけのことである。150年も前から繰り返される、「素人に耳ざわりよく聞こえる学説?」が出回るほど経済は深刻悪化していると、そんな捏造話流行を経済学史では証明しているのである。
大きな不況が、この年末から来年にかけて、やって来ること間違いない。これは世界的なものだから日本が免れることは出来ない。むしろ、日本国は貧乏くじを引かされる懸念がある。ここで個別企業だけは切り盛りする「腹構え」を持つことが、周囲に安心感を与えることになる。知恵と知識は力となり、「人は芸術作品の登場人物のように活きる」と言われている。


§経済動向:成長へ豊かさを判断する「道具」とは
5万と乱立する経済学のうちでも、「職業能力や経営管理力、および事業経営の指向」これをテーマとする分野での観点視点を用いれば、個別企業 → (中学校単位からの)最小地域経済 → 市町村経済 → 都道府県や政令指定都市(現行:政策単位)経済 → 日本国内 → 世界各々経済圏に至るまで、経済成長や経済豊かさの可能性を判断できるのである。ちなみに、この道具で経済を語った著作がこれ
http://netclerk.net/WebShomotsu/
その基本的な考え方を簡略してまとめると
①労働の分配と指揮により、商品価値を生み出しているか否か
②自由原理と言いながらも、公正に市場原理が成り立っているか否か
③最終商品である衣食住に、ただ浪費するだけの商品氾濫なのか否か
となる。①は職業能力者の能力を磨き事業経営に指し向かっているか、②とは価格操作が国家や大手企業で左右されていることや統計資料の不正確さで資金集中の利権が人為発生させていないか、③は使用段階で商品価値増殖が出来ない物がIT危機や通信を悪用して増加、衣食住分野では「激増→廃物→再購入」のプロセスを踏んでいないかである。
そうすれば、経済新聞や経済ニュースで一喜一憂させられることなく、ハツカネズミ化も避けられる。一喜一憂の依存心で経済新聞や経済誌が増えていることは間違いない。


§さまざまな仕方で、幸福感を、人それぞれ味わえるが、
「自らが不幸に陥っていることを認識出来ない貧困」
を、金持ちであるとしても味わわされている。
A.例えば、マンションの基礎手抜き工事事件などは、建築物倒壊には至らないがリフォームに耐えられないくらいに寿命が短い建築物といった本質なのである。住宅用鉄筋建造物は、旧来は75年使用を目標としていたし、木造5階建て建築は地震国でも通例なのである。ここにきてやっと経済産業省も数10年先の国産木材利用構造物を提言し始めた。ただただ遅い。
B.衣類や食品加工の商品でも、無価値商品や色とりどりの選択をそそるばかりに価格を構成し、高価値や利用者の価値増殖による商品の利便性や高級:芸術性は低下しつつある。無価値商品とは、言い過ぎかもしれないが:その使用価値の量だけでは価値がないのに等しいことを表現した。すなわち、衣類は短期間廃棄をせざるを得ないし、什器備品の範囲は家電や家具にまで広がり=安物氾濫:手作りの偽名もとにガラクタ工芸品が出回ることとなっている。
C.幸せを満喫するための価値ある商品とか希望や生活エンジョイに有用な商品が、次々と目の前から消え去っていくのである。「選択幅が大きいから楽しい」との詭弁に乗りやすい若者は本物を見たことがなく、幸せを創り出すための可処分所得の消耗が激しい。(とにかく経済的に貧困なのである)。だから、価値ある商品を製造販売する職業能力や経営管理力も無駄かのように、彼らは錯覚するのである。
D.商品に対して、通貨では換算出来ないような価値を持たせれば、それは金銭に換算出来ない労働や能力によるものだが、そうすれば必ずその商品は再生産軌道に載ったシステムの適正価格で流通させることができる。その道は国内に限らず、経済政策や資源争奪戦争とか国防外交の枠を突き抜けて世界に多国籍展開販売ができるのである。それを支えるものが、ICT産業革命だというものである。
E.その世界初の価格決定論がこれ…。
http://netclerk.net/WebShomotsu/archives/611


§哀れなネタを翻弄する 大手のマスコミ
★一般の人たちに対して、物事への認識をマスコミが提供しているのは事実である。
a.売れない商品を作り続ける昔ながらの職人は視野狭窄(井の中の蛙)を起こしている。
b.よい商品が売れるはずだと錯覚している技術者は保身であり閉じこもりである。
c.老人定義とか社会保障の線引きを完了が机の上で決めている。
d.健康保険や生保の給付目的で病名が決まり、生活参加への治療は祈りと迷信に任されている。Etc.etc.!
★モラル・ハラスメントの中でも、
・自己を中心に、上下関係や敵味方関係でしか物事を判断しないから、
・モラハラ加害者は、他人への権利侵害を認識出来ない人物として横行しており、
・またこれがオモテ面を覆い隠すものだから、影での脅しや恫喝はセクハラやパワハラの表面形しか出てこない。
・本質的に他人の職業キャリアの向上を阻止する行為が加害者の根本にある。
・だから、価値ある職業や仕事の推進が、モラハラ加害者に阻まれているのである。
・ことに物心両面貧困に晒されやすい女性はモラル・ハラスメントの的であり、
・通例の如くモラハラ加害女性が、被害女性をハラスメントする構造も生じている。
・それに留まらず、モラハラ加害者は労働意欲減退を引き起こし、ブラック企業や大学生アルバイトの悲惨さの、「引金を引き、発生原因」となっている。
★これら違和感・危機感を肌で感じる毎日で
事実上の弱肉強食と、マイナンバー強行など官僚による潜脱・脱法行為は、
近視眼的秩序や功利主義データ管理へと、(人間生活を物心両面の貧困へと向かわせる=)世間体を広げるばかりである。良心・良識・社会(共同体)の水準を極東アジア諸国に迎合させることになる。
★大手新聞や大手マスコミは、単純論法で展開できない故のジャーナリズムを控え、
ひとえにこういった「哀れ」ネタまでをも、読者数や視聴率の拡大に活用している。
このマスコミの姿を、惨め、みすぼらしさ、気の毒な様の、「哀れ」というのである。
そこに、モラハラ加害者は、
自己意見を形成できない、TVや新聞ネタを常に持出し悪用する。


【現場近況!】
個別企業のマイナンバーのボイコット、地下で拡大。
現場近況!それらは、元来の制度運用に窃盗や強要罪を強いるとか、企業に漏えいの損害賠償を負担させる仕組みになっている。 税務署に代わって民間会社に番号回収させることは問題なのであり、それは世界でも独特の方法である。同時に、所得を隠したい人は届出拒否権を使える。
そして税務署等に届ける人と届けない人の区分けが進む。こうなれば、マイナンバーの事実上制度崩壊は近い。赤ちゃんから大人まで国民の2~3割が会社や役所への届出を拒否すればマイナンバー制度は崩壊する代物である。
銀行などでも社外と社内の話は違う。誤番号や紛失も含めて続出している。マイナンバー通知カードを市役所に返納する人も発生したようだ、これまた返納のための書式も既に様式として存在しているようだ。


§厚生労働省は、マイナンバーに依存しない仕組みの検討
健康保険(国保、健保組合、協会健保)の個人番号未記載受理が進むことで、「普及までに一定期間がかかる」として、マイナンバーに依存しない新たなしくみの検討に入った。①「医療連携で用いる識別子」を使う(潜行方法)を利用する。②「医療保険資格の番号」で各健康保険を横断できる。の二つであるが、「マイナンバー制度に楯突行くことなく、骨抜き表現」でもって、発表した。
マイナンバーで行えるとの未来構想のうち、
医療分野の重複診療、保険者(国保、健保組合、協会健保)の横断の課題は、厚労省独自で行うとの方針転換である。例の汚職にかかわる医療情報での新薬開発の方面は事実上の断念と見ていい。まして、10月7日に日本医師会は反対表明をし、直後に室長補佐の逮捕であるから…。
しかしながら。
先進国では生活水準の向上で、19世紀の結核・コレラ・チフスの流行時代から、治療より予防が大切な、癌・心疾患の時代へと変化している。だが、私自身が希望するような疾病disease医療&予防医療に重点を置くことには、日本はまだまだのようで、病気illness医療を保険制度で進める方向は、厚労省でもマイナンバー構想でも変わりなさそうである。やはり日本では基本的人権概念が少なく、医療といえば刑務所のような病棟生活をイメージせざるを得ないのだ。


§マイナンバー実施 その無理を振り返ってみる…。
A.やはり、制度の目的が国民個々人の幸福追求には無かったこと。
(公平公正のうたい文句では弱い者いじめが浮き彫りになった)
B.何十万人もの集団をリードし出来る者が考えなかった企画や運営。
(社会道徳や制度での経験が浅く、実施すれば公序や法違に反する)
この二つが決定的な失敗の原因であろうと考えられる。まして、徴税や徴税人の肩代わりを民間にさせることが安易だったんでしょうね。
したがって、マイナンバーから生じる社会経済危機の回避には、
①本当につなぎたいと望む人だけが
②個別企業の負担の無い形で
③各々が選択的に個人番号を取り扱う方向
の三つが妥当だと考える。しかしこれでは官僚支配や保身をベースにした米ナンバー制度は崩壊してしまうのだ。
【国民個々人の幸福追求権と社会的道徳と制度を担保する方法(例示)】
1.安全管理体制がなければ法違反なので無理に集めない。(賠償責任)
2.会社等に義務も権利もないから、強要罪等の刑事犯行を誘発誘導しない。
3.番号取り扱いは、国家資格者の認められた者に限定し、社内社外問わず法的知識の無い者(一般事務員、クラウド業者従業員など)は排除し、合法的処理の出来る者に限る。家族からの収集にも電話等で直接に本人確認に意思確認し当らせる。
4.クラウド業者の委託は収集作業に限り、本人確認作業を含ませない。
5.家族の本人確認、意思確認、回収は国家資格者に委託代理する。(法律で世帯主等は個人番号の収集保管に限られており、持出し可否は本人意思に因る)。
6.届出同意の意思確認は、理由なく拒否出来ることを理解させたうえで行う。(未成年や疾患その他の無能力者の回収は必要ないとする)。
7.唯一の国家資格者となる社会保険労務士には依頼に応ずる職責があり、番号の違法な回収や情報保護瑕疵、労働契約法その他の潜脱行為やその懸念などには、取扱停止の事務代理を行使し、公序や法に反する行為を未然防止する。(税理士は給与所得者の税務番号記載の税務代理に限られている)。


§決して、反対はしませんが、マイナンバー違憲訴訟?
来年1月1日からのマイナンバー施行後に焦点を当てた違憲訴訟?
でも現実は憲法違反裁判を期待するだけではでは防ぎきれない法違反の氾濫(はんらん)が進行しています。
将来の裁判判決もですが、いま権利侵害や民間企業が片棒を担がされている現実が存在しているのですから、現実の法手続きの不具合を修正・是正する視点こそが必要と思います。末端現場での実状把握を軽視した訴訟や・交渉事というものであれば、誰だって相手にはしないでしょう。
★マイナンバーは、予想通り個別企業で法令違反を生んでます。
1.安全管理体制が無いのに、番号回収=個人情報保護法違反。
2.個人番号の回収には労使協定が必要=労働契約法。
3.番号の届出を義務化するといった就業規則は、
  不利益変更なので、一方的に行えば労働契約法違反。
4.番号回収を強要すれば、会社には権利も義務の無いから強要罪。
5.強要は民法での不法行為、損害賠償額の価額の引き上げに至る。
6.家族の番号を、
  家族の同意なしに会社に知らせれば窃盗罪が成立、
  財産秩序ではないから親族相盗例の適用は無いことに…。
これら一つひとつは内閣官房も、
こういった法違反を認め積極的協力までは必要ないとの表明を貫きます。ただし民間の物事として国は介入しないとの、トラブルや損害賠償は民間の問題、といった統治責任を放棄したような論調にも思えます。
☆とりわけ、会社は方法の如何を問わず、
一度取得した番号は、取得と同時に「利用義務」が会社に生まれる法的仕組みです。一度会社に届けられれば、法改正で、個人の同意なく個人番号を会社は利用しなければならない仕組みです。国税庁の仕事を肩代わりさせられ、個別企業は金銭責任まで取らされる仕組みです。(なお、会社は番号を取得しなければ何の義務も法的にも無いです)。
☆☆法手続き上の違反行為を繰り返さないことこそが、☆☆
現代法制度の主眼となっています。法治国家ルールは1980年代から法手続きが正義に優先するといった現実性にまで進展してます。すなわちこれは、正義をかざしても法手続き違反では、仮に合理的理由があったとしても社会共同体通念からは論外だとの概念で、正義を語る裏に不正が横行した歴史への改善策といったところです。こういった法概念の発展は、そのきっかけを一般人が担ってきたのも事実です。
法手続き優先概念に対抗する制度設計が含まれるポイントが、マイナンバー制度の定着しない根本原因です。だれしも、自らが幸福になれると認識できれば、マイナンバーのボイコットにまでは至りません。
今回想定されている違憲訴訟の「憲法13条違反」その他の論理構成といったものは、
①現状把握も弱いのではないか、
②「自らが幸福に成れる」との個々人の自律とは異なるものではないかと、
③現代法手続きパラダイムが欠けていないか、
などの懸念を抱いているのですが、これは私の誤解でしょうか?
http://goo.gl/o8oPg9

現在、個別企業内での法手続違反氾濫を如何に停止して行くかが、法治国家維持の基盤でしょう。国の肩代わりで余計な仕事(出来もしない安全管理)をさせられる必要は、民間企業の義務でも権利でも何でもないのです。個別企業を経営するにあたっての根本は、「能力と指向に関する経済」ですが、そこに不信感や不幸の種が入り込めば、労働意欲や幸福追求秩序が萎えてしまうのは自明の理です。銭金や嫌がらせで人は動きません。
……よって、仮に憲法13条の幸福権を求めるならば、
第一には、基本的人権を身近で守る、
第二には、諸法の手続きに則って対処、法違反はしない。
何事もそれからのことでしょう。理屈をこねるだけではダメと、ゲーテ、ベンヤミン、アーレンントなどが、現場を見つめて分析した通りです。


§マイナンバー 一大欠陥。 同居家族の番号を扱い
そもそもマイナンバー届出は、申請や届出者である本人が任意で同意のもと個人番号を提供するのであり、提出義務はない。届出拒否も利用拒否も出来る。内閣府は届出拒否の牽制となる国税庁の拒否記録依頼について、無記録で罰則はないと明言、国税庁の勇み足を注意している。本人が、
①自分外で収集保管(同居家族分)している番号を、
②申請や届出者本人でもない家族分の提供を、
③会社(親が会社の代理人)が求めることのできる根拠はない。
それは、親が会社の使者となっても、本人同意の意思表示を確認したうえでの任意提供でなければ取得できない。自分が専有保管しているからといって、同居家族の同意なしに提供は出来ないし、家族なりすましで記載や持参することも違法行為である。
同居家族の番号は法律で世帯主等が収集保管(番号法20条)は出来ても、家族同意なく他人に知らせられない。会社も任意に提供されれば利用目的に合致すれば収集利用できるとされている(番号法19条)のみである。
会社は申請や届出者本人に提供を求めることができる(番号法14条)だけだ。同居家族などでは申請や届出者本人ではない。会社は求めることはできず、提供を待つのみと法(番号法15条)は定めている。
これがマイナンバー法の逐条解説・・・。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/pdf/chikujou.pdf
さて、
①親が会社の代理人になり本人確認をして収集するのか、
②それとも会社の使者となり、本人同意を家族の代理人から得て本人確認をして収集するのか、
この2通りの説が流布存在するが、無能力者には代理人への依頼自体ができないのであるから、
だとすると…。
扶養控除申告書に記載する場合、あるいは特別に会社が、同居家族の個人番号を収集する際には、
①認知症などや乳幼児~児童・少年の同意は取れない。
②無能力者なので後見人や特別代理人の審判が裁判所で必要。
③生計維持関係にあっても非同居だと全くもって任意提供しかない。
④介護施設の本人の父母等らの番号を源泉徴収表や支払調書には記載困難となる。
もちろん、会社が社員らに強制すれば、元より会社には権利義務がないから、刑法の強要罪であり民法の不法行為となる。個人番号は財産秩序とまではいえないから、刑法の親族相盗例の適用は無く、番号法の占有といえども刑法概念ではないから刑法:窃盗罪に該当すると考えられる。(ここはまだ裁判例もない)。
過日の12月4日は、私の問い合わせがきっかけで、
内閣官房社会保障改革担当室(内閣府番号制度担当室)が、厚労省と国税庁に、マイナンバー法対応を照会し始めてから1ヵ月になる。内閣府との4日の電話では、
「関係省庁に何度も問い合わせしても検討中というだけ」
との担当者の弁である。すなわち、政府回答ができない状況なのだ。
それも国税庁が本人確認のみに限定し見解を示しているだけ、法的根拠どこにもないのである。法的根拠や手段が無ければ、収集に走った民間人は、会社も社員なども罪を犯すことになる。法律とは、知らない者が悪とされる仕組みである。トラブルが発生すれば、総てが民間人同士の原状回復や損害賠償となる。
______

さて、今からの話は前置きが長いけれど…。
会社の個人番号収集に関する事項は、社会保険労務士の、
「労働」に関する独占業務とされるものは相談に応じるとか規則規程(労働基準法に就業規則とされる)の作成が典型なものである。それは規則のひな形提示に留まる著作業務に留まる無責任な事柄ではない。かつ労働社会保険書面の作成作業ではなく、その(作成)事務の業務であるから、「労働」に関する課題と無関係とはされない。
税理士が「個人番号収集業務」の抱き合わせで税務書類の事務業務を委託されることとは業務範囲が異なるのである。だからこそ、内閣府は、社会保険労務士の「個人番号取扱停止の事務代理」も認めているのである。
そこで、登録制度を採用している「士業」にあっては、
「依頼者の代理人であるとともに、制度の担い手であり、制度の質の維持につき特別の責任を負う公民」と位置付けられるから、独占業務が可能で独占禁止法外でも在ることを鑑み、
“法治制度の維持、潜脱や脱法そして違法行為の排除”
の役割が求められるのである。それらが嫌な士業者は、士業団体登録を抹消すれば好いだけのことである、そこまで好きにしたい者の自由は規制されない。
先ほどの社会保険労務士の「個人番号取扱停止の事務代理」も、「依頼に応じる義務」といった契約の自由が、社会保険労務士と司法書士には、存在しないが故のことなのである。報酬釣り上げや無理難題の強要は、この脱法行為となるのである。
______(何がいいたいかといえば)
個別企業は、ここに示したように高度なレベルの国家資格者かつ専門家に、今回のマイナンバー制度で降りかかる火の粉を、払ってもらえば良い…という意味なのだ。そのことで安全管理の負担は大幅軽減、実務作業も大幅軽減させることが出来、
最も大きな安心と安全は=こういった社会保険労務士がガードしてくれるということだ。


§欠陥商品? =次は、マイナンバー収集代行業務
この夏に猛烈な営業となったマイナンバー管理システムは、一挙にトーンダウン、その後10月に年末調整の扶養控除申告書に記載不要となった途端に、ほとんど個別企業が導入を見送りしている。次は、来年1月1日の開始?のトークに乗って売り込み誘引活動が盛んだが、見た限り欠陥商品である。やはり決定的な欠陥は、
①家族の個人番号回収にあたって、前述した収集での家族同意が取れない。
②民間代行業者が会社の代理人では、個々の家族の不審感が強烈に強い。
の二つの欠陥がクリア出来ないことである。数社の説明を見ても聴いても、肝心な部分は収集で逃げ!を打っている。この部分を強行すれば、前述したように違法・脱法行為が家庭の中に侵入するからだ。
☆合法性を貫けば「社外向けの収集ポーズ」商品としての価値しかない、
すなわち、集まらない物は源泉徴収票や支払調書に入力できませんとの、サボタージュ(怠業のフランス語)商品である。「世の中は役に立たないもの程よく売れる!」は、本田宗一郎の晩年の言葉だ。
さて、
両親は子供達や中高生に、どう説明するのだろう?
認知症老人や介護施設の両親をかかえ、
認知出来ないままで、社員である息子が普通は届出をするのだろうか?
この認知症関係の老人:個人番号には厚生労働省が動き始めた。
民間代行業者に、将来のある子どもたちの個人番号を、気軽教えるのだろうか?